第64話 邂逅
「ママ! あれ!」
「ふわふわ……くも? おいしそう。ウルもほしい!」
片手にリンゴ飴、もう片手に焼きトウモロコシ。それからベビーカステラが詰められた紙袋に、水飴が入っている女神様を象ったような容器。
両手両腕をいっぱいにしながら、イルとウルはわた飴の屋台に目を光らせる。
せっかくの機会。二人には存分に楽しんでもらいたいと思い、財布のひもは緩めにしてあるのだが……飴ばっかりだな?
「ルティアちゃん、わたしも!」
「はいはい、わた飴三つ……いや、四つですね。そこで待っていてください」
「わーい」
ここは屋台が立ち並ぶ噴水広場。
イルとウルを噴水の土台部分に座らせておき、僕も含めて全員分のわた飴を購入して戻る。
僕たちはこのつかの間のひと時を、最初に思っていたよりも大分楽しんで過ごしていた。
「ん~!」
「ふわふわ あまい!」
大口を開けてかぶりつくイルとウル。
満面の笑みを浮かべてご満悦な二人を見ていると、否が応でも肩の力が落ちてしまうというものだ。
「こうしていると、ただ観光に来ただけって感じがしますね」
「ルティアちゃーん、ホントはその予定だったってこと忘れてない?」
「それはそうですけど、実際は違いますからね。本当に心から楽しむのは、全部終わってからですよ。ちゃんとやるべき事をやって、〝全員揃ってから〟おもいっきり楽しみたいです」
せめて言葉にしておくことで、これはあくまで小休止であることを意識する。
ゴートは羽目を外せと言っていたが、未だ仕事は終わっていない。むしろこれからが本番なのだから、頭には置いておかねば。
全部片付いてから、全員――レイルさんとスフィも揃って、みんなで祭りの最終日を楽しむのだ。
「まじめだね~」
「そんなことないですよ。僕は根っからの面倒臭がりですから」
「……うっそだあ。メチャクチャ働いてるじゃん!」
「面倒臭がりだからこそ、面倒事はとっとと済ませて羽目を外したいんです!」
「うわ~、やっぱりまじめだ」
「えー、そんなことないですよ」
「まじめだよ!」
「そんなことないです!」
「まじめ!」
「違います!」
「まじめ!」
「「ママまじめー」」
「二人まで!?」
僕、真面目かなあ?
やるべきこと以外はほっぽりだして、基本だらけたい人だよ?
そっかあ……真面目なのかなあ?
三対一となるとちょっと自信が……って、何だこのやり取り。
僕が真面目かどうかなんてどうでもいいわ!
「そんなことより、そろそろ宿に戻ることも頭に置いておいてくださいよ。もう八時回ってますから」
「むう。なんか腑に落ちないな~……まあいっか! レイルさん相手じゃないし」
「レイルさんだったら噛みつく気だったんですか!?」
「ふっふっふ。実はまだ根に持っているのだよ、レラに迎えにときの事を~――――っと、そうだ!」
「……?」
ネリスは空いた片手をわきわきと無気味に動かしながら、そこまで本気じゃなさそうな恨み言を口にする。
そしてその途中で何かを思い立ったのか、妙にニヤニヤとした表情で僕に言った。
「イイコト思いついちゃったよ~? ルティアちゃん、全部終わって後は楽しむだけ! ってなったら……むっふっふ。レイルさんをあっと驚かしてやろうじゃないか~!」
「え、ええ……何をするつもりですか?」
「それはお楽しみ!!」
ほ、本当に何をするつもりなのか。
子供らしい無邪気な笑顔がすごく背筋に刺さるというか、不吉な予感がするというか……。
「レイルさん、無事ファルムに帰れるんですかね……」
「そこまでひどいことはしないって! ていうか、それ言うならココ来るのに間に合うかの方が問題でしょ~!」
「それは……大丈夫ですよ。ちゃんと間に合わせるって言ったんですから」
「ム。熱い信頼にわたしは嫉妬しました」
「素直でよろしい。ほら、そろそろ行きますよ」
「くそう! やっぱりまじめ!!」
そこでぶり返すんじゃありません!!
