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第69話 賭けて、考え

「今の声は……」


 聞こえて来た声はどこか濁っていて、それでいてノイズがかってもたために判別がつかなかった。

 だがしかし、イルかウル。どちらかは分からないが、どちらかであることは間違いない。

 これだけは確信をもって断言することができた。


「でも、一体どこから……」


 少なくとも、僕の視界の範囲に二人らしき人影は見当たらない。

 それを踏まえて、改めて聞こえた来た声を思い出してみる。


 ただ一言『ママ』と言っていたそれは、不自然に重苦しく濁っていて、今にも潰されてしまいそうなほど辛そうな声だった。

 今二人が何をされているのかは想像することもできないが、少なくとも街中ではないと考えられる。

 祭りの最中でどこを歩いても人がいるような場所だ。幼い子供二人が何かしら危ない目に会うとすれば、狭い裏路地か誰も寄り付かないような場所。

 ……だがしかし、そこまでは分かっても、僕が分かるのは昨日の夜みんなで回った範囲に留まる。

 本来は、夜のうちにその手の場所を精査できるよう準備をする予定だったのだが、それが叶わなかったのはかなりの痛手だった。

 精密な地図は宿に行けば置いてあるはずなのだが、それどころではなく飛び出してきてしまった上、今はもうそこまでしている余裕もあるかわからない。


 一応二人を探ることのできる方法は無い訳ではないのだが……いや。


「背に腹は代えられません。こうなったらバレるのも承知の上……!」


 薄く町中に魔力を張り巡らせ、それに意識を乗せるように感覚を強化する探知方法。

 それなりの術者ならば比較的簡単に成せる技だが、それだけに逆探知もされやすい。

 この方法を用いれば、まず間違いなく僕の存在はゴーレムの術者に知れてしまう。

 同時に、おそらくゴートにも気が付かれるだろう。

 それに、二人が攫われてからは少なくとも数時間は経過している。

 もし移動を続けているのだとすば、既に探知の範囲からは出てしまっている可能性が高い。

 正直、イチかバチかの賭けだった。

 だがそれでもやらずに途方に暮れるよりはましだと、僕は意識を集中させるために視界を閉ざし、出来る限り広範囲に魔力を張り始める。


「ッ……流石に、こうも人が多いと……」


 この探知は平たく言えば障害物を感じ取ることができるもの。

 魔力を張った範囲で動くものがあれば即座に気が付くことができるが、感じ取ったものが何かまではつかめない。今のように人が密集して動いている場所では効果が薄い術でもある。

