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第74話 ようやくの第一歩

「っ! 正気に戻ったのかね!?」

「――〈土隆壁(どりゅうへき)〉!」


 正気に戻ったのかというゴートの問いに耳を傾けることは無く、僕はゴートとクラムの退路を断つための魔術を発動させる。

 この土隆壁によって、二人の背後と両脇に十メートル程の土の壁を作り出した。


「ワタシとしたことが、ルティア君の事を甘く見すぎていたかね……クラム君」

「御意」


 ゴートが指示を出すと、クラムがズボンのポケットに手を突っ込み、中から長方形の容器らしきものを取り出し始めた。

 明らかに何かをするつもりであったため、僕は即座に杖に魔力を込め、クラムの手を目掛けて〈炎雷(ファイアボルト)〉を一発放つ。

 が、クラムは僕の動きを見るや否や勢いよく腰を落とし、〈炎雷(ファイアボルト)〉をすれすれのところで回避してみせた。

 彼はその動きの中で容器から一粒の丸薬を取り出すと、それを腰を落とした姿勢のまま土壁に向けて押し付けた。


「〈発現・土人形(ソイル:ゴーレム)馬式(ばしき)〉!」

「なっ!?」


 クラムが持っていた丸薬。あれはどうやらゴーレムの核となるものだったらしい。

 彼の手から核と魔力を注がれた土壁が怪しくうごめき始め、みるみるうちに馬のような形へと変貌を遂げていく。

 その過程で壁からはいくつもの土の塊が僕へ向けて射出され、変形を止めようにも攻撃を加えることは叶わなかった。


 杖を盾代わりにしつつ土塊を避けていくものの、そうこうしているうちに一頭の馬へと変化したゴーレムにゴートとクラムが跨り、側に見える森の方へ方向転換をする。


「予定外の、且つ規格外の妨害が入ってしまったようだからね、残念だが今は退散させてもらうとするよ。だが君はもう我々の仲間だ、いずれまた迎えにあがるとしよう」

「させません!! ――――痛ッ!?」


 馬の足元を目掛けて、着弾時に爆発する炎系魔術〈爆炎弾(ファイアブラスト)〉を放とうと魔力を込め、攻撃を避けていたために崩れかけていた体勢を立て直そうとした。

 しかし体を安定させようと両足を開いて立ったと同時に、左膝に強烈な痛みを感じ膝を落としてしまった。


 飛来した土塊のいくつかを避けられず、左の太ももに撃ち込まれていたのだ。

 貫通こそしていなかったものの、膝に力が入らなくなってしまい、自力で立ち上がることすらもままならない。

 流れ出る血の量もかなり多く、それなりに深く入り込んでしまっているような感覚があった。


 既に馬のゴーレムは僕の視界から姿を消している。

 すぐさま探知をしようと魔力を薄く広げてみはしたものの、二人を乗せたゴーレムはかなりの速さで森の中を突き進んでおり、いくら頑張っても追いかけることは不可能だと悟った。


