第63話 密会
クラムと名乗った青年の話によると、僕らがこの町に到着するまでに襲撃準備は粗方完了しており、後は決行日を待つだけの状態になっているとのことだった。
と言っても、襲撃の大部分はゴーレム任せとなるため、それの仕込みを完了させるだけなのだそうだが。
そして潜入している人間の中にゴーレムを操る術士も混じっているのだが、誰が術士なのかはクラムにもわからないとのことだった。
組織内でも誰が何を扱うことができるのかを知る者は少なく、そこに関してはゴートの方が詳しいらしい。
「ゴート様にはこちらに来ている人員の名前をお伝えしますので、ご確認を……」
「うむ」
協力関係とはいえ、部外者である僕たちに他の人員の名を知られたくないのだろう。依頼に支障のない情報は極力漏らさない。これは当たり前のことだ。
しかし見ていて気持ちのいいものではないのも確か。耳打ちでもってゴートに伝えるクラムを見てか、ネリスは眉間にしわを寄せているようだった。
「…………」
「……ネリス?」
不機嫌そうな表情を浮かべたまま、ネリスはじっと向かいに座る二人を見続けている。
形としてはゴートとにらめっこをしているようにしか見えないのだが、少々様子がおかしいというか、妙に力が入っているようにも見える。
耳打ちの内容を聞こうとしているのだろうか? いや、でもそれは流石に……。
「ネリス、あまり凝視するのは……」
「…………ブッ!」
「ネリス!?」
真剣な表情でじっと目と耳を凝らしていたかと思えば、今度は大きく噴き出した彼女を見て、僕も思わず声が大きくなってしまった。
一体何を見たのかと振り返ってみると、そこには優しく微笑みを浮かべているゴートの姿があった。
「……ゴートさん?」
「へんなかおー」
「変な顔? イル、それは……」
「ぶっふ……ずるい! ずるいですよ! あれは!!」
「何を見たんですか!?」
イルが変な顔と言ったことで、ネリスが思い出し笑いをし始める。
ゴートの変顔とか想像もつかないが……イルがそう言うってことは、きっと本当に変な顔だったんだろう。
本当に何を見たんだ!?
「いやっ ぶふふ あの顔 ふっ ムリィひひひひ」
「そこまでご好評とは、ワタシも体を張った甲斐があるね」
「う、ウケてるのはネリスだけのようですが……」
「イル、おもしろかったー?」
「ううん。よくわかんない」
この手の芸は子供の方がウケがいい印象だが、イルとウルには全く効いていないらしい。
まあ、そういう意味だったらネリスも一応当てはまるのか?
というか本当にどんな顔したの!
「さて、話は一区切りついた。我々はこの辺りで出るとしよう」
「ふひひ……ひ……あー、ふー……そう、だね」
「そ! そうですね……そう、急ぎましょう」
「おや? 見たいのかな、ルティア君」
「い、いえ、そんなことは……」
「フフフ。そうだね、芸という物は一度に同じものを何度も見せるものではない。それは紳士的とは言えないからね」
言いたいことは分からないでもないが、もはや紳士という単語を使いたいだけなのではないかとさえも思えてくる。
くそう、気になる。
気になるが……でも言う通りだ。
ゴートが術士について知っているのであれば、おのずと次の道筋も見えてくる。僕らの目的は一応ひと段落したのだから、この場からは退散するべきだろう。
そう、今はオフではないのだ。
僕は緩みかけてしまった気を何とか持ち直すと、クラムに一礼してから喫茶店を後にした。
「さて、これからのことだが……ワタシは少々席を外させていただきたい」
「え?」
「!」
てっきり次の目的地があるのかと思ったところで、ゴートはその言葉を放った。
それも情報を得ていきなりの申し出というだけあって、僕らは少なから疑惑の念を持たずにはいられなかった。
彼がミシティアを守りたいと思っている。それが本心だというのは理解している。
そうでなければ、わざわざ僕に金銭を払ってまで依頼する意味がない。
だがしかし、このタイミングだ。あえて僕らに漏らさないように、耳打ちで情報を得たタイミング。
警戒するなという方が無理があるというものだろう。
そんな僕とネリスを見て、ゴートは一瞬きょとんとしたような顔をして見せる。しかしすぐに自分が言ったことを理解したようで、弁明をしようと口を開いた。
「これは失礼、ワタシとしたことがうっかりしていた。先に理由を説明するべきだったね」
「…………むう」
「そう睨まないでくれたまえよネリス君。ワタシはあくまでも秘密裏に行動を起こしてると言っただろう? 実は、元々ミシティアに関してはワタシは配属される予定が無くてね、あまりうろうろしているとまずい事になりかねない」
「……それなら宿に戻ってればいいんじゃ」
「そうもいかない。何故なら此処に来てしまった以上、潜入中の間者に見つかる可能性がゼロではないからだ。隠れるという行為は、それだけで己にやましいことがあると言っていると同義。それゆえに、真に隠し事を隠し通すのであれば、こちらから出向いて理由をでっちあげてしまった方が何倍も安全なのだよ。無論、これは一人でなければならないことだ」
「……むう」
依然としてあまり認めたくはない様子のネリスだが、それ以上口をはさむことはない。ゴートから目を離したくないという気持ちはわかるが、彼が言っていることも理解はできる。
ゴートが一人で赴くことが、最も自然な形で嘘の理由を作り出せるというのも事実だ。僕らを連れている状態では、場合によっては変な誤解を招く可能性もある。
ほら、僕ら美少女ぞろいだし……ね?
その中に自分が入っていることを認めたくはないが……ね??
「そういう訳なのでね、クラム君からは配属された人員の大まかな位置を教えてもらった。ワタシは彼らの視察も兼ねて挨拶をしてこようと思う。その間、君たちには自由に行動してもらって構わない。宿に戻るのも、祭りを楽しむのも自由だ」
「なるほど……これも、怪しまれないためですか」
あくまで僕らは観光客。
何も知らない一般人であることをアピールするためか。
ミシティアの襲撃を止めに来たと知られないためには、これも重要な役割だろう。
「いかにも。ワタシの方は、夜の九時までには宿に戻ると約束しよう。折角なのだから、少しの間だけでも羽目を外してくれたまえ」
現在時刻は午後五時前。
こうして僕らは、思わぬ形で祭りを見て回る機会を得たのだった。




