第88話 もしもの備え
◇
グレィさんとレイナさんは、ティーが現れてからの教団についてを事細かに教えてくれた。
半年前――僕が下界で死んだ時期とほぼ同時期に現れた少女、ティー。
彼女は半年前、フォルト神の託宣を受けてアリアへと足を運んだのだという。
そして当時フォルト神殿の神官を務めていたゴートと出会ったことにより、二人は協力関係を築き、今の組織を設立した。
ティーを最高責任者として設立された組織は、メンバーの中でも人一倍信仰心が強く、また神官を務めていたゴートが彼女の側近として実質的なリーダーとして配置。
アリアの名をフォルタリアと改め、行動を開始した。
ティーが神殿地下に祀られているフォルト像の前で定期的に祈りを捧げ、神からの託宣をゴートへ伝える。
ゴートはそれに基づき、作戦行動を起こしていた。
ファルムを襲撃したことも、イルとウルを追い、ミシティアを襲ったことも、全てはそのティーというシャーマンの託宣からくるものだったらしい。
無論、死んでいた僕がそんな託宣をしているハズも無し。
ティーと名乗っているシャーマンが本当に託宣を受けているのかどうかも怪しいもんだ。
でも仮に本当だったとしたらそれは……ああ、面倒臭い。考えたくない。
思考停止した頭で大きなため息をつく。
すると時を同じくして、何かが気になったらしいレイルさんが口を開いた。
「なぁ親父。一ついいか」
「ん? なんだ、レイル」
「いや、ただ気になっただけなんだが……オレとお袋がアリアに着いた時には、もう町は廃墟同然の状態だったんだ。でもその時に親父とレイナはアリアの調査をしてたんだろ? なんで町が滅んだのか、何か知ってたりはしないのか?」
「あ、あぁ……それは、だな」
「?」
急に皆から視線を逸らし始めるグレィさん。
明らかに不自然な行動にレイルさんとお師匠が首を傾げ、レイナさんは申し訳なさそうに目を細める。
「……我がやった」
自白するグレィさんの表情は何とも言い難く、罪悪感を感じているようにも見えるし、何かに恐怖しているようにも見える。
まあ、グレィさんが恐怖する相手と言えば一人しかいないのだが……。
「グレィ、それはどういうことなのかな」
「っ……すまない……」
針のような鋭い視線で、お師匠がグレィさんとレイナさんのことを睨みつけた。
顔を落としながらも背筋は伸ばしているレイナさんに対し、グレィさんは完全に縮こまってしまっている。
グレィさんはこういった時、必要以上に責任を感じてしまうようなのだ。
それから数拍の後。
すまないと口にしてから微動だにしないグレィさんに代わり、レイナさんが顔を上げて話し始めた。
「半年前にフォルトの復活を知ったっていうのは、さっき話したよね。それからしばらく経って、二月前にパパと私が二人で潜入したとき……神殿に祀ってあったフォルトのローブコートに目を向けたら、ちょっと面倒臭いのに絡まれちゃってね」
「面倒臭い?」
「うん。命の石が元に戻ったのを、『神復活の予兆』だって本気で信じてる信者よ。そいつが長ったらしい教えを散々話してくれて……パパが軽く質問程度に命の石が光っているなら、もう復活してるんじゃないかって言ったの」
グレィさんが言ったと、レイナさんの口からそう告げられると同時に、グレィさんは苦虫を噛み潰したような渋い表情を見せる。
一見何も変なところはないような気がするが、それがまずかったと言うことだろう。
「でね、そしたらその信者が『シャーマン様はそんな事一度も仰られていない。復活させよとの託宣も受けているというのに、それを疑うとはなにごとかー』って、それはもう大声で怒鳴り散らしてくれちゃって。話を聞かされた後っていうのも不味かったんでしょうね。一瞬にして信者たちは私たちを目の仇にしてくれたわけ。で、奴ら町を平気な顔で滅ぼそうとする過激派集団よ?」
「「……あー」」
それは……うん、面倒臭いなんてもんじゃない。
「町中の信者たちが一斉に私たちを捕まえようと襲い掛かってきたわ。急いで脱出しようとしたんだけど、思っていたよりも敵の数が多くて。信者の放った矢の一つが、私の頬を掠めたの。そしたら、怒ったパパが『竜化』して背後の人たちを消し炭に……それからはもう一方的だった。パパのウロコは矢なんて通らないし、並みの魔術じゃ傷一つつけられない。ダメ押しに一発周りの建物を粉砕したら、残った人は恐れをなして皆逃げて行った」
「それで、お二人も町から脱出したと?」
