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第84話 ミシティアの神祭

「な、なぁ……本当、ごめんって」

「ツーン」

「はは……ははは……」


 レイルさんが何度か頭を下げるが、ネリスは断固として耳を傾けようとしない。

 大遅刻をしてきたばかりか、せっかく用意した浴衣に全く反応がなかったことで、完全に彼女の機嫌を損ねてしまったようである。


「むぅー」

「ぶぅー」

「イルとウルも、待たせて本当に――(ッダ)っ!?」

「バーカ」


 続いてイルとウルに謝罪をするも、スフィが彼の頭に噛みついて冷たい一言を投げつけた。

 一応待っている間は順番に辺りを散策してはいたのだが、それで満足などできるはずもなく(この辺りは前回散策済みだったし)。

 最終日を楽しみにしていたイルとウルも大層ご立腹の様子だった。


「……ルティアも、本当に――って、お袋!?」

「レイ君。流石にそれは傷つくなぁ」

「いやだって! いるとは思ってなかったから……」

「お母さんそんな風に育てた覚えはありませんっ!」

「……ごめん」

「あとそれ。謝ってばっかりなのも良くないよ? 皆せっかく待っててくれてたんだし。ごめんなさいも大事だけれど、ありがとうはもっと大事。ね?」

「そう、か……それも、そうだな」


 外見だけなら完全にお師匠の方が年下に見えるため、傍から見ると娘に説教される父親のようである。

 まあ、今この状況で言われた通りに実行してもネリスには逆効果だろうが。それに、もう時間も時間だしここでもたもたしているのも誰も得をしない。

 僕はレイルさんの前に立ち、肩を落としている彼の肩を持つ。


「元気を出してください。確かにここまで遅くなることは予想していませんでしたが、様子を見に行かなかった僕らにも悪いところはあると思いますし」

「ルティア……うおぉぉおおぉぉぉ!!」

「ちょっ!? おわ、重っ」


 少しフォローに入った途端、レイルさんが泣きながら僕に抱き着いてきた。

 急だったので体のバランスを崩しかけてしまったが、どうにか持ちこたえた後にレイルさんの頭に手を回す。

 大きな子供をあやすようで複雑な心境ではあるものの、この状況じゃあ仕方ない、のかなあ?

 まあ、こういった問題は時間が解決してくれると信じて。今は先に進めよう。

 ひとまずは合流したことだし。


「全くもう……いきましょうか」


 日が沈み、魔術道具による色鮮やかな照明が町を照らす時間。

 僕たちはようやく、この噴水広場から祭りの中へと踏み出していく。


 噴水広場は町の丁度中心部に位置しており、ここより北――湖側、それも祭壇へと向かう大きな一本道を進んでいった。

 道の両側には数えきれないほどの屋台が出そろっており、またそれ以上に色々な種族性別の人々がみっしりと集まっている。


 十メートルほどの等間隔で並んでいるアーチには、古今東西様々な国の国旗が飾り付けられており、照明も合わさって夜の町を色鮮やかに照らしている。

 道行く人の表情は皆明るく、見ているだけでも気分が盛り上がっていくのが分かった。


 一昨日の騒動など無かったんじゃないかと思えてしまう程に……本当に、人というものは逞しい。

 僕はそんな人々と、楽しそうに前を行くネリスや娘たちの背中を見ながら足を進めていた。

 隣には、眉を落としつつも良い笑みを浮かべているレイルさん。そして彼を挟んだ向こうにはお師匠と、半ば居場所が無くなった彼のお守のような状態。


 まあ、僕ら三人に関しては過去に何度も参加しているので、ここは初見であるネリスやイル、ウルに楽しんでもらおうということになったのだ。

 僕としても、楽しんでいる姿を拝めるだけで満足している節があるので、見失わないようにだけ気を付けていた。


 そうして一時間程経過した頃。

 この大きな道を半分ちょっと進んだところで、祭壇の方から大きな響いてきた。


『えー皆様。本日は遥々、世界各地よりお越しいただきまして――』

「お、はじまった」

「ですね」


 年季の入った、力強い男性の声。

 〈拡声(ラウドボイス)〉という魔術が籠められた魔道具によって、彼の声は町中に聞こえている。

 毎年祭りの初日と最終日にのみ行われる、町長による代表挨拶だ。


『ここミシティアでは、古来より数多の種族が寄り添い道を共にして参りました。この一か月に渡り行われている祭りは、身体も寿命も違う、しかし同じ文化を共有する我々が互いを理解し、喜びを分かち合う。未来永劫の共存と繁栄を祈る祭典であります』


