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第72話 魔の手

   ◇



 くらい……くらいよ。


 ここ、どこ……?


 なにもみえない……イル……ママ……どこにいるの?


 ママ……ウル……こわい。


 こわいよ。


 ひとりは、いや。

 ひとりは、こわい。


 こわい、こわいよ……たすけて。

 たすけて……ママ――。



   ◇



「あんた無事!?」

「おいおいおい! こりゃ一体どういうこった!」

「――え?」


 ネリスの着地地点と魔物の踏み出した足が重なり、踏みつぶされてしまうかと思われたその時。

 突如として彼女の前に二人の人影(+α)が現れた。

 一人はネリスを抱き上げ、ミシティアの置かれた現状に困惑しているレイルと、彼の肩に乗るスフィ。

 そしてもう一人は、背丈ほどもある長い杖を構え、ドーム状のバリアのような魔術を使っているエルナであった。


「お袋、もう大丈夫だ!」

「オッケー!!」

「ちょっ、レイルさん!? わっ!?」


 エルナへ大丈夫だと一言伝えたレイルは、そのままネリスをお姫様抱っこにした状態で魔物の足元から脱出する。

 続いてエルナが魔術を解除すると同時に飛び退くと、魔物から少し距離を取るべく走り出した。


「レイルさん! このままじゃ町が!!」

「わかってる」

「レイ君、手おねがい!」

「ああ!」


 少し走ったところで、レイルはネリスを片手で抱えるように持ち替えて、空いた左手を後ろにいるエルナへ回した。

 エルナはこれを半ば体を飛び込ませる形でつかみとると、即座に転移(テレポート)の魔法を使用し、町外れの高台へと飛び移る。

 するとエルナは間髪入れずに魔物の方へ向き、杖を両手持ちに構え直した。


「風の子よ 母なる風神 アゼラウスが子らよ 今一時の流れに逆らい 彼のものを護りたまえ!」


 エルナが詠唱を終えた直後、山ほどもある魔物を更に覆いつくすように、巨大な風のドームが形作られていく。

 その過程で、エルナたちの周囲の風までもが、凄まじい勢いで魔物の方へ吸い込まれ、空に浮かぶ雲までもが形を変えていた。

 ネリスとスフィは吹き飛ばされないように必死にレイルにしがみつき、レイルもまたネリスを抱き寄せ、同じく飛ばされないようにエルナの手を固く握る。


 風のドームが完成する直前、周囲に雨が降り始めた。しかしそんなことを気にしている場合ではない。

 見た事も無い、巨大で高等な術を前にしたネリスは、風のドームに目を奪われたままつぶやいた。


「何、アレ……あんな魔術見たことない……」

「魔術じゃなくて、あれは魔法な。失われた古代の魔法」

「魔法……って、そういえば誰!? あの可愛い人!」


 可愛い人という言葉に反応してか、エルナが一瞬ネリスに振り向こうとする。

 しかし彼女にも余裕がなかったのか、ニコリと微笑んだだけで視線を魔物へと戻した。

 その姿を見ていたレイルが、代わりにエルナの紹介をするために口を開く。


「ありゃあオレのお袋だ」

「え? なんて?」

「オレのお袋」

「ちょっと雨音でよく聞こえなかった。なんて?」

「だからオレのお――母親だって」

「いやいやうっそだー……え、ホントに?」

「残念ながら本当だな」


 見た目だけなら間違いなくレイルより二十~三十は若く見える。

 それだけに信じられないという反応をするネリス。ちらりとレイルの肩に乗るスフィへ目を向けると、彼女まで首を縦にふったことでようやく事実を認識し、開いた口が塞がらない様子。


「あんな可愛い人が……齢四桁……って、それどころじゃないんだって!」

「そうだよ二人とも……! 魔法(これ)、もってあと十五分くらいってところだから!」

「分かってる。ネリス、あの魔物はなんなんだ。ルティアは今どこに?」

「ルティアちゃんは……いや、時間が無い! 一回町に戻るよ、走りながら説明する!」




   ◇




「ゴート……? あなた今、何と……」

「現実を受け入れられないという顔だね、ルティア君。詳しく説明した方が納得がいくかな」


 イルとウルが……魔物に?