心の片隅でそうツッコんでおきつつ、僕は首を少し上に傾ける。
同じ星空の下で、今も奔走しているであろうレイルさんのことを見るように。
信頼の中に隠れている不安の心を、少しでも和らげようとするように。
「きっと、無事に再会しましょう」と。誰にも聞こえない、小さな声を天に捧げた。
◇
さかのぼること四日前。
船旅を終えたレイルとスフィは、そこから更に一つの山を登っていた。
そして、空が覆い隠されるほど生い茂った樹海を五時間ほど進んでいった先。
満天の星を仰ぎ見ることができる山頂まで登ってくると、同じくして一件の建物が二人の視界に入りこんでくる。
小屋というには小綺麗で、しかし家というには少々みすぼらしい。何故こんな場所に建っているのかすらも不明瞭な、そんな木造建築物の前に立つレイル。
彼は一瞬のためらいを示した後、一息に扉をノックした。
「……入りなさい」
中から聞こえて来た声に、レイルは体を奮わせる。
彼にとって、その声の主は祖母のような存在だった。
幼い頃から彼の母親と声の主はよく顔を合わせており、その関係で色々と相手をしてもらっていたのだ。
感慨深く、目尻が少しばかり緩むのをぐっと抑え込むと、言われた通りにドアノブを回す。
扉の軋む音を聞き届けた先には、腰の曲がった獣人の老婆が立っていた。
「久しぶり、シーナさん」
「おやおや、こりゃあまた珍しいお客が来たもんじゃ。ほれ、奥へ入り。茶を淹れよう」
「……ありがとう」
屋内は外以上に綺麗に手入れが行き届いており、専属の使用人でも雇っているのではないかと思うくらい清潔感にあふれている。
一つ仕切りを越えたワンルームに案内されたレイルとスフィは、用意された丸椅子に腰かけ、出された茶を啜った。
続けてテーブルを挟んだ向かいにシーナが座ると、レイルは力の抜けた目でシーナを見る。
「それにしても、健在のようで安心したよ。もうしばらく会ってなかったから、おっ死んでたらどうしようかと」
「久しぶりに小僧が来たかと思いきや、またいきなり失敬だねぇ。まだ五百年は平気じゃい」
しわくちゃの腕を胸の前で組み、皮だけの頬を膨らませる。
見た目からは考えられないほどキレッキレで若々しい動きを見せるシーナに、レイルは笑いながら肩をすくませた。
「ハハハ。その調子ならまだまだ安泰だ」
「ま、そろそろ魔力量の方は怪しくなってくるじゃろうがのう。それで、今日は何用でこんなとこまで来たのかね。タダ会いに来たってワケでもなかろう」
「ああ、話しが早くて助かるよ」
切り替えが早いシーナに感謝の言葉を述べた後、レイルはフォルタリアへ行くために転移の魔法を頼りに来たことを告白した。
シーナはフォルトとも面識があったため、フォルタリアという言葉を耳にした瞬間に眉をピクリとさせていた。
しかしフォルタリアという名の町に関してはシーナも心当たりがない。
転移の魔法は術者が一度行ったことのある場所でなければ使えないのだが、レイルには何か思い当たる節があるのだと悟ったシーナは、そのまま話を続けることにした。
「なるほどな。しかしそれならお主、わしじゃなくてもよかっただろうに。転移なら、主の母親も使えよう」
「い、色々あってさ。住処からは此処が一番近かったって言うのもある」
「フム……? ちょいと気になるが、まあよかろう」
そっと目をそらし、誤魔化して見せるレイル。
シーナは顎に手を当て、考えるようなそぶりを見せた数秒後。特に詮索する様子もなく、OKサインを出した。
「行先じゃがな、フォルタリアというのは最近付いたものじゃろう? 前の名前を聞かせてくれんか」
「オレも憶測でしかねえんだがな……賢者フォルトが最後に訪れた町―――アリアだ」
「フォルトとアリアを足してフォルタリアとな……安易なネーミングセンスじゃのう」
「オレのせいじゃねえし!」
「ふぁっふぁっふぁ。そうじゃな、表へ出い」
腰に手を置き、高らかに笑って見せるシーナ。
レイルはそんな彼女に再び肩をすくめ、ため息を漏らすと、スフィを連れて指示通りに外へと出ていく。
そしてシーナの肩につかまり、彼女が術式らしきものを口にすると、三人の視界はぐにゃりと歪むように白く染まっていった。
そして――
「ほれ、ついたぞい」
「…………は?」
転移が無事に完了し、目の前に広がっていた光景に……レイルは戸惑いを隠せなかった。
なぜならそこは、彼が指定したフォルタリア候補、アリアの町ではなく――――。
「レ……レイ……君?」
「お袋……!?」
彼が生まれ育ち、幾百年の月日を過ごした実家だったのだから。
ここから後2話ほどレイルサイドのお話になります。