「土属性の魔術を選んだことが運の尽き……ですか…………いいや、初めから運なんて無かったですね」


 雨が頬を濡らし、流れ出た一筋の涙と混じり合った。

 それからすぐ、膝の痛みを耐えようと歯を食いしばり、杖を頼りになんとか立ち上がる。


 ゴートとクラムを逃してしまったからといって、ここでの戦いが終わったわけではない。

 なんとしても……イルとウルだけは、町に被害が及ぶ前に救い出さなければ。

 その決死の思いで顔を上げ、今なお風のドームに封じられている姉妹へと視線を移した。


「ハァ……っぐ、イル、ウル……待っていてください。今、助けますから……!」


 力を振り絞り、小さく一歩ずつ、足を前に踏み出し始めた。

 杖で体重を支え、なんとか、どうにか一歩ずつ。

 左足を一歩踏み出す度、膝を抉り取られるような痛みに襲われた。

 だがイルとウルの苦しみはこんなものではないと自分を奮い立たせ、とにかく前に突き進む。

 逃げ惑う民衆とは逆方向に、がむしゃらに一歩を踏み出していく。


 だが、僕の一歩はあまりにも短く遅かった。

 このままでは姉妹の元にたどり着くまでに何時間かかるか分からない。

 もしかしたらまた間に合わなくなってしまうかも……そう頭の中で考えてしまうと、次の一歩を踏み出すまでに少しの間が開いた。

 そしてこの一歩で体のバランスが崩れてしまったのか、着地に失敗した僕の体は、そのまま前に倒れ込んでしまった。

 この際に杖も手放してしまい、手を伸ばしてもギリギリ届かない位置に飛んで行ってしまう。

 地べたを這い、かろうじて杖を手に持つことはできたものの、大きく息を乱し、とめどなく流れ出る血は確実に僕の体を疲弊させている。

 なんとか立ち上がろうと体を奮い立たせようとするも、思うように力が入らなかった。


「ゼェ……こんな……ハァ……ところで、諦めるわけには……!!」


 一度は折られ、屈してしまったこの意思。

 立ち直ることができたのだから、今度こそ諦めるわけにはいかない。

 その一心で踏ん張った。

 落ちそうになる膝を持ち上げ、悲鳴にも似た声を上げながら、僕は勢いのままに――――立ち上がれる寸前のところで、杖を握る手が滑った。


「ッッッッ!!!」


 その瞬間、今まで堪えて来た何かが一気に瓦解したような気がした。


 諦めるわけにはいかない。

 この思いは変わらない。変わらないはずなのに、僕の顔はくしゃくしゃに歪み、立ちふさがる理不尽を前に涙が止まらない。

 立ち止まっている場合ではないのに、立ち上がることすらもかなわない。

 へたり込み、地面の水たまりに映る自分の顔が……まるで、か弱い女の子のように泣きじゃくるその顔面が、たまらなく憎たらしかった。


「何が、守って見せるですか……何が諦めないですか!!! こんな体たらくで、僕は……僕は!!!!」

「その威勢がありゃあ、まだ立てんだろ」

「!?」


 僕の本当にすぐ後ろからの声だった。

 声の主はへたり込んでいる僕の肩を持ち、支えとなって体を立ち上がらせてくれる。


「レ、レイルさん……? それにネリス……どうして」

「色々あって合流できたのさ! それより大丈夫……じゃ、ないよね」

「い、いえ……これは」

「ちょっと、私を忘れるんじゃないわよ」


 ひょっこりと、僕の足元にやって来たスフィが苦言を呈す。

 しかしそうは言いながらも、黙って左足の治療を始めてくれる彼女に、僕はそっと「ありがとうございます」とお礼を述べる。


「……ふんっ」

「そんな格好で大声上げてんだ、おかげで見つけやすかったぜ。でも話してる暇なんてねえだろ。詳しい話は後だ後、今は黙って受け取れ!」

「え……おわっ」


 レイルさんが首に巻いていた風呂敷を取り外し、中身を僕の頭の上にかぶせてくる。

 一度杖を魔力に還元してから空いた手に取ってみると、その正体が何なのかを知ることができた。


「! これ……」


 純白の生地を基調として、各所に青や黄色、はたまた銀といった装飾を施された一着のローブコート。

 一つのシミすらもなく、強力な魔力効果を宿している……フォルタリアと呼ばれる町の奥深くに眠っていたであろう、聖なる衣。

 これはそう、はるか七百年以上前……当時賢者と呼ばれていたた僕が愛用していたローブそのものだった。


「あの風のバリアもそろそろ切れちまう。そうなりゃあ、もう二人を助けられるのはルティア、お前だけだ。オレらじゃサポートしてやることしかできん……やってくれるか?」

「…………必ず」


 気になることはある。

 聞きたいこともある。

 だが今はとにかく、めぐってきたチャンスを手放してはいけない。


 僕はレイルさんに支えられながらも、ローブコートの袖に手を通した。

 これには基礎的な魔力を増強する効果に加え、見た目からは考えられない高い物理・魔法防御力を誇る。

 それから長旅でもやっていけるように、少量ではあるが体力回復や消耗抑制効果も付与されているという便利グッズだ。

 僕専用装備であるために、僕にしか扱えないよう設定されている特注品でもある。


 ……ってそういえば、今の僕でも大丈夫なのか? これ?


 意気込んで袖を通してみたはいいものの、当時の僕より身長も十センチ以上縮んでるし、完全にサイズが合わない……。

 こ、これ……ダメなのでは?

 今日何度目かの上げて落とされる展開――――かに思われた、その時。


「――っ!!」

「まぶしっ!?」


 ローブコートの袖に両腕を通し切った瞬間、ローブコートが目映い光を放ち始めた。

 するとどうだろうか、先ほどまでぶっかぶかであったはずのそれが、僕の体のサイズに合わせてするすると縮み始めたではないか。


 するする、するすると、見る見るうちにシルエットを小さく変えたローブコートは、僕の体に完全にフィットするサイズへと変化を遂げると、自然と光も収まった。

 どうやらこの体でも僕は僕として認識されているらしく、ローブの方が勝手に使える形に変形してくれたようだ。そんな機能シラナイ。


 ……しかしこれ、妙にフィットしすぎるような?

 あと、なんかレイルさんとネリスの視線が痛いような。


「……すげえな、それ」

「ほえー! なんだろう、変身ヒーロー?」

「え…………? は???」


 変身ヒーロー。

 なるほど確かに……言い得て妙だ。


 みてみると着ていたはずのいつものメイド服が綺麗さっぱり無くなっており、ローブコートの下には見知らぬ黒ビキニとプリーツスカートがあった。


 なぜだ。

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