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第78話 狼姉妹救出戦 4

 今度は僕が言葉を失う番だった。

 イルとウルの言葉にどう返したらいいのか分からない。

 ルティアの袖をつかんでいる二人の手はかすかに震えていることから、それが本当は望んでいないこと、怖い事であることは伺える。

 第一、本当に殺してほしいのだとしたら、こんな空間が生み出されることは無い。


 だがそれだけに、それゆえに、どう寄り添ってあげればいいのか。

 『理想のルティア』ではない今の僕が何を言っても、きっと二人は本心を話してはくれないだろう。

 二人の理想に近づくために、僕がしてあげられることは何なのか。これさえわかれば活路が開けるというのに、その何かが分からなかった。

 僕の前で静止しているルティアがあまりにも僕その者であったがゆえに、何一つ違いが分からない。


「「――――――」」


 再び静寂の時が続く。

 時間が残されていないことを考え始めると、それによる焦りで余計に考えがまとまらなくなってくる。

 今外はどうなっているのか。

 あとどれくらいで拘束が解かれる?

 早くしなければ。

 一体何が足りない?

 この時間を無駄にはできない。

 僕はどう出ればいい?


「……できません」


 一筋の汗が落ちていくとともに、僕の口はただこれだけを発していた。

 何が足りないのか、何をすればいいのか分からない。けれど確実にこれだけは分かっている事。

 殺すことなどできないという決定事項だけが、無意識に放り出された。


「生きてちゃダメだなんて、言わないでください……! 生きる事に理由なんていりません! それに、二人は僕にとっても大切なんです。殺すことなんて、出来るわけないじゃないですか……!」


 できないという言葉に後押しされるかのように……いいや、逃げるかのように、次々と的外れな言葉が飛び出した。

 これではただ僕の持論を押し付けているだけだ。

 どうして殺してほしいなんて言い出したのか、どうして僕とルティアを別ものとして扱っているのかという根幹にはかすりもしない。

 案の定、二人は顔を俯かせたまま。

 しかし僕の言葉を無視する気はないらしく、俯かせたまま口だけは動かしてくれた。


「たいせつな……?」

「……そうです。イルとウルは、僕の大切な――」

「じゃあ、なんで、たすけてくれなかったの?」

「え?」

「イル、いっぱいさけんだ」

「ウルも、いたいよ、たすけてって、いっぱいいっぱいさけんだ……! なのに……」


「「なんで、きてくれなかったの?」」


「違います! それは――――!」


 僕だって必死だった。

 ここまでたどり着こうとずっと頑張っていた。

 その感情が前に出すぎて、真っ先に否定の言葉が出てきてしまった。

 そしてこれは、この言葉だけは、絶対にここで口にしてはならない。

 何故ならこれは、余計に僕の一方的な感情を押し付けることに他ならないから。

 僕の感情を押し付け、イルとウルの感情を、思いをないがしろにするものだから。


 過ちに気が付いた時にはもう遅い。


 続きの言葉を……遅すぎる弁明をしようとした矢先、大きく後方へ吹き飛ばされるような衝撃に見舞われた。


「――――ッ!!!!」


 一瞬視界がブラックアウトした後、僕の目には巨大な狼の眉間が映っていた。

 僕の意識は、イルとウルの精神世界から強制追放されてしまったのだ。


 やってしまった、何をやっているんだという焦燥感が襲ってくる。

 ただでさえ時間が無いこの瞬間に置いて、最悪の答えを出してしまった。

 本当に、本当に僕は……!


「っ……拘束はまだ何とか……ですか。問題はこれからどうするか……」


 情けない自分をぶんなぐってやりたくなるが、やってしまったものを後悔している時間などない。

 散々感情に振り回された挙句の結果なのだから、いい加減頭を冷やさなければ……などと言って、また感情任せにやらかしたのがついさっきなのだが。


 焦ったところで、それがまた枷となって碌な事にならないのは目に見えている。

 一度本当の意味で冷静にならなければと自分に言い聞かせる。

 氷の拘束が解かれるにはまだ幾分かの猶予がある。

 僕はまずとにかく冷静に、中でのことを振り返ってみることだけに意識を集中させた。


 イルとウルの精神世界――二人が理想としたその世界は、僕との日常そのものだった。

 しかしそこには『二人の理想とする僕』が別に存在しており、外へ連れ出すためにはまずそれを何とかしなければならなかった。

 二人の理想を僕自身が体現することで、奥深くに捕らわれたままの意識を開放することができるからだ。

 僕と一緒に外へ出るのが嫌だという二人に何故か問いかけると、生きてちゃいけないからという、本心とはかけ離れた言葉が返って来た。

 これに対する言葉が見つからず焦った僕ができないと否定すると、二人は散々叫んだのに何で助けに来てくれなかったのかという不満をぶつけて来る。

 そうして感情のまま……。


「あの時の声……の、ことでしょうか」


 助けてほしいという叫び。

 心当たりは、ゴートの裏切りが発覚して、二人を探し回っていた時に聞こえた声だけだ。

 あの重く濁った「ママ」という声。

 もし他にもあったのだとしたら、僕が聞き落としていたか、本当に聞こえていなかったか。

 いずれにせよ、ここが一つのきっかけになりうるはずだ。


 とはいえ、閉ざされてしまった心の扉をもう一度開くというのは至難の業。

 それができるのだとすれば、次は確実に、的確に百点満点……いいや、百二十点の答えを導き出さなければならない。


「……なんで来てくれなかったの、か」


 僕に助けを求めたが反応が無かった。

 そうして僕が振り回されているうちに体は暴走をはじめ、ようやく介入で来た時にはもう手遅れ。

 二人にとっての『ママ』は僕ではなくなり、その決定打となったのが、先ほど追い出されてしまった時の言葉。

 であるならば、まだそこまでは猶予があったということでもある。

 その前……直前の会話の中に何かヒントはなかっただろうか?


「……大切な……」


 二人は僕にとって大切な人。

 僕が先にとう言って帰ってきた反応。

 だが次に出てきたのは……繋げてみれば、大切ならなんで来てくれなかったの、となる。

 どうして遅れたのかを問いているのだろうか?

 これは少し違う気がする。

 もしそんなことで許されるのだとしたら、先ほど違うと言ってしまった後の弁明も聞いてくれただろう。

 大切――その部分に反応したことには、もっと大事な意味があるように思える。


 何かが足りなかったのか、もっと頭を回さなくては――――


 ――バキッ


「っ!」


 ボロボロと、氷の高速具が砕け散っていく音が耳に入った。

 あともう少しで手が届くかもしれないというところで、やはり僕は運が無いのだろう。


 ほぼ時を同じくして、体のバランスを崩すと共に大きく体が横に揺られていく。

 自由になった首を振り回すことによって、また僕の体も飛ばされていた。


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