第87話 神の啓示
◇
一週間前。
「ゴート様!」
「…………」
フォルタリアに戻ったゴートとクラムが目にしたのは、瓦礫が散乱し、人の気配もが消え去った町の姿。
無事な民家も多く存在しているが、町の中心に位置する神殿前から西門にかけては原型をとどめず粉々になっている建物も多く、ひどい有様だった。
予想だにしなかった惨状にクラムは大きく動揺するが、ゴートは思うところがあるのか、ただただ表情を険しくする。
それからしばしの間を置いた後、二人は冷静さを保ちつつ町の中を進んでいく。
町の惨状をあらためて見て回り、どのような状況であったのかを想像していた。
民家の卓上には食器が並び、床に落ちたコーヒーカップの中身は既に無に帰っていた。
転がっている瓦礫には節々に焼けたような跡があり、また割れ目は不規則で乱雑。
西に向かっていくつか矢も転がっていた。
「何者かの襲撃でしょうか」
「断定はできないがね、可能性は十分にあるだろう。一つ心当たりがあったのだが……どうもそうではないらしい」
「?」
心当たりとは、レイルのことだ。
レイルがフォルタリアへ向かうように仕向けたのは誰でもないゴートであり、たどり着いたレイルがこのようなことをしたのかもしれないと。
しかし少し場をみてすぐにその考えを改めたのだ。
レイルは間違いなくゴートやその仲間に対して良くない感情を抱いているが、だからといってこのような事をする輩ではない。
戦闘痕にも彼が使うような武器の傷跡が無いことから、レイルではないのだろうと結論付けていた。
「それよりもクラム君、ワタシは神殿を見に行ってくる。確か……丁度時期だったはずだ」
「!! そういえば……はい。お気をつけて」
「ウム」
クラムに一言残し、ゴートは足早に神殿の中へ入っていく。
薄暗い神殿内部をすぐ右へ曲がり、十メートル程進んだ突き当りを更に左へ。
それからいくつも並ぶ石柱をしばらく通り過ぎていくと、とある部屋に繋がる木扉へたどり着いた。
扉を開けると、明かり窓一つもない、四方を本棚に囲まれた六畳間がゴートを出迎える。
薄暗くも外光が差し込んでいた通路と違い、光がほとんど入らない部屋。
真っ暗闇と言っても過言ではないその部屋を、ゴートは慣れた足で進んでいく。
入口から右に数歩、二つ目の本棚の下の石畳を軽くたたき、目的の場所がそこにあることを確認する。
「……ウルエル・フォルト」
合言葉が発せられると、石畳の向こう側から何かが外れたような音が小さく響く。
続いて石畳を持ち上げると、あからさまに何かを隠していそうな石の板が姿を現した。
手前側には指を差し込むことのできるへこみがあり、指をかけて横にスライドさせると、更に縦長く地下へと続く空間が見えてくる。
壁掛け松明によってほのかに明るく照らされた地下空間。
それは最近人が来たことを意味し、また今もそこに居ることを証明していた。
土壁に覆われた地下道を駆け抜け、目的の場所へと近づいていく。
そして神殿の奥深く。
三メートルはあろうかという石扉を押し開ける。
するとここまできて、ゴートはようやく肩から力を抜くことができた。
彼の目の前――祭壇と呼べるそれに祀られている一体の賢者像。
ローブ姿の男性を模したそれは、かつてこの町の中心に立てられていたものだ。
その元に跪き、祈りを捧げる小さな人影の元へ、ゴートはゆっくりと歩み寄った。
「どうかなさいましたか。ゴートさん」
「ティー……祈りを捧げている最中に申し訳ない。外を見たら、いてもたってもいられず……」
「それが、フォルト様に不敬を働く理由ですか」
「…………」
ティーが祈りを捧げる時期。
それはシャーマンである彼女がフォルト神からの啓示を授かる時期でもある。
これの邪魔に入ったと言うことは、神に対する不敬に他ならない。
いくらシャーマンの身を案じてのことといえど、はいそうですかと許されることではなかった。
ゴートはいかなる処遇をも受け入れようと、ただ覚悟を乗せた目でティーの背中を見る。
しかしティーは振り向くこともしないまま、少し顔を上げ……神の像を見上げながら、ただ一言口にした。
「まあいいでしょう。シャーマンを気遣っての事、きっとフォルト様もお許しになられます」
「……寛大な御心に感謝を」
ゴートが跪き、小さな背中と神へ感謝の言葉を述べる。
それから祈りを捧げ続けるティーの後ろで、ゴートはただじっと待ち続けた。
一時間と少し経った頃、ようやく祈りを終えたティーが振り向き、尚も頭を下げ続けているゴートに声をかける。
「お待たせしました。一度上へ戻りましょうか」
「はっ」
ゴートはティーの手を取り、何もいないと分かりつつも警戒しながら上へと戻っていく。
神殿の入口付近まで戻ってくると、外で待機していたクラムが二人へ駆け寄りティーに跪く。
「ティー様! よかった、ご無事で何よりです」
「顔を上げてくださいクラム。それよりも、ミシティアではどうでしたか?」
「はっ! それについてなのですが、その……」
「何、クラム君が気負うことは無い。ワタシがありのままを報告しよう」
ゴートは一切の躊躇も無く、真剣に作戦失敗の報告をしていった。
特殊な力を宿した獣人の追跡から始まり、それがルティアの元へ行ったこと。
その後彼女らを偽の依頼で騙し、ミシティアへ連れて行ったこと。
計画通り獣人の姉妹を攫い、泉の水で暴走させることに成功したこと。
しかしその後、想定外の強力な魔術介入があったこと。
一度落とすことができたはずのルティアの再起によって、作戦の失敗を悟ったこと。
最後に関しては完全にゴートの油断が招いた失敗だが、彼は包み隠さず、ありのままを報告した。
「そうですか。ミシティアは無傷のまま、祭りの最終日を迎えたのですね」
「本当に、我ながら情けない」
ゴート達教団の作戦行動は、シャーマンであるティーが神からの啓示を受け、原則それに従って行われる。
イルとウルを追い、利用するように命じたのも、ミシティアやファルムの襲撃を命じたのも、すべては彼らの信奉する神のお導き。
神からの指令を二度も失敗に終わらせたゴートは、もはや後がないと言っても過言ではない。
「ティー。先程は許して下さると言っていたが、ワタシは……」
「はい。我らが神より、新たな啓示を授かりました」
「――!」
ティーは顔を上げ、しっかりとゴートの目を見て告げた。
ゴートは一瞬目を見開くようなそぶりを見せるが、すぐ平静に戻り、聞く姿勢をとる。
どんな罰も受け入れる。
そんなつい十数分前にも見た紳士の顔に、ティーは優しく微笑みかけながら口を開いた。
「安心してください。あなたに何をしようというものではありません。気持ちは分かりますが……いえ、話を進めましょう。件の少女――確かルティアさんでしたか。彼女は今何処に?」
「ファルムに彼女の住居と店がある。十中八九そこに」
「ほうほう。 それはそれは……一度言質は取ったのでしたよね」
言質を取ったという確認に、ゴートは深く頷いた。
ティーはこれにまた頷き返すと、町の外――遥か遠くへと目を向ける。
青く透き通った、どこまでも、どこまでも続いていく空を仰ぎ、小さなエルフの少女は、声高らかにそう口にした。
「では、わたくしを彼の少女の元へ連れて行ってください」