僕の言葉に、レイナさんはそっと首を頷かせた。
その後の話によると、脱出した後も近くの森にしばらく拠点を置き、犠牲者に祈りを捧げた後に何度か神殿内部を調べたりしていたらしい。
その過程で、僕のローブコートを持ち出したレイルさんとお師匠を目撃したのだとか。
「…………」
依然としてお師匠は険しい表情を見せる。
娘を傷つけられたとはいえ、明らかにやりすぎだ。
竜族は戦闘力に置いて頂点に君臨する種族。
そんな彼が少しでも暴れたとあれば、大変な事態に発展するであろうことは容易に想像がつく。
「ママ。パパを責めないであげてとは言わないけど、その」
「わかってる。私も同じ場にいたら耐えられたか分からない。でも人の命を奪ったことは確かだよ。例えそれが狂信者であっても、相応の処置はするし、罰も受ける。わかってるよね」
「……あぁ」
委縮したままだったグレィさんが一言だけ返事をする。
お師匠は少し深めの呼吸を挟むと、改めて僕たちに顔を向けた。
「ごめんね、こんな話に巻き込む形になっちゃって」
「いや。もとはと言えばオレが脱線させちまったわけだし、全く無関係ってわけでもなさそうだったしな」
「そうですね。……こう言ってしまうと不謹慎かもしれませんが、僕としてもフォルタリアの状況は知っておきたかったので、ある意味助かりました」
「そっか」
「その……それで、なんだが」
アリア壊滅の件がひと段落したところで、グレィさんがまた本題を語るべく口を開く。
しかし先の事があった分声に覇気がないというか、まともに話せるのかすらも怪しい声色だった。
そんな姿を見かねたのか、隣に座るお師匠が彼の肩にそっと手を置き、優しく微笑みかける。
するとこれを見たグレィさんは、どこか哀愁を帯びた笑みをお師匠に返し、大きく深呼吸をしてみせた。
妻の表情から何かを読み取ったのだろう。大きく息を吐いた後のグレィさんは、元の真剣な眼差しを僕らに向け直し、話の続きを口にし始めた。
「奴らがフォルト――今はルティアだったか。お前を狙っているのならば、町が無くとも何かしら動きを見せてくるはずだ。むしろ大きな動きができない分、そういった個人へのアプローチが増えてくるかもしれない。そこで提案なのだが、しばらくの間ボディガードとしてレイナをここに置いていこうと考えている」
「!!」
思わぬ提案に驚いてしまった。
でも言われてみれば、確かに今の彼らは何もかもが足りない状況と言える。
となれば、散々狙われている僕に何かないはずがない。
ここまで考え至らなかったのは、娘たちを無事に取り戻せたことで満足してしまっていたせいだろう。ああ、自分が恥ずかしい。
あれから一月たつわけだし、僕もまた気が緩んでしまっていたのかもしれない。
己の失態を心の中で後悔する中、僕の背後からどこか情けない気配を感じる。
さっきのグレィさんほどじゃないのだが、後ろをちらりと見てみると、レイルさんが何か不安そうな目でグレィさんに訴えかけていた。
「オレじゃ、ダメなのか……?」
「あっ……あー……」
うん、ボディガードをレイナさんに任せるという事に対してだったらしい。
言いたいことは分かる。
僕としては、これから語られるであろう現実から耳を背けたい。
「今のフォルトは女だ。風呂場や私室までお前がエスコートできるのか?」
「っ……それは」
「そういうことよ。私だって遺憾だもの、我慢してね。お・兄・ちゃ・ん」
「「うぐっ」」
僕とレイルさんの心に深く突き刺さるレイナさんのセリフ。
くそう、この体であるがゆえに!!
ゆーえーにー!!!
しかしこんなことで挫けてはいられない……。
仲間は多いに越したことは無いし、ありがたい申し出ではあるのだ。
私情に流されず、しっかり返事はしておかなければ。
「ルティア、どうだろうか」
「ぼ……僕としては助かりますけど、お師匠はいいんでしょうか?」
「大丈夫。そのあたりは前もって聞いてるから、気にしないで大丈夫だよ」
「くっ……では、お願いしましょう」
最後に何か出てしまった気がするが、気にしてはいけない。
何はともあれ、こうして僕らの仲間にレイルさんの妹、レイナさんが加わった。
しばらくは彼女の協力の元、いつゴートたち教団の接触があってもいいように気を付けなければならないだろう。
四六時中となると……はぁ、また面倒臭いことにならなければいいけど……。
―――ん。
そういえば話の流れからして僕の部屋に寝泊まりするのでは?
……ベッドどうしよう。




