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第80話 ママ

 降り続いていた雨の音が次第に弱まっていく。

 同時に辺りが真っ白な光に包まれたような、そんな感覚を覚えていた。

 瞼を閉じているため、本当のところはただ何も見えていないだけなのだが、天から降り注ぐ恵みの光が、僕たちを優しく包み込んでくれたような……とても暖かな光の断片を感じていた。


「……おかえりなさい」


 体感覚が元に戻り、自身の両手で確かに抱いている娘たちに向けて、僕は震える声でそう言った。

 流れ落ちてくる涙は、今度こそ怒りや後悔からくるものではない。

 今にも崩れ落ちそうになる体を必死に支えながら、帰ってきてくれた二人がそこに居ることを噛みしめる。


「あれ……ここ、どこ……ママ?」

「ないてるの? だいじょうぶ?」

「大丈夫、ですよ……本当に、本当に……よかった……!」


 この感じだと、暴走していた時のことは覚えていないのだろう。

 でもそれでいい。


 今回の暴走は姉妹を置いて来れないことに付け込まれ、まんまと騙されてしまった僕の方に非があるのは明らかだ。

 きっと真実を知ってしまったら、精神世界で言っていたように、本当に生きていてはダメなんだと思わせてしまうかもしれない。


 でも賢い二人だから、何かの拍子に察してしまうかもしれないが……その時は僕がしっかりと言い聞かせよう。

 イルとウルは悪くない。何があっても、僕は二人の味方だからと。


「さてと、親子水入らずのところ悪いが……」

「ちょっとレイルさん! そこは雰囲気ぶち壊さないでよー!」

「なっ! しかしだな!?」


 僕のすぐ近くからそんな会話が聞こえてくる。

 そういえばすぐ両隣にいるのを忘れていた。

 レイルさんと別行動をしてから一週間強ほどだが、ネリスとのやり取りも懐かしく思えてしまう。


「これだけ騒ぎになったんだ。元に戻してハイ終わりとはいかんだろう……」

「ルティアちゃんに後始末までさせるつもりぃ? 自分でサポート云々言ってたくせにぃ~」

「それはだな……」

「ぐすっ……いいですよ。僕も行きます」


 鼻をすすり、涙を拭い。後始末について言い合っているところに割って入った。

 今回はなんとか町に大きな被害がなかったものの、事態を招き入れた者として責任は取らなければならない。

 後始末こそ僕が出るべきだと主張……しようとしたのだが……。


「ルティアちゃん! ここはわたしたちに任せなさい!」

「い、いえしかし……」

「イルちゃんとウルちゃんを先に宿に連れて行ってあげてって言ってもだめ?」

「……そう言われると」


 町を襲おうとした巨大な魔物が消えた後、戦っていた連中の中に急に幼女が二人増えていたら……一応怪しまれる可能性はある、のか?

