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あの時、ああしておけたなら  作者: 狂い豚カレー
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①プロローグ

ノクターンノベルズ掲載作品のリメイクとなります。

展開や本文は変更されておりますので、以前読まれた方も、初めての方も、ご一読いただければ幸いです!

 十二月二十八日、今日で仕事納めを迎える。

 師走と言いつつ朝も夜も忙しく働いてきたが、この日に限っては穏やかな一日を過ごしていた。

 

「片桐さん、部長のところに挨拶に行きましょうよ」

「ああ、そうだな。渋滞する前に先に行っておくか」


 後輩に声を掛けられ、席を立つ。

 タイミングを外すと年末の挨拶で行列が出来るため、一足先に部長の下へ向かうことにする。


『おつかれさまです!』

「今年もお世話になりました!」

「来年もよろしくお願いいたします!」


 まだ部長の席の前には誰もいない。俺達が一番乗りだ。


「おう、おつかれ。二人は……。そうだな、来年は更なる飛躍に期待してるよ」

 

 いきなりの訪問で何もコメントを考えていなかったのか、半笑いで適当な挨拶をする部長。


「頑張ります!」

「では! 良いお年をお迎えください!」

「ああ、良いお年を」


 手短に挨拶を済ませ部長の下を離れると、俺達の様子を見ていた他の社員達が部長の席に向かって集まり始める。


「先に行っちゃって正解でしたね」

「ああ、ちょっと出遅れただけで大分違うからな」

「いや~、これで最後の仕事も終わって、冬休みに突入ですね!」

「ボード行くんだっけ?」

「はい! 片桐さんも行きましょうよ!」


 後輩に誘われて曖昧な笑顔を浮かべる。

 

「若手のところにおっさんが顔出してもな。泊まりで行くんだろ?」


 俺こと片桐博和は三十五歳独身。それなりに有名な大学を卒業し、公務員として某所に勤めている。

 周りからもそこそこに評価されており、同期の中でも出世は早い方だったため、人によっては俺のことを『エリート』と呼ぶ。

 実際は全くそんなことはないのだが。


「はい! 新入社員も連れてくので、絶対楽しいですよ!」

「そしたら尚更俺に気を使っちゃうだろ」

「気を使う人なら最初から誘わないです」


 こいつは俺を慕ってくれる、中々見どころのあるやつだが、俺もそこまで空気を読めない人間ではない。


「折角だが、久々に友達と会うからな。日が被ってるんだ」

「そうですか……。残念ですけど、来年も企画するんで、次は絶対行きましょうね!」

「ああ、ありがとな」


 そう言って、自分の席に戻る。

 若い頃はスノーボードにもそれなりに行った。社内の集まりにも積極的に参加した。

 そこで素敵な出会いがあったり、恋愛が始まったり。

 ……そんな風に思っていた時期もあったが、何故か俺にはそんな出来事がなかった。

 

 二十代半ば頃まではそれでも良かったのだが、後半になるにつれて焦り始め、三十代に突入すると諦めの境地に達した。 

 時々思い出したかのように合コンに参加するが、心の片隅では虚しさを感じてしまい、若い頃の様に心が滾らない。

 よって、基本的には家に篭りがちな日々が続いていた。


 ――こんな奴だったっけなぁ、俺。


 若い頃は、もっと馬鹿ばっかりやって、がむしゃらで、こういう遠慮がちな人間ではなかった気がする。

 別の同僚と盛り上がる後輩を見て、ほんの少しだけ『行けば良かったかな?』という気持ちも湧いてきたが、『まぁいいか』という考えがそれを塗り潰す。

 