 人々の視線が、祭壇の上に立つ町長へと集まっていく。

 それは僕らも例外ではない。

 年一回のイベントへのカウントダウンが、ここですでに始まっているからだ。


 イルとウルは身長が低いので、僕とお師匠にそれぞれ抱き上げられることで祭壇を見ている。

 そして町長の挨拶で気になるところがあったらしく、二人は声を合わせて同じ質問を投げかけてくる。


「「みらいえーごー?」」

「えっと……簡単に言えば、みんなずっと仲良くいましょうねってことです」

「「へ~」」


『重ねて、一昨日、昨日と皆さまに大変ご迷惑をおかけしましたことを、この場を借りてお詫びを申し上げます。また本人達の希望により名前は伏せさせていただきますが、町の窮地を救ってくださった勇気ある方々に、このミシティアの町を代表して、多大なる感謝を申し上げます』


 未来永劫の意味としては語弊のある答えが僕の口から出たすぐ後、挨拶の続きが聞こえて来た。


 匿名での発表を希望したというのは、レイルさんとネリスだろうか。

 僕としても、ここで大っぴらに英雄だなどと祭り上げられるのは本意ではないから、これはとてもありがたい。

 公表していたらしていたで、お店の客足が少しばかり伸びたのかもしれないなどと思わなくも無いが、それはそれだ。

 受け取る報酬は最低限。言わなくてもしっかり理解していてくれたというのは嬉しい限りだ。


 さて、本来なら今の文句にはもっと別の、ぶっちゃけあまり面白いものでもない定型文が入っていたはずなのだが……どうやら、町長は本当に気の利く人らしい。

 長話をするような気配も無く、大きく両手を広げた町長。

 彼はその声に乗せてイベントへのカウントゼロを宣言する。


『――そして、今日この日を迎えるためにご協力下さった皆さまにも、同等の感謝を! 今宵はどうぞ、最後までごゆるりとお楽しみください!』


 町長の最後の一言と共に、彼の遥か後方から空へと向かて三本の線が伸びていく。

 「ぴゅ~~~」という音と共に昇っていく線はやがての暗闇の中に消え、一拍の後に大きな爆発となって真の姿を顕わにした。


「お……」

「おおぉぉーー!!」

「きれいー!」


 人々の目を一手に引き付け魅了する、大きな花がそこにあった。

 それぞれ青、赤、緑の花を思わせる火花を散らせるそれは、今宵の始まりの合図。

 最終日にのみ行われる、年に一回の大イベント――ミシティアの神祭大花火大会、始まりの合図だ。


 最初の三発に続いて、次々と空に伸びていく花の種たち。

 大小さまざまな花が咲き誇り、夜の闇を明るく照らし出す。

 赤、青、緑、黄色、白、朱色に水色、黄緑色に、また赤色。

 色とりどりの花たちは、湖面一杯に映し出されることによって、更にその美しさを何倍にも増幅させている。


「お、今のしょぼいやつ。今日のレイルさんに似てる!」

「んだとごらぁ!!」


 いつの間にかレイルさんとネリスも元通り言葉を交わしている。

 煽り煽られというやり取りが健全かどうかはさておき、その表情に陰りはない。

 イルとウルは目をキラキラと輝かせ、夜空に咲く無数の花々に夢中の様子。


「結果オーライ。かな」

「……ですね」


 お師匠のつぶやきに、僕はほっと一息吐きながら返した。

 すると少しばかり、頬に違和感を感じることに気が付く。


「……!」


 安心して……安心しすぎて、涙腺まで緩んでしまったのだろう。

 両手がふさがっているので感覚でしかわからないが、これは恐らく、涙が落ちて行った跡。

 同時に肩のあたりから視線を感じるが……スフィにはばっちり見られていたらしい。


「安心なさい。誰にも言わないわよ」

「……別に構いませんよ。たぶん、見られて恥ずかしいものではありませんから」

「あっそ」


 そっけない反応をするスフィだが、本当に言うことはなく。すぐに花火に目を戻しているようだった。


「本当に……ここまでこられて、よかった」


 空いっぱいに咲き誇る花火たちを見上げ、僕は心からの言葉を漏らした。


 本当に、本当にここまで長かったような気がする。

 この町についてからの数日間……特に一昨日、ゴートの裏切りからは特に。

 皆の協力をなくしては、絶対に今この光景を拝むことはできなかっただろう。

 それを思うと、また少し目頭が熱くなる。


 最初の三発が打ち上げられてから一時間。

 最後の一発が空高く打ち上げられるその時まで、苦労の末に勝ち取ったこのひと時を噛みしめていた。


 来たる明日も、輝ける日々でありますようにと祈りながら。

 また来年も、皆でこの場所に来られますようにと願いながら。

 この波乱に満ちた数週間の幕引きを見届けたのだった。

ミシティアの神祭編はここまでとなります。

次章に関しましては、諸々他にも準備したいことなどがありますので、ちょっといつもより期間が空くかもしれません。


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