 容姿からして大丈夫だと思いたいが、万が一の可能性も無きにしも非ず。

 伝統ある祭りを台無しにしかけてしまったのだから、バレたらただでは済まないだろう。

 最終日まではまだ二日あるし、何事も無ければ最後に娘たちを楽しませてあげることはできるかもしれない。


「では、すみませんがお願いします」

「ルティアちゃんは頑張ったんだから、謝ることないって。レイルさんもそれでいいね?」

「む、むう……まあ構わないが」

「が?」

「いいです!!」


 いつもはレイルさんがあしらって終わる口論も、真剣な場面になるとネリスに軍配が上がる。

 結論として、僕は娘たちを連れ、避難していた人々が戻ってくる前に宿へ帰還することになった。


 一つ予想外だったことと言えば……その直後から、ぬっと姿を現したお師匠がついてきていることだ。


「お師匠……本当についてくるつもりですか」

「だって色々聞きたいでしょ? フォル君も私も」

「おししょう?」

「おししょうってなーに?」


 興味を持ったイルとウルが、ローブコートのすそを引っ張り聞いてくる。


「この人はエルナさんといって、僕の魔法や魔術の先生です。あとはまあ……一応、母のような存在でしょうか。怪しい人ではないので安心してください」


 僕は生前、幼い頃からお師匠の元で暮らしていた。レイルさんと一緒に居たのもこのころだ。

 本当の両親の記憶というものは生憎持ち合わせていない。

 そのため、僕にとって彼女は師匠であり、同時に母親代わりでもあったのだ。


「ママのママ?」

「……おばあちゃん?」

「ウルちゃん、できればおばあちゃんじゃなくてエルナさんって呼んでくれるとうれしいなー」

「? なんで?」

「大人になると分かります!」


 僕とそこまで変わらない年齢の容姿で大人と言われても……って、それは僕も同じか。

 お師匠は謂わば永遠の十七歳。

 千年以上も少女の姿を保ち続けているとはいえ、年のことは気になるのだろう。

 見た目は若くとも、古い人間は自ずと古い部分が露呈する物。実年齢からくる若年世代とのギャップとは、時に残酷な精神ダメージを突きつけてくるのである。


 まあ?

 僕は神としてだらだらしていた七百年分はほとんど下界の知識なんてつけてませんから?

 ほとんど赤ん坊みたいなモンなのでそんなの気にしませんけど?


「ところでフォル君」

「……なんです?」

「イルちゃんかウルちゃん、どっちか抱いて歩いてもいいかな!」

「へ?」


 言葉の意味を理解するのに約十秒の時間を要した。

 ああそうだ、お師匠……子供に目が無い。


 僕としては構わないのだが、初対面の相手にこの姉妹がそこまで心を開くかと言うと……未だにレイルさんやネリスにすら、自分から寄って行こうとはしないくらいだし。


「だっこ? イル、する」

「……あれ?」

「じゃあウルはママがいい」

「あ、はい」


 何故だ。

 ウルを抱きあげながら、目を輝かせているイルを不思議な目で見つめてみた。

 ママのママがそんなに効いたのだろうか。

 僕の師匠であるというだけでそこまで……?

 納得できなくもないような、うーむ?

 でもまあ、お師匠なら絶対に二人を傷つけるようなことはしないだろうし、信頼はできる。

 それに少しでも心を開ける相手が増えるというのは、二人にとっても良い事には違いない。


「おお、これはあれだねフォル君」

「今度はなんです?」

「一緒に娘を抱いて隣を歩いてって、ママ友って感じしない?」

「…………」


 それはそれで複雑な心境にさせられるので、今のは聞かなかったことにしておこうと思います。

 でもイルとウルは僕の娘だ。それは変わらない。

 僕は二人のママなのだ……あれ、でもお師匠も二児の母……ママ友……うん、やっぱり考えないようにしておこう。

 お師匠の頭の上に乗っているスフィの視線が痛い気がするのも、きっと気のせいだ。




  ◇




 イルもウルも暴走による疲労が響いてきたのか、抱いて歩いているうちに腕の中で眠ってしまった。

 僕らはそのまま宿まで戻ったのだが、地下の客室まで綺麗にもぬけの殻となっていたため、チェックインのしようもないので書き置きを残して部屋へ戻ることにした。

 書き置きには怪しまれないように、一足先に避難場所から戻って来たという旨を記しておいた。嘘をつくのは心苦しいところであるが、娘を危険から守るためならば致し方ない。

 二人をベッドに寝かしつけると、スフィにその見張り番をしてもらいつつ、僕とお師匠はその傍らに腰かけて話を始めた。


「さて……もうちょっと可愛い寝顔を見ていたいけれど、そうも言っていられないよね。順番に話そうか」

「……はい」


 お師匠が改めて切り出してくると、少し緩みかけていた緊張の糸が再びピンと張りなおされる。


「私はレイ君に頼まれて、フォルタリアまで転移(テレポート)で同行したの。色々聞きたいことはあると思うけれど、その時の報告から先に言わせて。フォルタリア……アリアは私たちがたどり着いた時には、既に廃墟も同然の状態だったんだ」

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