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第71話 顕現

 全体では四畳、足場だけなら二畳程という狭い空間。

 泉の底には人一人が入れそうな穴は見えるものの、ここで戦闘が始まってしまえばそうそう逃げることはできない。

 僕自身もただでは済まないだろうが、防御系の魔術を即座に展開するなどすれば最小限に収めることはできなくもないだろう。

 ゴートとクラムが武装している様子も無く、僕の匙加減ですべてが決まるように思えた。


 殺しはしない。

 これは僕の信者だからという理由ではない。

 然るべき裁きを受けさせるために、最小限の攻撃魔術で気絶させ、拘束する。

 このため殺傷能力が比較的低めな土属性がいいだろうと、魔術を発動させるために魔力を練り上げた。


「逃げることはできません。大人しく――」

「ああ。丁度頃合いだ、ルティア君」

「……なんですって?」


 抵抗の意思すら見せず、ただただ頃合いだという一言を口にしたゴート。

 加えてえすぐ後ろに立つクラムのほくそ笑むような表情を見て、もういいと思っていた僕の心の中に、不穏な影が差しているのを感じ取る。

 そして、僕が急ぎ魔術を発動させようとした時だった。


 ――――ドンッッッ!!!


「なっ!?」

「ルティア君! 後ろを見てみたまえよ!」

「…………ッ!?」


 僕らの居る空間が、急に地震のような大きな揺れに襲われた。

 揺れ自体は一瞬のことだったのだが、これを受けた僕の心境は、もはや何を考えたらいいかわからないほどに動揺していた。


 『計画通り』

 これを顔だけで語っていた、僕の目の前に立つ人物――ゴートによって。


「!?!?!?!?!?!?!?」



 〝いない〟



 倒れていたはずの、確かにそこに居たはずの姉妹の姿がどこにもない。


 その光景を目にした瞬間、僕の頭の中は本当に真っ白になってしまった。

 体に力が入らなくなり、握っていたはずの杖と、自分の膝が地に落ちる。

 真っ白になった頭の中に、ただただ疑問符だけが取り残される。

 乱れに乱れた精神が、その臨界点を越えてはち切れていた。


 何が起こった?

 何をした?

 何をされた?

 二人は?

 僕は……僕は今まで、一体何をしていた?


「ルティア君。君は少々単純すぎる……いいや、考えてはいたのだろうがね。お人好しが過ぎるというものだよ」

「なに……を……」

「しかし、そのお人好しな君のおかげで、ワタシ達の望みは叶えられるのだ。まずは感謝しておかなければならないね」


 言っている意味が分からない。

 半ば理解することを放棄している僕を置いて、微笑みかけてくるゴートは深く頭をさげ、宣言通りの感謝を述べる。


「ありがとう、ルティア君。イルとウル。魔獣の姉妹は今より、一体の強大な魔物となってこの地を滅ぼすだろう」

「――――!!!」




 ◇




 町全体が大きく揺れ、同時に姿を現した山程に巨大な魔物を前にして、人々は慌てふためいていた。

 宿を後にしてある場所に向かっていたネリスもまた、急に現れた魔物に恐怖を覚える。


 いいや、魔物に恐怖を覚えるというのは正しくない。

 正確には、二人を魔物にしてしまった――――遅かったという、最悪の事態が現実になろうとしている事への恐怖だった。


「二股の首を持つ狼。間違いない……クソ、間に合わなかった……!!!」


 魔物のことを、ネリスはイルとウルだという確信をもって冷や汗を流す。


 何故彼女がこのことを知っているのか。

 それは少し前――ミシティアの祭りに参加するため、町の下調べをしていたおかげであった。


 かつて聖なる水の神が宿るとされている湖には、特別な力があるとされていた。

 とはいえ、それもおとぎ話レベルの話であり、今の湖にはそのような力は無いとされている。

 だがもしこの力が本当にあるのだとしたらと、ネリスはそう考えていた。


 湖に宿る聖なる力とは、生命力を活性化させ、一時的に身体能力を飛躍的に上昇させる力。

 同時に、魔物にとっては湖の水自体が強力な殺傷能力を持つ聖水としての役目もあった。


 そして、イルとウルは体内に魔素を宿す魔物……であると同時に、獣人という亜人種としての特性も持つ。

 人でもある二人にこれを使ったらどうなるのか。

 聖水は殺傷能力を発揮しつつもイルとウルを殺害するには至らず、凄まじい程の痛みを代償に多大な力を得ることができるかもしれない。

 加えて、死ぬほどの痛みは、イルとウルが暴走してしまうのに足る恐怖を与えるだろう……するとどうだ。いとも簡単に、町を破壊しつくす魔物兵器の完成だ。


 ……妄想の範囲をでない、現実味の欠片も無い話。


 だがもし……もし仮に、ゴートが姉妹を攫ったことの目的が、二人を暴走させてミシティアを滅ぼすことだとしたら?

 既に一つの町を滅ぼした経験のある二人を利用することだとしたら?


 一度阻止されてしまい、成功するかどうかも分からないゴーレムを使うよりも、よっぽど合理的ではないのか。

 加えて魔物の正体がイルとウルである以上、ルティアやネリスは必ず殺すことを躊躇する。ゴーレムの時とは違い、手をこまねいているうちにも町はどんどん崩れていくのではないか?


 きっと取り返しのつかない、絶望と後悔しか残らない最悪の結末を迎えることになるだろう。


 ネリスはこの結末を頭によぎらせ、何とかしなければと歯を食いしばる。

 人の波は魔物がいない方である町の奥へと動いている。

 今は少しでも時間を稼がなければと、波に逆らうように町の外へと走り始めた。


「幸いというかなんというか……いいや、これもわざとかな……!」


 よく見てみると、魔物はミシティアの町から少しだけ離れた場所に現れたようだった。

 とはいえ、本当に山レベルの巨大な図体。数歩歩けばそこはもう町の中だろう。


 ネリスは右手の平をバッと開くと、そのまま何かをつかむような形を作る。

 すると付近の空間が若干のゆがみを見せ、中から一本の槍が召喚された。


 走りながら槍を持ったネリスは、それをできるだけ柄の先端部分で両手持ちに変えて大きく振りかぶり、めいっぱいの体重をかけて地面へと振り下ろす。

 長さとしては物足りないが、棒幅跳びの要領だ。

 しなった槍の勢いに乗って、ネリスは道中のショートカットを図る。

 ジャンプの際には槍を手放し、着地付近になるとまた槍を手元に召喚して再度の跳躍を繰り返した。


 そうしてあっという間に魔物との距離を詰めていき、後数回でその足元までたどり着こうかという時。


『ア゛――ア゛ァァ゛――――!!』

「やばっ――――!?」


 魔物の踏み出した始めの一歩。

 その巨大な足の着地地点と、跳躍したネリスの着地地点が一致していた。

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