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第68話 焦り、走り

 ――て!!


 ルティ――!!


 ――ちゃ―――ア――ん!!


「起きて!! 起きてってルティアちゃんッ!!」

「!?」


 体を大きく揺さぶられる感覚と、耳元から聞こえて来た大きなネリスの声。

 最初はノイズがかかったように聞き取りにくかったが、この二つを頭が理解した瞬間、自分の身に起こった事を思い出して跳ね起きる。


 起きていた時の最後の記憶は、一息入れようとゴートが淹れた紅茶を口にした所。

 それからしばらくすると急激な眠気に襲われ、そのまま机に突っ伏してしまった。


 これが意味することはすなわち、僕らにとって最悪の事態――ゴートの裏切り。


「そんな……まさか」

「ルティアちゃん。ショックを受けてる場合じゃない。後ろを見て」

「え――――」


 僕の後ろにあるのは、イルとウルを寝かしつけていたダブルベッドだ。

 それを見ろと言われ、僕の中には恐怖にも似た感情が生まれつつあった。

 最悪に次ぐ最悪が頭をよぎり、振り向こうとする首の動きがぎこちなく乱れてしまう。


 そして、二人が眠っているはずのベッドが目に入って――。

 

「ッッッ!!!!」


 二人が眠っていたはずの、もぬけの殻となったベッドが目に入ってきた瞬間、僕は椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がっていた。

 同時に、まるで全力で走った後のように大きく息を乱していた。

 ベッドの掛け布団は綺麗にたたまれて置いてある。だが、イルとウルはこんなに几帳面に布団を畳んだりしない。つまりそれは二人ではない第三者が二人を攫い、布団を元通りにして去って行ったことを示していた。

 そう――几帳面に、紳士的に。


「薬を盛った様子はなかった。でも……気が付いてみれば、この有様だった。ゴメン、わたしが付いていながら」

「そんなことはいいです!! 早く二人を探し出さないと!!!」

「待って!」


 すぐにイルとウルの行方を追わなければ。

 そう思い、部屋の扉へと一歩踏み出そうとしたところで、ネリスは僕の腕を掴んで制止させてきた。


「止めないでください!! 早くしないと二人が――」

「止めないよ、わたしも行く。ただ、先に話を聞いて」

「それだったら行きながらでも」

「ダメだよ。もう日が昇って、外は人だらけになってる。そんなんじゃ声はかき消されちゃうし、何より一回冷静にならないと」

「これが冷静でいられますか!!」


 イルとウルがいなくなった。

 ゴートにさらわれたのかはまだ分からないが、そこに居ないというだけで、僕が正気でいられなくなるには十分な理由だ。

 正直なところ、いつ発狂してもおかしくはない状況にあると自覚している。

 これでもし、二人に本当に何かあったとしたら、僕は今度こそ理性という物が吹っ飛んでしまうだろう。


 ネリスの言っていることが判らない訳ではない。

 頭では理解しているし、頭を冷やすべきであることは承知している。

 しかしそれよりも、何よりもまずは、二人の無事を確認しなければ僕の気が済まない。

 ただただこの一心で、僕はネリスの手を振り払った。


「ネリスはここに居てください。必ず連れて帰りますから」

「ちょっと!? ダメだって! ルティアちゃん!!!」


 ネリスが声を上げるが、僕は聞き入れることなく部屋を飛び出した。

 地上へ続く階段を駆け上がり、祭り最終日が近づき賑わう町の中を駆け抜ける。


 部屋にあった時計を見ている余裕がなかったため、少しでも現在時刻を知ろうとした僕は、まず太陽の位置を確認した。


「ほぼ真上……お昼ごろか」


 それと、少し雲が多い。もしかしたら近いうちに一雨来るのかもしれない。


「……不吉すぎますよ」


 まるで、僕らに降りかかる災難を象徴するかのようなタイミング。

 僕を嘲っているかのようにも見えて、感情を押し殺すために大きく歯を食いしばった。

 イルとウルがいなくなった不安と焦り。

 二人を攫ったかもしれない、欺瞞に満ちたゴートへの怒り。

 そんなゴートを信用し、少なからずも油断していた自分への怒り。

 そして、最悪の事態へ進んでいるのかもしれないという不安と、大きくのしかかるプレッシャー。


 全てを押し殺し、しかし足は止めることなくある場所へと向かって行く。

 昨日、宿を確保した後に行った喫茶店。

 ゴートの仲間と情報共有のために会いに行った場所だ。


 感情のままに宿を飛び出してきたが、何も無策で出てきたわけではない。

 絶対にイルとウルは連れ戻す。

 十中八九ゴートが関わっているのであれば、何かしらの手掛かりはあるはずだ。

 そう信じて、僕はひたすらにその場所を目指した。

 そして……


「ハァ……ハァ……ッ クソ!!」


 外から見た限り、昨日いた場所にクラムの姿は見当たらなかった。

 思わず叫んだ拍子に周りの視線を集めてしまったが、今はそんなことを気にしている暇などどこにもない。

 もしかしたら昨日とは違う席にいるのかもしれないと、薄い望みを心中に抱きながら入店するも、結果は同じ。

 昨日と同じくらい店内に人がいたものの、その中にクラムと思しき人影は見当たらなかった。


 かくなる上はと、近くにいた店員さんを捕まえてクラムの行方を覆うことにする。

 少なくとも潜入してから昨日まではこの場所に張っていたはずなのだから、顔を覚えられていてもおかしくは無い。


「すみません! おそらくここ最近出入り口側の窓際席に座っていた、二十代くらいの黒髪の男性がいたと思うのですが……」

「黒髪の……? ああ、そういえば今日は見てないですね。お知り合いの方でしたか?」

「ッ……いえ」

「?」


 来ていないとなると、悔しいが行方を追いようもない。

 舌打ちをしそうになったところをまたどうにか治め、店員さんに一言お礼をして喫茶店を飛び出した。

 が……次はどこへ行ったらいいか。

 左か右か、目的地を見失った足が固まった。


「ッ……! ッッッ!!!」


 初めは、ゴーレムの術者が居ると言っていた場所に向かうことを考えた。

 だが僕は術者の顔を知らないし、そもそも昨晩見た地図は大まかなブロックで描かれており、術者が潜んでいる正確な位置が分からない。

 ゴートが姿を消したのはおそらく夜中の内であるから、道ばたの人に聞いて直接追うという選択肢も使えない。


 ゴートの行方を追うための道筋が途絶え、抑えていた不安と焦りが大きく膨れ上がり始める。

 食いしばっていた歯ががくがくと震えだし、眉間にしわが寄っていく。


「イル……ウル……二人とも、今どこにいるんですか……」


 姉妹の名を口にすると、今度は恐怖心が表へ出始めた。

 その後の声が震え、泣いているような情けないものになってしまう。


 今二人はどこにいるのか。

 ゴートに攫われ、どこに連れていかれ、何をされようとしているのか。

 それを考えるだけで、怖くて怖くてたまらなくなる。

 何故こんなにも怖いのか、自分でもよくわからない。

 でもとにかく怖くて、一刻も早く見つけ出さなければと躍起になる。

 しかし一度どうしたらいいのか分からなくなった足は、次の道を見つけられずに竦んでしまう。


「僕は……どうすれば……」

『ま――ま――』

「!?」


 時間ばかりが経過していき、焦りと不安、そして恐怖ばかりが募っていく。

 そんな負のスパイラルに陥りかけていた時。

 どこからか、重く圧し掛かるような、重圧の乗った声が聞こえてきた。

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