第67話 その言葉は真実なれど
夜も九時を過ぎた頃。
つかの間の祭りを堪能した僕らが宿に戻ると、既にゴートが卓に付き、一人で紅茶を啜っていた。
「フム。悪くない」
「うわぁ。完全に自分の世界に入ってるやつだこれ~」
「ゆうが」
「せれぶりてぃ」
一人ティータイムを楽しんでいる様子のゴートに、各々が感想を述べる。
しかしそこから話を膨らませる――もとい、面倒な話の逸れ方をする前に、僕が先に言うべきことを言って話を進めることにした。
「遅くなってすみません。今戻りました」
「お帰り。気にすることは無い、羽目を外せと言ったのはワタシなのだからね。どうだったかな、祭りの方は」
「おいしいものいっぱい」
「イル、たべもののことばっかりー……おいしかったけど」
「ハッハッハ。楽しめたようで何よりだ」
イルとウルの反応を見ると、ゴートが微笑みを浮かべてよかったと口にする。
その様子だけなら、孫が楽しんでいる様子に微笑むおじいちゃんのようにも見えるだろう。
だが、ゴートはすぐに僕らへと視線を移し、微笑んでいた表情をキリリと切り替えると、これからの事へと話を移さんとした。
「さて、楽しんできてもらった所で申し訳無いが、早速仕事の話へ戻らせてもらうとしよう。情報の共有は、迅速かつ新鮮なうちに済ませておくものだからね」
ゴートは手に持っていたティーカップを卓上に置くと、部屋の隅に重ねられていた椅子を手に持ちだし、机の周りに置き始める。
会議のために人数分を配置するのだろうと思い、僕も手伝おうと動き出した……のだが。
「おっと、これは紳士たるワタシの仕事だよ。君たちは遠慮なく座りたまえ」
などと言い、断固として譲ろうとしなかった。
隣に立つネリスから「それなら先に用意しとこうよ」などと小言が聞こえて来た気がするが、笑って済ませておくことにする。
とまあ、そんな紳士アピール的やり取りがあり、僕らは円卓を囲むようにして席に着いた。
するとゴートは懐から何やらぐるぐる巻きにされた紙を取り出し、卓上に広げて見せる。
横向きの長方形をしたその紙は、上二割ほどが弧を描くような線が引かれており、その弧の中心部から半円状にブロック模様が描かれている。
神の左上にミシティアと書かれていることからして、この町全体を上から見た見取り図だろう。
よく見てみると、町の右下辺りに赤い点が書いてあるのが見て取れた。
「この赤点がゴーレムの術者が居た場所。小さいが、通りに面した宿の二階だったね」
「町の端……ですね。ゴーレムは術者が離れればそれだけ術の精度が落ちます。離れすぎず、且つ脱出も考慮した結果と言うことでしょうか」
「いいや、それは違うよルティア君」
ゴートが僕の意見を否定すると、彼は赤点の場所を指さし、そこから町の下半分をぐるりと囲むように指を動かした。
「この町の下半分は宿や居住区となっている。これが何を意味するか――」
「地下に部屋を設けている宿屋が多いから、ゴーレムの素材である土が少ない。かな」
ゴートのセリフを奪うように、言い終わるのを待たずしてネリスが口を開いた。
「ルティアちゃんが言う通り、ゴーレムは術者が近ければ近いほど強力になる。今回のゴーレムが情報通りなら、守備力特化型――加えて湖の加護とかでもっと硬くなってるんだろう? だったらいっぱい作ったゴーレムの中に潜んで、ある程度のところで一人だけ退散した方がいい。そのためには祭壇周辺の町の構造を把握してなきゃならないし、片隅でひっそりとしている場合じゃない。でもあえてこの場所にいるってことは……」
「流石だねネリス君」
ネリスの回答に誉め言葉?を送ったゴートは、再び赤点に指を置き、更にその指を湖に面する町の中央先端部――祭壇がある場所へとスライドさせた。
「おそらく、当日術者はこの祭壇付近に待機し、ゴーレムを起こし始めるだろう。起こしたゴーレムの内一体に乗り、作戦の完遂を確信したらそのまま退けるよう逃走経路の確保もしているはずだ。おそらくは準備が完了し、今は休息をとっているのだろうね。証拠としてはなんだがこの紅茶、その術者君に分けてもらったものなのだよ。……そしてこれは、ワタシたちにとって良くもあり、また悪くもある状況だ」
「……と、仰いますと」
「襲撃が明日にでも決行されるかもしれない――と言えばわかるかな」
「!」
襲撃が早まる。
その可能性が頭の中に生まれた時、僕は少なからず焦りを覚えていた。
まだ今日の朝にたどり着いたばかりで、今のミシティアがどんな形をしているかなど地図でしかわからない状態。
町中に現れるかもしれないゴーレム、そして術者を止めることを考えると、その差は致命的ともなり得るものだった。
だが祭りの最終日はまだ三日後。
それを待たずして決行など有り得るものだろうか?