 行ってもどうせ何もない。


 悟ったように諦める俺は、果たして大人になったと言えるのだろうか。


 彼女もいない。

 趣味もない。

 休みの予定もほとんどない。

 我ながらつまらない人間になってきたな、と思ってしまう。


 何にせよ、今年ももう終わりだ。


 毎日毎日、良く働いたな。


 それでもまぁ、今年も何もなかったな。



――



「あけましておめでとう!」

「おう、おめでとう! 今年もよろしく」


 新年を迎え、久しぶりに友人達と会う。

 丘と慎二、この二人は学生時代からの付き合いだ。

 俺が車を出して、二人を迎えに行く。

 酒を飲めないのは少し残念だが、この面子なら素面でも盛り上がれる。

 今日は三人で初詣に行く予定だ。


「悪いな、今日は車出してもらっちゃって」


 丘が助手席に乗りながら言う。


「いいよ、奥さんが車使って実家とか行くんだろ?」

「そうそう、嫁の実家には行っても行かなくても気まずいから、こっちに来た」

「おいおい」

「羽伸ばしたいんだよ! 翼を授けてくれよ!」


 丘はだいぶ溜まってるみたいだな。

 元々が破天荒な人間なので、仕事と家庭で色々我慢しているのだろう。


「まぁ、逆にこういう機会でもなければ三人で集まることもないしな。実家なんか行こうと思えばいつでも行けるだろうし」


 既に俺の車に乗っていた慎二が、後部座席からフォローする。

 こいつも丘と同じような身の上だ。

 どこか一歩引いた位置で話をすることが多いので、気を使った言動が多い。 


「それにしても、この面子で集まるのも夏以来か。何か面白いことあった?」


 そのまま慎二が続ける。愚問だな。


「面白い話はないけど、つまんねー話ならいっぱいあるぜ」

「逆に興味あるな」慎二が言う。

「話せよ」丘が先を促してくる。


 何故か二人は乗ってくる。本当に面白くもない話だが、一応話してみる。


「クリスマスまでに彼女を作ろうと思ってな、街コンに参加しようと思ったんだ」

「おお」

「やるじゃん」


『やるじゃん』と言われても、褒められている気がしないのは、きっと気のせいではないだろう。


「それを考えたのは元旦な」

「まさかの年始かよ」

「ちょうど一年前じゃねーか」


 友人達のツッコミを受け流しながら俺は続ける。


「街コンの成功率って3%程度らしいんだ」

「低くね?」


 最もな疑問だ。これに俺は答える。


「あ、これは結婚まで辿り着ける可能性らしい。そう考えると逆に高くないか?」

「あ~、まぁ」

「運命の相手って意味なら3%は低くはない、かな」


 二人は何となく納得する。


「で、まぁ、俺は結婚までは望んでないから、成功率は3%と仮定して、『彼女を作る』っていうのを目標に設定した」

「うんうん」

「で、月三回参加すれば成功率は三倍の9%、十二月までそのペースで参加し続ければ100%を超えるから、クリスマスまでに彼女は出来ているかと」

「……ちょっと計算に疑問は残るが」

「まぁそれだけ参加すれば何とかなる、のか?」

「で、早速元旦に街コンのサイトへ登録しようとしたわけだ」

「おお!」

「それでどうなったんだ?」


 期待されているようだが、所詮つまらない話だ。


「それが、応募サイトで申し込もうとしたら、会員登録が面倒臭くなってな。結局街コンには一度も行ってない」

「……」

「いやいや」


 彼女が出来ていれば、今日ここに来ていないだろう。


「街コン予算で二十万ほど用意してたから、その金で毎週キャバクラに行った」

「…………」

「いやいやいやいや」

「いや、最初につまんねー話って言ったじゃん」

「言ったけどさ」

「ある意味面白かったが」

「携帯電話でやる会員登録って何であんなに面倒なんだろうな。結局何一つ登録出来てないわ」

「お前理系だったよな」

「パソコンの資格も持ってたよな」

「それとこれとは話が別だ。『メールアドレスの入力』ってとこで諦めたわ」

「割と最初の方じゃねーか」

「そこで諦めたら一つも登録出来ねーよ」


 二人は呆れたように言う。


「……まぁ、行ってたら何か変わってたかもな」


 去年、結局何もなかった俺が言う。

 そんな生活を変えたくて計画を立てたのだが、どうにも上手くはいかないものだ。


