第90話 星が降る
一夜過ぎ去り、翌朝。
「んっ……ふあぁぁ」
カーテンの隙間から漏れる日に当てられながら、一日の始まりに大きな伸びをする。
肩の力を抜いて脇に目を向けると、娘たちの無垢な寝顔が迎えてくれた。
いつも通りの、平和な風景。
違うのは、ベッドの脇で座ったまま眠っている人がいる事。
昨晩ネリスにレイナさんを紹介した際、ベッドは用意できなくとも布団くらいはとネリスが気を利かせてくれたのだが、レイナさんは大丈夫だと断って今の状態に至る。
僕個人としては、年上とはいえ女性を一人このような状態で放置するのは心苦しいところでもあったのだが、本人がいいと聞かないのでは仕方がない。
「……ん。ああ、起きたのね。おはようルティア、よく眠れた?」
「おかげさまで……全く、無理だけはなさらないでくださいね」
「わかってるわ。それよりルティア、手だしてくれる?」
「え? はい、かまいませんが」
言われるがままに右手を差し出すと、レイナさんは懐から一つブレスレットのような伸縮性のあるわっかを取り出し、僕の右手首に装着した。
「これは……?」
「私の髪を編み込んだ、精霊付きブレスレット。もし万が一があった時はこれに魔力を込めてみて。中にいる精霊が力になってくれるわ。昨日渡しそびれちゃったから」
「……ふむ。ありがとうございます」
レイナさんはお師匠の娘であるため、同じように髪の毛を精霊の受容体として扱うことができる。
ただ彼女はクォーター。エルフの血が薄い分髪の効力も落ちるとのことだが、何にせよ有益なものだ。ありがたく受け取っておこう。
ちなみにレイルさんは竜族であるグレィさんの血の方が濃いらしく、同じような芸当はできないのだとか。
「さて、今日はお店はお休みですが……」
話もひと段落したところで、娘たちを起こそうとベッドへ目を移す。
すると不意に、いつの間にか起き上がり、カーテンの隙間から外を見つめているスフィが目に入った。
「スフィ?」
「……もうすぐね」
「?」
「わっ 魔獣がしゃべった!」
「…………フン」
スフィが口を開いたことに驚くレイナさんだが、スフィは例の如く冷たい反応を示す。
そういえば、確かにお師匠やレイナさんたちが来てからスフィは一言も発していなかった気がする。
そういう事もあるもんですと、レイナさんを適当に納得させてから再度スフィに向き会った。
「それでスフィ、もうすぐというのは?」
「星降りの日」
「? 星……降り? 聞き覚えがあるような……ないような……」
「ああ。もうそんな時期なのね」
「レイナさんは知ってるんですか?」
僕もどこかでその単語を聞いた気がするのだが、いつだったのか微妙に思い出せない。
レイナさんは僕の質問を聞くと、未だ窓を覆っていたカーテンを開け、朝一の青空を拝みながら口を開いた。
「百年に一度、たくさんの流れ星が空を覆う夜が来る。大昔の文献によれば、幸福を司る神様が下界に恵みをもたらし、民の願いを叶えてくれる日だとかなんとか」
「……ひっ」
あれ。
なんだろう。
今の話を聞いてその、なんだかよくわからない、言いようのない悪寒を感じた。
いや、わからないわけじゃない。
たぶん僕の事を言ってるんだとは思う。
もちろん僕はそんな事全く知らないし、これこそ完全に無関係だ。
知らないところで変な伝承やら伝説やらが作られているのかと思うと……うん、ゾッとする。
面倒臭い匂いがプンプンする。
聞かなかったことにしたい。
「ルティア? どうかした?」
「いっ!? いえ、なんでも! なんでもないですよ!? へーそんな言い伝えがあったんですねー!」
「?」
「んー……うるしゃい」
「もぉあさぁー?」
動揺して大声をあげてしまった。
そのせいでまだ眠っていたイルとウルが目を覚まし、少し不機嫌そうに僕に目を向けていた。
「ごめんなさい、起こしてしまいましたね。おはようございます。イル、ウル」
「ごめんね~二人とも」
「むう……おはよぅ」
「おはよぅ」
頬を膨らませつつも、しっかり挨拶を返してくれることに安心した。
娘二人の寝ぼけまなこに癒されつつ、僕は面倒事に目を背けるかのようにせっせと着替えを済ませ、この後どうしようかと考え始める。
休日だし適当にゆっくりのんびり過ごすか、イルとウルを連れてどこか遊びにでも行くか……それとも、今のうちにレイナさんに色々知ってもらうのもアリか?
うん、レイナさんに町を案内しようか。
一日の方針を決め、そうと決まれば早速伝えなければなと思った頃。
そのレイナさんから熱い視線が向けられていることに気が付いた。
「? なんでしょう、何かついてます?」
「いや、別にどうでもいいっちゃいいんだけど……あんた、なんで一切の迷いもなくメイド服着てるの?」
「…………ごめんなさい、ノーコメントです」
何かな。
レイナさんは僕の忘れかけていた傷口を開くのが上手いのかな。
習慣化して何も疑問を抱かなくなっている自分もアレだけど!
だけども!
ああ。この不意に現実に引き戻されるような感覚。
ツライ。とてもツライ。
この借りはいつかイアナさんに返してもらおう。
「あ、あれ? もしかして私不味いこと聞いちゃった!?」
「そういうわけではないですけどぉ……ああもうほら! この後町案内しますから!! さっさと着替えて行きましょう!!!」
とはいえ、レイナさんは荷物持ってきていないから着替えが無い。
後々お師匠が荷物をまとめて持ってくるらしいので、今は以前イアナさんが見繕ってくれた服を貸し与えることで場を繋ぎ、僕ら四人と一匹は休日のファルムへと出かけて行った。
◇
「あと一週間。それまでになんとか……」
天界。
何もない真っ白な部屋で、イアナは思いに更けていた。
一週間後に控えた星降りの日。
次にルティアと接触するその日に備えて、彼女にはやるべきことが残っていた。
「どうにか最高神様に謁見の許可は頂いたものの……これじゃどうしても証拠が足りない……でも私にはこれ以上は……ああーもうどうしよーーー!!」
天界の神々には、それぞれの役職に合った権限が天界内でも与えられている。
イアナの場合、転生に必要な――人々の〝死した魂〟に関すること。
刻み込まれた技術や記憶のリセット、前世の行いに則った転生先の指定などなどだ。
言ってしまえばそれ以上の事には一切手が出せない。
権限が無いということでもある。
それゆえに今、彼女は思い悩んでいるのだ。
下界でのルティアの活動を見守る中、明らかにおかしな動きを示している集団。
フォルトを崇める彼らの裏にいるであろう者――フォルト神を名乗る誰かの存在に。
「やるしかない……他でもないあの人を守るため! これは私がなすべきこと!! 気合いと根性をみせなければ! ……それだけじゃどうにもならないけど」
己に喝を入れ、イアナは勢いよく部屋を飛び出していく。
為せば成るの精神で。
あえて悪く言えば、行き当たりばったりに。
◇




