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第81話 師匠より

「フォルタリア……アリアは私たちがたどり着いた時には、既に廃墟も同然の状態だったんだ」

「……なんですって」


 アリア――僕が現役時代、最後に訪れた町。

 そこがフォルタリアだということは、今の一言で理解することができた。

 でも廃墟同然とは、一体何があったというのか。

 お師匠は少し目を細め、現地の様子を思い出すようにしながら話を続けた。


「話に聞いた通り、確かにフォル君を祀った神殿が町の中心にあった。前はたぶん、同じところに銅像が建っていたと思うんだけど……」

「ああ、覚えています。中央広場のところですね」


 隠居をしてかなり経った頃――もう六十歳を越えたころだっただろうか。一度アリアを訪れる機会があり、その時に僕を象った銅像が建てられていることを知った。

 年老いていたこともあり、僕が本人だと気が付かれることは無かったが……おかげで近くにいた人が説明なんかしてくれちゃって、かなり恥ずかしい思いをしたもんだ。

 その場所に今は神殿が建っていると……。


「うん、そこまで大きな町じゃなかったけれど、それでも結構人がいたはずだよ。それなのに私たちが着いた時、アリアには人っこ一人見当たらなかった。神殿も含めて人気の一切が無くなっていたの。代わりにあったのは、焼け崩れた建物と遺体だけ」

「何者かの襲撃を受け、町が滅びた……ということでしょうか」

「たぶん、そうだと思う」


 苦々しく下唇を噛むお師匠を見て、相当悲惨な事になっていたであろうことは容易に想像することができた。

 それと同時に、気が付くことさえもできなかった自分に、少なからず怒りを覚える。


「こんなにも難しいんですね……何かを救うということは……」


 例えゴートが所属する教団の総本山だとしても、焼き払っていい理由などない。普通に暮らしていた一般人だっていたはずなのに、それすらも巻き添えにして滅ぼしてしまうのは、ゴートたちと何も変わらない。

 ミシティアの事で手一杯だったが故に、駆けつけられなかったことが悔しかった。

 以前の、フォルトだったころの自分であるならば、それすらも救い上げることができただろうかと夢想してしまう。


「フォル君が気負うことは無い。何よりフォル君はミシティアを守れたんだから、そこは素直になってあげてもいいと思うよ?」

「それは……」

「それにね、ちょっと気になることもあったんだ」

「気になること……ですか?」

「うん。金品の類が一切盗られていなかったの。あからさまに価値のあるものがそのまま放って置かれてたんだ。今フォル君が着てるローブコートもそのうちの一つ。あとは、遺体の数が思っていたより少なかった。たぶん、十人もいなかったと思う」

「それは……確かに不可解です」


 町一つを滅ぼす程のことがあって、死者が十人もいないというのは引っかかる。

 避難したにしても、もっと被害が大きくなっていておかしくは無いはずだ。

 なにより襲撃した側の意図がつかめない。大多数が逃げ延びたのであれば、教団の殲滅が目的ではないだろうし、町を焼く意味がない。

 金品が残っているという点で賊という線も無いだろう。

 一体何が目的でそんなことをしたのか。


「何か裏があるということでしょうか」

「さあね。あいつらの目的なんて知ったことじゃないわ。第一、そうやって抱え込んで失敗してるんだから少しは反省しなさい。考えるだけ無駄よ」

「……スフィ」


 少し乱暴で、でも優しさが垣間見える声。

 イルとウルを見守りながら、スフィは何か思い出したかのようにハッとして話を続ける。


「そういえば、頼まれてた物はそのコートのポケットに入ってるから、ちゃんと確認しておきなさいよ」

「! あ、ありがとうございます」

「……アンタ、今思い出したでしょ」

「そ、そんなことないですよ?」

「バレバレよバーカ」

「……ごめんなさい」

「フンっ」


 機嫌を悪くしたスフィが、顔を合わせたくないとそっぽを向いてしまった。

 ミシティアや娘たちのことで頭がいっぱいだった、許してほしい。

 とかなんとか言っても、もっと機嫌を悪くするだけだろうなあ。


 ちなみに僕がスフィに頼んだものとは、保管されているであろう福音書の奪取である。

 彼らにとって僕がどんな存在であるのか、どのような教えに基づいて動いているのかを詳しく知り、対策をするためにはもってこいの代物だからだ。

 窃盗行為じゃないかって?