「この歳になってくると出会いも中々ないだろうしな。きっかけにはなったかもな」

「気になってる人とかいないの?」


 そう言えば、去年は恋すらしていない。その事実に、今気付いた。


「……いないな。強いて言えばキャバクラのアリサちゃんが気になってる」

「え、恋?」

「いや、職場に内緒で夜の仕事を始めたらしいが、収入がいいから本気で転職しようか迷ってるって」

「そうなんだ」

「マジでどうでもいいな」


 聞いておいて失礼な連中だ。


「博和って言えば、恋多き男だったと思うんだがなー」

「なぁ。中学の時とか、新田のことばっか追いかけてたじゃん」


 ――新田。ひどく懐かしい名前に、少しだけ胸の奥が痛んだ気がした。

 叶うはずもなかった初恋の相手だ。

 ……いや、今考えてみれば、やれることはいくらでもあった、か。


「あ~、確かに確かに。結構いい感じだったよな?」

「なぁ?あんな可愛い子に相手されるとは思ってなかったけど、あの時上手くやれば付き合えてたんじゃないの?」

「……どうだったんだろうな」


 当時は分からなかったが、年齢を重ねるにつれて、『ああしておくのが正解だった』と考えてしまうことがある。

 そして、『正解を選び続けた素晴らしい人生』を歩む自分。

 そんな妄想をすることも、最近増えてきた気がする。


「今あの子、何してるんだろうね」

「何か花屋で働いてるって聞いたけど。確か結婚してないらしいぜ」

「え、マジで? 博和、いけるんじゃね? 当時と違って社会的地位は高いし」


 俺は考えることもなく首を横に振る。


「今更会ってもな。お互いで誰が誰だか分からないだろうし」

「そうか……」

 

 特に続けたい話ではないので、話題を変えるために俺は慎二に尋ねる。


「それより慎二、お前のバンドの方はどうなってんだ?」

「ああ、ぼちぼち。博和は楽器触ってんの?」

「いや。仕事が忙しくて、もう何ヶ月か触ってないな」


 学生時代はバンドをやっていた。

 プロを目指しているわけではなかったにしろ、結構楽しくやっていたのだが、就職をきっかけに大分遠ざかってしまった。

 これに関しても、今考えれば仕事との両立は可能だった。

 少なくとも、キャバクラやスナックに通ってる時間と金があれば、趣味の方にリソースを割くことは出来たはずだ。


 とは言え、趣味も恋人も存在しなかった俺は、その分仕事に打ち込むことが出来た。

 皮肉な話だが、そのおかげで今の評価を得ることが出来たとも言える。


 仕事や立場に不満がある訳ではないが、それ以外のものを犠牲にしすぎた。

『俺』が『俺』であるための何かを、この三十五年の人生の中で少しずつ失っていってしまった。

 仕事だけではない、学生時代の途中から『俺』は『俺』でなくなっていった気がする。

 かろうじて『俺』が『俺』でいられるのも、こいつらと会っている時ぐらいだろう。

 

 ――だが、時間の流れというのは本当に残酷だ。


「そう言えば、子どもは元気?」

「ああ、最近単語を喋るようになってきた」


 気付けば丘と慎二で家族の話をしている。

 二人にはもう子どもがいる。


「一番可愛い時期だな。夏になったら家族でバーベキューでも行かない?」 

「それいいな! キャンプでもいいぜ!」

「……」

  

 俺はもう会話に混じれない。

 ここ数年間、会う度に感じる違和感。

 話題の違いや、考え方の違い。

 もう二人は、『親』であり『夫』であり、『大人』なのだ。

 それを感じる度に、自分の居場所が狭くなっていくような感覚に陥る。

 

 俺は置いていかれたような気持ちになりながら、しかしそれを態度には出さず、車を運転していた。


「……おい、博和! 聞いてた?」

「……あ、悪い、運転に集中してたわ。何だっけ?」

「またゴールデンウィーク頃に出掛けようって話」

「ああ、いいじゃん。行こうぜ」

「今度はさ……」

「…………」

「……」


 何事もなかったかのように別の話題になる。

 俺も直前まで考えていたことは意識しないようにして、会話に入っていく。

 小難しいことを考えかけたが、そんなことは気にする必要がない。

 

 今日は楽しい一日になる。

 そう自分に言い聞かせた。


 

