第94話 信ずるべきは
「アミリー……? 今の言葉は、いったい……」
「ルティア! 離れて!!」
レイナさんが僕の肩を突き飛ばし、アミリーの前に割って入る。
続いてレイルさんが素早くアミリーの背後に回り、そのか細い腕を掴み上げた。
また扉付近にイル、その反対――奥側にウルが陣取り、四方を囲む形となった。
「え……あの」
「しらばっくれるなよ。お前だな、例の教団のボスってのは」
「この子がティーだったのね……ごめんなさい。この目で見るのは初めてで気が付かなかった」
「……ああ、なんだ……既に、そこまでご存じだったのですね……」
行動の速さに呆気に取られていたアミリーが、そう小さくつぶやいた。
しかしそこに悪意や敵意は感じられず、ただ淡々と、己が置かれた状況を理解し、納得しているだけのように見える。
わたくし達の神殿――その短い一言だけで彼女が例のシャーマンであると決めつけるのは、僕個人としては早計だと言いたいところだが……これほどに冷静な反応を示されてしまうと、やはりそうなのだろうか。
ともあれ、今はまだ強硬手段には出たくない。
相手が何であろうが、武力行使は最終手段。
囲うのは百歩譲って仕方がないとして、体の自由を奪う事まではしたくない。
「レイルさん、手を放してあげてください」
「っな!? しかしだな……」
「このままで構いません。みなさんの事情を鑑みれば、ごもっともだと思います」
「……じゃあ、やっぱりお前が」
レイルさんが少し握力をかけたのか、アミリーの表情が一瞬歪んでいた。
だが彼女は一切声を漏らすこともなく、再び僕の目を見て口を開く。
「ティーはシャーマンとしての名前で……アミリーが本名です」
己がティーであることを認めたアミリーは、それから三十秒程も、ただただじっと僕の目を見つめていた。
僕は途中で目を逸らしてしまったが、それでもじっと僕を見続ける彼女は、まるで何かを確かめているかのようだった。
「やっぱり……間違いないです。この懐かしい、やさしくて暖かい……お日様のような気配……」
ほろりと、開かれた両目から一筋の雫が零れ落ちた。
「フォルト様……なのですね……」
「…………」
ローブコートを盗み出したことには一切触れず、ただただ僕の正体を看破するアミリー。
正直どう反応したらいいのかわからず、沈黙を選択してしまう。
いや……だって、敵かもしれないシャーマンがさ、涙流してじっと見つめてくるの……怖くない?
いや、僕に向けられてる視線が信仰する神に向けられたものだってのはわかる。わかるよ?
でも怖いよ!
だって僕には全く身に覚えがないんですもの!!
こんないたいけなシャーマンを従えた覚えもなければ、僕から何かアクションを起こした覚えもない!
完全に僕が知らないところで、何か物騒でよくわからない信仰が培われている集団のトップだぞ!
そんな涙の再会的な目で見られても困る!!
……本当に、きまずい。
だが気まずいなりに、怖いなりに、やるべきことはやらなければならない。
アミリーの言っている言葉が本心からくるものなのであれば、敵の頭を味方につけるチャンスでもある。
「……アミリー……いいえ、ティー。この際ですから、これだけははっきり言わせてください」
「なんなりと」
「確かに僕はフォルトです。でも、僕はあなたの事を知りません。あなたがフォルト神から受けていたという神託も、何一つとして僕は関わっていません。それでもなお、あなたが慕うのは僕であると言えますか」
一つの賭けだ。
うまくいけば、今の教団の内情だけでなく、彼女が何者からの信託を得て動いているのかまでわかるかもしれない。
もっとも、そんなにうまくいくだなんてサラサラ思っちゃいないし、下手したらこの子の逆鱗に触れて、僕が命を狙われるようなことになるかもしれない。
あとはまあ……この場の皆に、神であることまでバレてしまう可能性もある。
そこに関しては適当に言い訳するつもりだが。
なんにせよ、僕にできることは限られる。
危険な橋を渡るかもしれないが、立場をはっきりさせておかなければ絶対に後が面倒くさい。
「…………」
結構長い間、アミリーは沈黙したままでいた。
目は僕を見ながらも、その表情には困惑の色がありありと見て取れる。
言葉に出さずとも、彼女の考えが読み取れるほどに。
『目の前の少女がフォルトであるのは間違いない。
シャーマンは仕えている神の魂を視ることができるから。
しかし神はわたくしなど知らないと仰られた。
では今まで受けた神託はなんだったのか?
それも確かにフォルト神からの言葉であることに違いはないはずだ。
わからない、神は一体何を仰られているのか。
わたくしを試されているのでしょうか……』と。
緊迫した状態がそのあとも続いた。
いつ口を開くか、行動に出るかわからないが故、瞬き一つも許されない店内に、チクタクと時計の音が響く。
そうして指先一つ動かさないまま、早十分が経過した頃。
「……ひとつ。わたくしも……相談させていただいてよろしいでしょうか」
ようやく口を開いたアミリーは、半信半疑のまま僕に問う。
「はい。かまいませんよ」
迷いが拭えないものの、神託ではない己の答えを出さんとするのならと、僕はそっと微笑みながら耳を貸す。
「信徒が申しておりました……あなたは『器』であると。でも、わたくしが目にしたのは器の魂ではなく、紛れもない……他ならぬ、フォルト様の御魂でございます。この目を……信じても、いいのでございましょうか」
「っ?――――」
器という単語に少しばかり気を取られた。
しかし本題は今そこにはない。
要は、突然今までのことを否定されて、何を信じたらいいのかわからなくなっているのだろう。
であるならば、僕が言えることは一つだけだ。
「それは、僕が何か口を出せることではありませんね。何を信じるかは自由です。自分が正しいと思うことを、心のままに受け入れてあげてください。……あなたは、何を信じたいですか?」
「…………」
素直に僕を信じろと言えたらどんなに楽だっただろうか。
心の内では、そんなしょうもないことを思っていた。
ちょっと神様っぽくふるまってみたものの、こんな回りくどい助言僕らしくない。
まあ、口にしたことに嘘偽りはないし、紛れもなく僕の言葉である。
あとは信じて、答えを待つだけだ。
……すると。
「…………っ……ぅ」
「ぅ?」
「うぐっ……う、うぅぅ……」
「え? いや……あの……」
顔をうつ向かせたと思ったら、うめき声のようなものをあげ……ぽたぽたと、雫が落ち……。
な、泣いていらっしゃる。
さっきのお目にかかれて光栄です的な涙ではなく、今度はしっかりがっつりと泣いていらっしゃる。
どうしよう。
選択し間違えたかもしれない。
やっぱり変なことするべきじゃなかった。
「とっ とりあえずレイルさん! いい加減手を放してあげてください!」
「え!? あ、あぁ……まぁいいか……」
「そういう問題じゃないでしょうが……」
「ぐすっ……す、すみま、せん…………あまりにも、暖かくて……」
「っ……!」
解放された手で涙をぬぐう姿は、なぜかどこか……懐かしさを覚えるものだった。
初対面であるはずなのに、この涙を知っているかのような、そんな気がした。
……もしかしたら忘れているだけで、本当は会ったことがあるのだろうか。
「……アミリー、あなたは」
「フォルト様――いいえ、今はルティア様とお呼びした方がよろしいのでしょうか……。少しでも疑ってしまったご無礼を、どうかお許しください。わたくしは、貴女様を信じます。……それで、早速で申し訳ないのですが」
「?」
「ルティア様は、どのような食べ物がお好きなのでしょうか」
「……はい?」