 それでもとにかく意識を集中させ、どこかに不自然な動きをしている影が無いかを探っていく。


 僕自身を中心に、外へ外へと向かうように、ひとつひとつの動きを――――


「もしかしなくともワタシをお探しかな、ルティア君」

「!?」


 不意にすぐ目の前を歩いていたはずの人物が話駆けてきて、集中力が途切れてしまったと同時に、閉じていた瞼がパチリと大きく開かれる。



 一体どういうつもりなのか、その声の主――ゴートは、堂々と僕の目の前に姿を現した。



 不敵な笑みを浮かべるゴートを前に、僕は無意識に臨戦態勢へと移行する。


「ゴート……!」

「おっと、呼び捨てにされてしまった。やはり怒っているかね」

「当り前です! 二人は! イルとウルは今どこにいるのですか!!!」


 何故裏切ったのか、急に目の前に現れたのか。

 ミシティアを守るんじゃないのか、本当の目的は何なのか。

 聞きたい事、問い詰めなければならないことは山ほどあるが、初めに出てきたのはやはり二人の安否だった。


 ゴートは口を動かすことは無く、表情も変えず僕に一歩歩み出る。

 その直後に、僕は構えていた右手に杖を精製した。


「答えてください!」

「ム。……落ち着きたまえ。有象無象の前で魔術でも放つつもりかね」

「次答えなければ本当に放ちますよ」


 実際にゴートを前に杖を握ってみると、自分で思っていた以上に感情のコントロールが利かなくなっていた。

 このままゴートを攻撃しようとすれば、後ろにいる罪なき通行人まで巻き添えにしてしまう。

 分かっている。分かっていても、今の僕にはそれを気に掛ける余裕などどこにもない。

 眉間にしわを寄せ、敵意をむき出しにした目でゴートを睨みつけ、僕はただ一つの答えを知るために再度問いかけた。


「もう一度聞きます。イルとウルはどこにいるんですか」

「……ついてきたまえ」

「どこにいるんですか!!!」

「――――」


 おそらくは、二人がいる場所へ案内しようとしたのだろう。

 そうでなくとも、何か意味がある行為だったに違いない。

 だが僕は、ハッキリと口にしなかったことを許さなかった。


 そして僕の言葉が想定外だったのか、ゴートが初めて表情を乱した。


「そこまで怒りを露わにするとは……いいだろう、もとよりそのつもりだったのだ。行くのは祭壇の地下。……二人はそこに居る、ついてきたまえ」

「……やっぱり、裏切ったんですね」

「…………」


 答えないまま、ゴートは僕に背を向けて歩き始めた。




 ◇



 少し前。

 ネリスは出て行ってしまったルティアを追おうとはせず、机に広げられた地図に手を伸ばしていた。

 昨晩話し合っていた時に用いられた、大まかなブロックで記された地図だ。


「……ルティアちゃん、ダメだ。それじゃあいつの元にはたどり着けない」


 ゴートが裏切った。

 本当にそうであるならば、簡単に足取りを追えるような手がかりなど残すはずがない。

 ここに来てからあった協力者もグルである可能性は高い。残されていた、術者の場所が記された地図も当てにならない。そもそもこの術者が本当にいるのかどうかさえも怪しい。

 やってみなければわからないと言われれば否定はできないが、ネリスはそれをする前に、今までゴートが起こしていた行動を振り返る。


「ゴートは初めからイルちゃんとウルちゃんを狙っていた。狙ったうえで一度失敗して、ある程度の事情を話す。そうすればわたし達は必然的に警戒するし、警戒させることで自身に対する信用を勝ち得ていた。ミシティアを守りたいという気持ちは本物だと、繰り返し何度もそう訴えかけて……それらしい理由とお金まで用意して。それもこれもが全部計算の内――ああ、口に出すと余計ムカムカする!」


 一度ならず二度までも。……いいや、ファルムの件を合わせれば三度目。

 旅の途中でもゴートに一杯食わされたネリスからしてみれば、今回の件を根に持たないわけがない。

 ネリスでさえも、ゴートがミシティアを守りたいという言葉は本気であるのだと信じ切っていたし、今もその気持ちだけは嘘ではないと思っている。それだけにここまであっけなく、そして本当に裏切られてしまうとは思ってもいなかったのだ。


 そういった意味では、ルティアよりもネリスの方が、ある意味今回の裏切りに対するダメージは大きい。

 同時に、これだけやられていれば嫌でも学習する。

 感情的に飛び出してしまったルティアに対して、ネリスは怒りに震えながらもとにかく冷静に頭を使うことに専念した。


「でもだからこそ。あいつは意味のない行動はしない。だったらその理由さえわかれば、裏をかいてやることだってできるはず……!」


 ゴートは何故イルとウルを狙ったのか。

 この問いに、彼は組織に有用であるからだと答えた。

 では有用とは?

 ネリスは当時の会話を思い出し、少しでも真相へ近づくために考察する。


 相手組織は栄えている街を滅ぼすことを、神復活という目的に対する手段として選んでいる。

 イルとウルはその組織にとって有用な存在。

 ということは、目的か手段か、そのどちらか……もしくは両方に価値を見出すことのできる存在だということ。

 この条件に対して、イルとウルの能力を当てはめていく。


 ――――そして。


「っ……まさか」


 ある一つの答えにたどり着いたとき、ネリスは心の底から震えあがっていた。

 数歩後ずさり、そのままドレッサーの椅子にへたり込む。

 ファルムの比ではない、最悪の事態を想定した彼女は、力が抜けてしまった体を奮い立たせようと、自分に言い聞かせるように口を動かした。


「やばい……それはやばいって……! 早く二人を助けないと……本当に、本当に取り返しのつかないことになる!!」




 ◇

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