第83話 浴衣美人
「兄さんが、ママと……どうして」
「分からない。留守の間に帰っていたのかもしれないが」
「でもおかしいよ!? 三百年も音沙汰無しで、急にそんな……しかもよりによってこんな所でだなんて! 本当に兄さんとママだったの!?」
声を荒げるレイナの肩に手を添え、グレィは首を小さく縦にふる。
愛する妻と息子の顔を、彼が見間違えることなど有り得ない。レイナもそれはよくわかっていたが、それだけに余計動揺を隠せなかったのだ。
「フォルトの情報を追ってここまで来たはいいが…………いやまて……?」
「パパ?」
何か思い当たったのか、グレィは顎に手を置き考え始める。
「我が見た時、二人は何か大きな風呂敷をもって神殿から出てくるところだった……凹凸は見当たらなかったから、大きな固形物ではない。大部分は布か……だが神殿の中から盗むような物など…………!?」
「ど、どうしたの?」
「レイナ、急ぐぞ。エルナがいたということは、恐らく転移を使っているハズ。精霊を使って魔力痕を辿るんだ」
◇
二日後、午前十時――ミシティアの町。
とうとう迎えた祭り最終日。僕と娘たちはこの日、祭りに出る前にネリスの手でファッションレンタルショップに連れられてこられていた。
ちなみにレイルさんはまだ宿で寝ている。
「あ、あの。ネリス?」
「大丈夫! 可愛い!」
「いや、そうではなく……」
「大丈夫! すんごい可愛い!」
「……お師匠!?」
昨日別れて以来の再会。
お師匠までぬっと背後に現れた。
なんでもこの服、浴衣と言う東洋の服らしいのだが……確かに可愛い。
レモン色を軸に、明るいピンクや水色の模様があしらわれているそれは、ネリスが選んだものだ。
町中に同じような格好をした人が多くいたし、人気なのは分かる。
だが待ってほしい。
僕は着るとは一言も言っていない。いや、現にされるがまま身につけてしまっているわけだが、断じて言っていない。
歩きにくいし、僕はこれでも男だ……と、そういえばネリスは知らないんだったか。くそう。
だがお師匠は一緒になって可愛いとか言ってくれるな!?
「ていうか、お師匠はいつの間に」
「私も浴衣借りようと思って。そしたらフォルく――ルティアちゃんもいたから」
「はあ……」
「ママ、できたー」
「あれ? おばあちゃんもいる」
そうこうしていると、隣の更衣室で着付けてもらっていたイルとウルが、僕らの元へ戻って来た。
いつものエプロンドレスと同じく赤と青の浴衣に身を包んだ姉妹の姿は、簪を用いて丁寧に結われている髪も相まって、清楚なイメージを与えている。
ケモ耳と尻尾も浴衣にマッチしており、いつもにも増して可愛いらしい。
「「「可愛い」」」
僕ら三人、ここに来て意見と声が合致する。
……いや、違うな。お師匠だけ鼻血が出ている。まさかとは思うけど、手出したりしないよね?
大丈夫だよね?