――



 初詣の帰り道、俺は楽しかった一日の余韻に浸るはずだった。

 相変わらず馬鹿な二人と、同じように馬鹿になった自分。 

 そんな思い出を拠り所に、普段の生活に戻っていくはずだった。


 だが。


「あの時、ああしておけたなら……」


 今までにないほどに強く、そう思ってしまった。


 それは、丘と慎二を自宅まで送り届けた後のことだった。

 実家に戻るため、ひとりで車を運転していた時。

 本格的に降り始めた雪の中、信号待ちで車を停めていたら、強烈に頭の中に浮かんできたのだ。


「俺は、何かを間違えて進んできてしまったのかもしれない……」


 さっきまで一緒に居た友人二人は、自分達の家族の下へと戻っていった。

 そしてまた普段の生活に戻り、忙しいながらも充実した日々を過ごしていくのだろう。

 それは『俺』という存在がいなくても変わらない、大切な家族と過ごすかけがえのない時間だ。


 一方で、俺はどうだろうか。

 実家に帰ったところで仲の悪い父親がいるだけ。

 母親は俺が三十歳になった頃、孫の顔を見ることもなく死んでしまった。

 正月も片付けの出来ない父親の代わりに実家を片付け、特に会話もなく過ごし、また赴任先へと戻っていく。

 そんな近い未来を想像し、ため息をついた。


「せめて、結婚とまでは言わない。彼女でもいれば……」


 考えてみても現実は変わらない。

 さっきまでの友人達との楽しい時間は、この孤独の前夜祭の様にも思えてくる。


「俺も、嫁か、出来れば孫の顔を母さんに見せたかったな……」


 両親には心配をかけずに過ごしてきたつもりだった。

 親孝行もしてきたし、周りにも自慢できる息子だったはずだった。

 だが、ほとんどのことで人並み以上の人生を送りながらも、最後まで母に嫁の紹介は出来なかった。

 孫を抱かせてやることが出来なかった。

 本当の意味で、安心させてやることが出来なかった……。


 周りは『まだまだこれから』と言うし、実際そうなのかもしれない。

 しかし俺は、恥ずかしながら今までの人生で恋人というものが出来たことがない。

 

 何度も恋をした。

 何度も行動した。

 何度も傷ついて、何度も学習して、何度でもチャレンジした。


 だが、駄目だったのだ。

 今でも思う、何回も、そう、何回でもチャンスはあった。

 チャンスはあったのに、モノには出来なかった。


 今だから思う、『あの時、ああしておけば俺は上手くやれていた』という気持ち。

『たられば』は好きではない、好きではないが、その思いは年々強くなるばかりだ。


 結局俺の初体験は風俗だった。

 世間からエリートと言われる男の貞操は、三万円にも満たない価値しかなかった。

 いや、俺が支払っているから、価値どころか金を渡して引き取ってもらったのだ。

 その後も何度か風俗に通い、女性の身体には慣れてきた。

 だが、それ以上に、愛情に飢えていた。


「バンドも続けてれば良かったのかな……」


 自分を慰めてくれるものがないことに気付き、過去に手放した趣味にさえ縋りつきたくなる。


「我慢なんかしないで、馬鹿にされてもやりたいことやれば良かった……」

 

 考えていると、もう堪らない。


「畜生、やり直してぇな……。一体俺が、何を悪いことしたんだよ!何を間違ったって言うんだよ!!」


 真面目に生きてきた。

 努力もしてきた。

 自分なりに間違いのない選択を繰り返してきた。

 それなのに、思い描いた人生を送れていないのだ。


『俺』はこんなもんじゃない。

『俺』はもっと出来る。

『俺』は……。


 いや、自分で考えて、選んで、行動した結果が今の『俺』か……。

 

 くそ、今の自分なら、今の自分だったら、あの時だって……。


『後悔』という言葉だけでは足りない、やりきれない思いが襲ってくる。


 信号はもう青になっている。

 俺はアクセルを踏んでいない。

 代わりに絶叫していた。

 もうどうしようもなくなっていた。

 もうどうなってもいいと思っていた。

 

 後ろからも前からも強い光に照らされた気がする。

 それは車のライトだったのか、激しく降り注ぐ雪か、それとも別の何かか。


 俺の視界も頭の中も真っ白になっていた。



 ――やり直したい。―― 



 そして俺は、消えてしまった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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