 町を滅ぼす……?


 何を言っているのか分からない。

 いいや、分かりたくない。頭が理解するのを拒んでいる。

 足が一歩二歩と後ずさり、背中が土壁によって遮られる。

 先ほどまでの威勢などどこにもなく、行き場を失った逃避の感情が、震えとなって膝に現れ始めた。


「あの姉妹が特異であるのは、ルティア君も知っているところだろう。ワタシたちは以前からあれを追っていてね。隙をみてここへ連れ出し、泉の水を使った実験をする予定だった」

「じっ……けん……」

「ウム。泉には特殊な力が宿っているとある古文書に記されている。魔物には猛毒となるそうだが、二人の幸運値なら耐えられるだろうと踏んでのことだった。結果、壮絶な痛みによる恐怖は姉妹に一種の共鳴反応を引き起こし、軍隊をも容易く屠る生物兵器へと進化を遂げたわけだ」

「それにしても、開発中の転送魔術。無事起動して何よりですね」

「うちの技術部を信じたまえよクラム君。もとより実用へ乗り出したのは確信があったからこそだろう」

「……っ…………っっ」


 声が出ない。

 一言一言が頭に入ってくるたびに、今置かれている現状を理解してしまう。

 理解するたびに自分を呪い、涙が溢れそうになってくる。


 ミシティアの湖にそういった伝説があることは知っていた。

 いいや、正確には言われて思い出したと言うべきか。

 この地のどこかに、生命力を活性化させる神秘の泉が沸いている場所があると。

 そしてその泉が、魔物や魔獣など、魔素を持つ生物には猛毒であることも。


 知っているからこそ、ゴートがウソを言っていないのだと理解してしまった。

 同時に、泉の水を飲まされたイルとウルの苦しんでいる姿が脳裏をよぎる。


 一体どれほどの痛みを伴ったのだろう。

 どれだけ苦しかっただろう。

 どれだけ怖かっただろう。

 どれだけ、どれだけ助けを求めただろう。


 きっと、想像を絶する痛みだっただろう。

 後悔が募り、最悪の未来を想像した。


 炎の海に埋もれる町。

 ぐちゃぐちゃに潰され、肉の塊と化した観光客。

 焼け焦げて判別のつかない地元民。


 それがもう目の前まで迫ってくると思うと、以前の僕の決意を思い出す。

 同じ過ちを繰り返さない。

 何としてもミシティアは守って見せる。


 現状を想像だにもしなかった過去の記憶。

 今からでもギリギリ間に合いはするかもしれない。

 でもそれは、イルとウルを止めるということ。

 今の二人はきっと理性の無い、一体の魔物と化してしまっている。

 それを止めるということは、もしかしたら息の根を止めることになってしまうかもしれない。


 僕がイルとウルを殺す?

 できるわけがない。

 二人は僕の……僕の恩寵を分けた、大事な娘なんだから。


「そうだ。ルティア君はこのままここに居ればいい。君は生かしておくために此処に連れて来たのだからね」


 力なく座ることしかできない僕に、ゴートは優しい言葉でそう言い聞かせて来た。

 そして限りなく思考力を奪われた僕に、彼はまたもや優し気に、あたかも救いの手を差し伸べるかのように言葉を吐き出していく。


「ただ、ルティア君……。君にはここまで協力してもらった礼もしなくてはならないと、ワタシは考えている」

「ぇ……?」


 そう、手を差し伸べる『かの』ように……狡猾に、何一つの遠慮もなく。


「今ここで、ワタシたちの仲間に加わりたまえ。さすれば傷一つなく、イルとウルは元気な姿で君の元へ帰そう」

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