その疑問を口にしようとした瞬間、ゴートが言葉を付け足しに出た。
「良い方には、術者の目を掻い潜って祭壇付近を探ることができる事。悪い方は先に言った通り……組織は今余裕を無くし、もはや目の前の成果に目がくらんでいる状態と言える。最終日を待たずとも、ミシティアを滅ぼしたという成果を優先させる可能性は大いにあり得るだろう。その場合、ワタシたちはこの紙ぺら一枚の知識のみで襲撃に立ち向かうことになるだろうね。ワタシが訪問した段階ではまだ早まるとは言っていなかったが、はたして……」
ゴートの顔には、まるで小洒落たジョークを言っているかのような嫌な笑みが浮かんでいた。
他意はないのかもしれないが、真意を掴ませない不敵な笑みに、僕は更に体が強張るのを感じてしまう。
次の瞬間には最悪の事態を想定し、背筋が凍るように冷たくなる。
「むにゃ……ママ、だいじょうぶ?」
「! ウル――ええ、大丈夫です」
隣に座るウルが、眠たそうな目をこすりつつも手を握ってくれた。
イルもウルの隣にいるのだが、彼女は既に夢の中のようである。
大丈夫かと聞かれれば全然大丈夫じゃないが、ウルのおかげで勇気づけられたような気がした。
二人に心ゆくまで祭りを楽しんでもらうためにも、絶対にこの町は守り切らなければならない。
やらなければならないならば、絶対にやり遂げるしかない。
くよくよしている時間なんてどこにもないのだと、握ってくれた手を握り返し、己を奮い立たせる。
「……どちらにせよ、悩んでいる暇はありませんね。僕たちに出来ることはそう多くありません」
「ウム。しかし焦りもまた禁物。一度気分をリセットするためにティータイムは如何かな」
「うっわ、出た~エセ紳士……でもちょっと気になるかも」
「では、僕もお言葉に甘えて」
ゴートがティーカップを片手に持ちかけてきた提案に乗り、僕たちは一息入れることにした。
丁度ウルも眠気に負けそうになっている頃だったので、僕は姉妹を先にベッドへ寝かして置き、その間にゴートとネリスが件の紅茶の準備をする。
といっても、淹れているのはゴートで、ネリスは紅茶の中に一服盛ったりしないかを監視しているだけだ。
イルに掛布団をかぶせ、ウルに寝る前の挨拶を済ませた頃。卓上に僕とネリスの分の紅茶が並んだので、僕も今一度椅子に座りティーカップを手に取る。
ほのかに酸味の入り混じった芳しい匂いに癒されつつ、僕とネリスは一口目を口に注ぎ込む。
祭りで買ってきたカステラをお茶菓子代わりにつまみながら、余裕がなくなりかけていた頭をいやしていく。
そうして早くも十分ほどが経過した――その時。
「ふぅ。そろそろ…………――――」
「そうだ……ね……あれ…………」
次なる一手を打たなければならない。
その最善策を改めて練ろうとした時、急激に意識が遠のいていくような、不思議な感覚に体が襲われた。
そして――――
「――――お休み、よく眠ると良い。ルティア君、ネリス君」
気を失う直前に聞こえてきたのは、そんな紳士の一言だった。