 僕を崇める教団の物を、僕が持っていっても問題はあるまい。


 ……ごめんなさい、本当はちょっと罪悪感あります。

 とまれ、後でしっかり確認しておこう。


「あれ、スフィの件で思い出しましたが、レイルさんも何か考えがあるとか言っていたような……」

「レイ君? ああ、そのローブを見つけた時妙にニヤニヤしてたから、たぶんそれじゃないかなあ」

「……考える事は似たようなことだったってことですね」

「ちなみに、私がフォル君の事に気が付いたのもローブと杖のおかげだよ」


 このローブのおかげ?

 そう言われて自分の体へ目を向けてみると、このローブコートが僕専用であることを思い出した。

 これを身につけていて、杖の形まで以前と変わらなかったら流石に気が付くということか。


「なるほど、考えてみれば気付かれて当たり前でしたね」

「伊達にフォル君の師匠してないよ! ……でも、女の子になるところまで見習わなくてもよかったのになあ……」

「? 何か仰いました?」

「なんでもないよ!? ただの独り言」

「ならいいですが……」


 途中から小声だったのでよく聞き取れなかったが、まあいいだろう。

 咳払いを挟み、お師匠は表情を真剣なものに戻していく。

 すると今度は、少々不穏な空気を漂わせ、僕の目を見て口を開いた。


「フォル君。一つ確認させてほしい」

「っ……はい」

「フォル君自身は、件の教団の事をどう思っているの」


 どう思っているのか。

 答えは明白だが、僕は目をそらしてしまう。

 何故なら僕は言ってしまったからだ。彼らの言葉に乗せられて、一時ではあるものの仲間になると言ってしまった。

 もちろん本心ではないし、彼らに手を貸す気など毛頭ない。

 それでも、言ってしまったという事実が心を動揺させていた。


「彼らは間違っています……それは変わりません……でも」

「でも?」

「……いえ、何でもありません」


 僕は彼らの事を、しっかり止めることができるのだろうか。

 止めたうえで、道を示してあげることができるのだろうか。

 このミシティア襲撃の一件で、感情に振り回された一日で……そして今の質問で、そんな不安が芽生えつつあった。

 彼らは間違っている。

 彼らが崇める神としても、その間違いは正さなければならない。


 でも実際、僕は相まみえた時に何ができた?

 彼らは僕のことを知らないとはいえ、僕自身は何をしていた?

 ファルムの時も今回も、自分の事でいっぱいいっぱいになって、目的すらも忘れてしまっていたじゃないか。


 果たして僕は、このままでやっていけるのだろうか。


「フォル君」

「……はい」

「フォル君は昔から覚えがよかったし、一人でなんでもできる子だった。だからかな、目の前にやらなきゃいけないことがあると、一人で抱え込もうとしちゃう。今回もそうなんじゃない?」

「そう……ですね」


 思えば、イルとウルが攫われてしまった時、僕はネリスに待っていろと口走っていた。

 本当はちゃんと落ち着いて、相談をしてから動かなければならなかっただろうに。

 ファルムの時も、レイルさんに言われたはずだ。もっと頼っていいと。

 突然の事態に焦り、先走った結果、僕の悪い癖が出てきてしまったということか。


「人の手って意外と小さいから、やれるんだーって、何とかできるんだって思ててもすぐにとりこぼしちゃう。でもこれは悪いことじゃない。大事なのは、自分自身が何をしたいか、何ができるかを見極めること。フォル君の手は昔より小さくなってるかもしれないけれど、一人じゃない。頼れる仲間がいるってことを忘れなければ、きっと大丈夫だよ」

「……ありがとうございます」

「んっ! わかればよし。教団とフォル君が繋がってないっていうのは今のでわかったから、暗い話はこの辺でやめとこっか」


 お師匠が表情をやわらげ、僕の頭の上に手を添えて言った。

 よしよしと、子供を褒める時のように。

 親にとって子供はいつまでたっても子供なのだとはよく言うが、外見だけは完全に同年代の少女に頭を撫でられるというのは、なんとも複雑な気分である。


「おお、髪の毛サラサラ……ちょっと心配だったけど、手入れが行き届いていてよろしい」

「ああ、それはネリスが執拗に――」


 洗いたがるせいだと言おうとしたところで、コンコンと、ノック音が部屋に鳴り響く。


「おーう、今戻ったぞー」

「たっだいまー!」


 後始末を終えたレイルさんとネリスが戻ってきた。

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