第91話 迫る予感
店を出て、酒場に屯しているおじさん共の戯言を聞き流しつつ、外へ出る。
すると石畳のアプローチを抜けた先、入口付近に設置されている掲示板の周りがやけに賑わっているのが目に入った。
入口の真ん前に立っている二メートルはあろう男二人のせいで、僕らが通る隙間もない。
完全に邪魔になっているが、ちょっとあれは近寄りがたい。ガラ悪そうだし。
これはあれかな、中で大人しくしてろというお告げか何かかな。
だがしかし。
僕の考えとは裏腹に、レイナさんはそう甘くはなかった。
「完全に入口邪魔だし、私注意してこようかな」
「え、えぇー……厄介事に巻き込まれるだけですよ」
「こんな所で面倒臭がるんじゃないの!」
「ひゃっ!? あ!!」
善は急げと言わんばかりに、レイナさんが僕の腕を掴んで前へ踏み出す。
大股でズンズンと進んでいく様は、前を塞ぐことは許さないという確固たる意志さえも感じるようだった。
「こらあんたたち! 入口塞がないで、邪魔になってるでしょ!」
「「あぁ?」」
堂々と、真正面から声を上げたレイナさん。
掲示板の方を見ていた巨漢二人が、大きく顔を歪めてこちらへ振り向いた。
「あーぁ……」
やっていることは正しいのだが、僕個人としては今すぐ逃げ出したい気分になってくる。
だってもう、嫌な予感しかしない。
一言でいうなれば単細胞と揶揄されていそうな巨漢は、レイナさんを睨みつけるや否や、今度は僕に目を付け始める。
途端、巨漢はあからさますぎる悪い笑みを浮かべ、僕らに歩み寄って来た。
「ほぉ。もしかしてアンタ、この町で噂の聖女さまってやつか。お目にかかれて光栄だぜ。なあ相棒?」
「ああ! 噂以上の上玉だ!」
「おい」
「あっ。ああ、スマン相棒」
どうやら一人は思ったことがすぐ口に出てしまうタイプらしい。
それはそうとして今、この町でとか言っていたが……二人は他所から来た人だろうか。ミシティアの一件があったとはいえ、今の僕ってそんなに他所でも有名になっちゃってたりするの?
「……何、アホなの?」
有名になって来たのではということで、賢者時代の自分を思い出しかけていたその時。
ぼそりとスフィの呆れたような言葉が耳に入ってきた。
気持ちは分かるが、できればそういのは声には出さないでほしいな?
たぶん聞こえていないとは思う。
思うんのけれども、単純なヤツほど変なところで勘が良かったりするから困るのだ。
これ以上面倒な事にならないでほしいと願いつつ、ちらりと巨漢二人の表情をうかがってみる。
「……ウっ」
ほんの一瞬。目玉を少し動かしただけなのに、脳裏にやってしまったという文字が浮かんできた。
今、この瞬間に、自分の行動を最高に悔いた。
僕らに対して上玉だと言っていた男は完全に僕の胸元を凝視しているのだが、もう一人と目が合ってしまったのだ。
すぐに逸らしてみてももう遅い。
男は僕に夢中のもう一人に耳打ちをすると、急に一歩引いてみせた。
そしてまた嫌~な笑みを浮かべながら、レイナさんに対して口を開く。
「いや~な、オレらもギルドに用があって来たんだけどよォ。あの賑わいじゃ気になっちまうだろ? 悪かったよ」
「ああ、そう。……気を付けなさいよ。図体でかいんだから」
「分かってるさ。ホラ、行くぜ相棒」
「オウっ」
『しっしっ』と、レイナさんが早くどけと言わんばかりに手を払う。
二人は彼女に従うように、おとなしく横へずれつつギルドの方へ向かっていった。
「……あ、あれ?」
バタンと、ギルド兼酒場の大扉が閉じられる音と共に、レイナさんは困惑をあらわにする。
「案外素直でしたね」
「う、うん。絶対手出してくると思ったんだけど……下心全開だったし」
僕も声にこそ出していないが、彼女と同じ気持ちだ。
てっきり誘拐未遂でもされるんじゃないかとか思っていたのだが、全然そんなことはなかったのでびっくりである。
ちなみに未遂と決めつけているのは、レイナさんがボディガードとしてついているのも含め、僕に指一本触れた瞬間にイルとウルがブチギレ、またギルド全体を監視しているであろうネリスに拘束される未来が見えてしまったからである。
悲しきかな。
「でも……通りでイルもウルも大人しかったわけですね」
「だってあのおじさん、悪いカンジしなかったから」
「うん。しなかった」
「ふむ」
「言われてみれば確かに……ちょっと気を張りすぎてたかもね」
「まあ、仕方ないですよ。それよりも道開きましたし、今のうちに行ってしまいましょう」
思っていたよりも厄介な展開にならずに済んだのだし、ここで立ち止まっているのももったいない。
僕はレイナさんに代わり先頭に立つと、あらためて町に向けて歩き始めた。
……しかし今の二人。
人は見かけによらないというが、それならそれで僕を見て笑っていたのは何故なのか。
一人は下心で見ていたのに違いないが、もう一人の方はどうにも引っかかる。
ミシティアの襲撃からもう一か月……フォルタリアが壊滅したことで身動きが取れないはずではあるのだが、まさか。
脳裏によぎる嫌な予感。
星降りの日の伝説とやらが本当にあるならば、その日に何かが起こってもおかしくない。
帰ってきたら、ギルドで巨漢二人組が何をしたのか聞いてみよう。
何かのヒントになるかもしれない。
次の戦いへの備えを考えはじめ、たむろしている民衆の後ろを抜けていった頃。
『――! もし、今通り過ぎたお方』
「っ?」
頭の中に直接声が聞こえた気がした。
おそらくこれは、高等魔術による念話だ。
咄嗟に周囲を見渡してみても、人ごみのせいで誰がどこから話しかけてきたのかはわからない。
「? ルティア。どうかした?」
「ママ?」
「……皆さんには聞こえてないんですね」
「え!? 何、何かされたの!?」
「いえ、そういうわけではないんですが」
『――ここです』
「!!」
再び声が聞こえてくると、掲示板にたむろしていた人達が左右に分かれ、奥から小さな人影が歩み寄ってきた。
深くフードを被っているその人物が声の主なのだろう。
声質からして女の子……フードの影から伸びている銀髪と、引き込まれそうな碧く美しい瞳が印象的な少女だった。
「急に引き留めてごめんなさい。わたくしはアミリーといいます。少しお時間をいただけませんか?」




