第92話 碧眼の少女
「急に引き留めてごめんなさい。わたくしはアミリーといいます。少しお時間をいただけませんか?」
「……はい?」
不思議な雰囲気を漂わせるアミリーと名乗った少女は、明確に僕を引き留め、話しかけてきた。
周囲の人々は疑問の目でアミリーを見つめている。
みんなが見ていたのは、掲示板ではなくこの少女だということだろうか。
しかしそんなことはどうでもいいのだ。
僕としては、早急にお断りして町案内に興じたい。
「ええっとすみません。僕達これから予定がありまして」
「貴女からは不思議な気配を感じます……どこか懐かしくて、暖かな気配……」
「あ、あのー……聞いてます?」
「……! そんな、まさか貴女は――いえ、貴女様は――で、でも」
「ちょっとルティア、この子何かヤバいって。いこ!」
「えっ、あ、わっ」
完全に話を聞いていない、心ここにあらずなアミリーに危険を感じたレイナさんが、再び僕の腕を掴んで走り出した。
人ごみを抜け、近場の曲がり角を右折。
それからまたしばらく走り、百メートルほど離れたところで足を止めた。
「追ってきてはい……ないわね」
「びっくりしましたよ、もう。二人はついてきていますか?」
「へーき」
「びっくりしたけどへーき!」
イルとウルは元気……というか楽しそうだ。
生まれが生まれだし、元々走ること自体が好きなのだろう。
しかし、こんな風に逃げ出してきてしまってよかったものか。
後々余計に面倒なことにならなければいいが……。
先の巨漢二人組の件も相まって、心のうちに一抹の不安が残る。
そしてまたこれを助長するかのように、肩に乗るスフィがそっと耳打ちをしてきた。
「ルティア、気をつけなさい。今のヤツ――少しだけれど、神気を感じたわ」
「!」
それみたことか!
神気――神の気配を感じたということは、神かそれに準ずる何かじゃないか。
「本当に、ちょっぴり残り香があるくらいよ。今のあんたじゃ感じ取れないと思ってね。感謝なさい」
「……ありがとうございます」
内心くそったれくらいに思いながらも、スフィには感謝を述べておく。
残り香ということは、おそらく神ではない可能性が高い。
となれば神に近しい、関わりの深い存在……シャーマンとか、巫女さんということになる。
先ほど僕に目を付けたのも、この体の内にある〝フォルト神の魂〟を感じ取ったのだとすれば納得がいく。
本当に何もかも嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか。
シャーマンといえば昨日話を聞いたばかりだぞ?
確か、ティーとか言ったっけか。
僕の託宣を受けたという胡散臭いエルフの少女。さっきの子も女の子だったし、もう浅からぬ因縁を感じずにはいられない。
どうか考えすぎであってほしいが……いいや、高望みはしない方がいい。
一週間後、星降りの日に何かが起こる。
そう思っておいた方がいっそ気が楽というものだ。
「ルティア大丈夫? 顔色悪いわよ?」
「……すみません。少し考え事をしていました、大丈夫ですよ」
「本当に? さっきのヤツに何かされたとかじゃないよね?」
「ご心配なさらず。本当に大丈夫です――詳しくは、また帰った後でお話しします」
「! ……わかった」
あとで詳しく話す。
そう伝えると、レイナさんは少し表情を強張らせたものの、すぐに頬を微笑ませて頷いて見せた。
それからは滞りなく、僕ら四人はファルムの街中を歩き回り(といっても全部は回りきれないが)、気が付けば日も落ちようかという時間になっていた。
ギルドの前まで帰ってみると既にアミリーの姿はなく、彼女に群がっていた人々もきれいさっぱりいなくなっている。
まるで今朝の一連の出来事など何もなかったかのように、いつも通りの光景がそこにあるだけだった。
何もないと分かりつつも、一応周囲に気を付けながらギルドの門をくぐる。
酒場に屯している連中に変わった気配もなく、僕はカウンターの前まで足を運んだ。
そして腰かけている受付の人にネリスに用事がある旨を伝えておくと、そのまま二階へ続く階段を上り自分の部屋へ戻った。
「ただいまー!」
「まー!!」
「こらこら、狭いんですから走らないでくださいよ」
テンション高めな娘たちが走り出し、そのままの勢いでベッドにダイブする。
「はーい」と返事をしながら飛び込む様は、ちょっと危なっかしくてひやひやさせられる。
そんな二人に続くように僕らも部屋に入ると、早速朝に思ったことをレイナさんに伝えた。
あのアミリーという少女がシャーマンである可能性。
そして一週間後の星降りの日に、何か大きなことが起こるかもしれないということ。
ミシティア襲撃とフォルタリアの壊滅からひと月が経ち、また教団が動きを活発化させてきているかもしれないということを。
「……あくまでまだ可能性の話ですが、偶然とは思えないもので、一応お伝えしたおこうかと」
「うん、ありがとう。一週間後までは様子見が続きそうだけど、気を付けておくに越したことはないしね。それまでにできることを進めておこう」
「ですね――とは言っても、明日からはまた依頼がありますから、そちらを疎かにすることはできませんが」
「あ、そうか。邪魔じゃなければ私も手伝うよ。要は便利屋さんみたいな感じよね」
「べ、便利屋さん……」
「あれ。違った?」
「い、いえ、まぁ……じゃあ、お手伝いしていただきましょうか」
なんとなく雑用っぽい言い回しに、少々複雑な感情に見舞われてしまう。
しかしまあ、僕のボディガードといってもそこまで何かやることがあるわけでもない。
ずっと手持無沙汰にさせるのもなんだし、せっかくの申し出なので手伝ってもらうことにした。
――――それから三日後の朝。
支度を済ませ、『Lutia』がある一階へ降りて行った僕たちを、その少女は待ち構えていた。
肩ほどまで伸びた緑の髪に、長くとがった耳。
昨日の少女、アミリーと同じく不思議な碧眼を持つエルフの少女は、僕の目をまじまじと見つめながら口を開いた。
「……フォルト様……なのでしょうか」