それはそうとして、可愛いと言われて頬を赤らめる姿もまた愛らしい。
「ルティアちゃん! その気持ちだよ、わたしが君に抱いている物は!」
「それは違うと思います」
「なぜだぁー! なぜわからない!」
なぜと言われましても。
でもまあ、客観的に見る分には悪い気はしないけど……。
「安心しなさい。似合ってるわよ」
「スフィ。それ前も似たようなこと聞いた気がします……」
「事実よ? 私お世辞は言わないもの。すっごく綺麗だと思うわ。ええ、すっごくね」
「嬉しそうに言うのやめてください!?」
そうだった。
スフィは僕のことをやたら着飾りたがる。この状況を楽しんでいない訳がない。
しかもいつもとは180度違う雰囲気の衣服となって、余計に楽しんでいるような気もする。
ああもう、ここに僕の味方はいないのか。
……と、頭の片隅で思っていた所。
そっと、同情するかのように、肩に置かれた手が一つ。
手を置いたお師匠は、微かに頬を微笑ませ、深あぁぁく二回ほど頭を縦にふっていた。
「わかる。わかるよ、うん。わかる」
「え、えぇ……」
どうしよう、とてつもなく反応に困る。
一体何が分かるというのか。
突っ込むべきなのだろうか……いや、やめとこう。面倒くさい匂いがする。
「そ、それよりお師匠、浴衣借りに来たんでしょう? いいんですか、立ち話なんてしてて」
「むっ! そうだった」
「エルナさん! 折角だしわたしと一緒に選ぼうよ!」
「じゃあ選びっこしよっか」
「……いってらっしゃい」
「「いってらっしゃーい」」
楽しそ~に談笑する二人を見送り、僕と娘たちは早々に店の外へ出て行く。
目の前が三日前の自由時間にも通った噴水広場であるため、そこで待っていることにしたのだ。
そうして待っている事三十分くらいだろうか?
もっと待ったかもしれない。
「おまたせ~」
「どう!? わたしが選んだの可愛かろう!? 可愛かろう!?」
明るめのオレンジを基調に、鮮やかな花柄の浴衣を身に纏ったお師匠と、その浴衣をアピールしてくるネリスが店から出て来た。
ちなみにネリスの浴衣は、黒い布地に波紋模様が特徴的なもの。
やんちゃな様子とは対照的に、落ち着いた印象を思わせるものだった。
「ははは。これはなんとも……」
「可愛くないと!」
「いえ、そうではなく。お師匠もいいセンスをしてらっしゃると思っただけですよ」
僕がそう言うと、お師匠がニコリと笑いながらVサインをしてくる。
うん、どうやらこのチョイスはわざとだったらしい。
これもまたイイ具合にギャップが生まれていて可愛げがあるのだが、当の本人は気が付く由も無いといった様子。
真面目な場面ではキレる頭が、どうして日常だとこうもポンコツと化すのだろう。今回に限っては自覚がないだけか?
まあ、似合ってるからいいか。
「でさでさルティアちゃん。レイルさん来た?」
「え? レイルさんですか? 来ていませんが」
「んもう! 遅いなぁあのネボスケ!」
「えぇ……」
勝手に起きる前に出てきておいて何を言っているのか。
「枕元に書き置き置いておいたのに~」
「まあまあ。一緒にいたならレイ君が朝に弱いのは知ってるでしょ? 気長に待とうよ」
頬を膨らませて不満を示すネリスの頭を、お師匠がよしよしと撫でながら諭していた。
一見すると、駄々をこねる妹を諭す姉のように見えなくもない。
だがネリスよ。冒険者ギルドマスターよ。君はそれでいいのか。
まんざらでもないと言いたげな顔をしているが、本当にそれでいいのか!?
……本人がいいなら、まあいいか。
変に首を突っ込むと巻き込まれそうな気がする。
それは面倒くさい。
「はぁ。じゃあレイルさんはここに来るってことでいいんでしょうか」
「あ、うん。ここ待ち合わせ場所としても有名らしいし、ちゃんと『起きたら支度して噴水広場に来ること』って残しておいたから! 浴衣美人そろい踏みだよ~? 驚く顔が目に浮かぶ!」
「あはは……」
そういえば夜店を回った時、何かレイルさんあっと驚かせるとか言ってた気がする。
で、浴衣ってことか。
どうかなぁ、あの人そういうとこ鈍感そうだしなぁ。人のことはあんまり言えないけど。
そんな一抹の不安? を抱えつつ、僕らはレイルさんが噴水広場にやってくるまでしばしの談笑に打ち込むこととなったのだった。
そして、八時間後。
「すまん、さっき起きた」
「「「遅い!!!!」」」
もう日が沈もうかという頃になって、ようやくレイルさんが起きてきたのだった。
流石に遅い。
ちなみに浴衣にはノーコメントだった。
次回で今章完結です。たぶん。




