第62話 湖畔の都
夢を見た。
何もかもを破壊しつくされる夢だ。
人も、家も、獣も、全てが炎の海に埋もれていく夢。
何もかもを失った、同じ過ちを繰り返した自分を呪い、後悔し、足元に転がる肉片を見つめていた。
真っ赤に埋もれる世界の中で……僕はただ、茫然と立ち尽くしていることしかできなかった。
そして――――。
「――っ!!!」
勢いのままに体を起こすと、そこは灯りでともされた部屋だった。
『地下にある』とは思えない程、白くて清潔感のある部屋。そこに設置されたダブルベッドの側面に腰掛けている。
町について宿を確保したはいいものの、腰掛けた途端に睡魔に負けてしまったらしい。
そう、ここはミシティアの町にある宿屋。
この町は観光客で賑わう分宿の数も多いのだが、景観を崩さずに部屋数を伸ばそうとした結果、こうやって地下に部屋を増設する形になったのだとか。
とはいえ、今回は例年の比ではなく、余裕をもって確保していたという場所も軒並み満室。ここも最後の一部屋だった。
あと一日到着が遅れていたら、きっと野宿をする羽目になっていたことだろう。
「大丈夫かね。相当うなされていたようだが」
「わっ!?」
ほっと安堵の息が漏れそうになったところに、右側から渋い男声が聞こえてくる。
隣にゴートが腰掛けていたようなのだが、全然気が付いてなかったので少しびっくりしてしまった。
「あ……いえ、すみません」
「何、気にすることはない。長旅で疲れていたのだろう。どうだったかな、ワタシの紳士的な膝の上の寝心地は」
「……? っ!?」
え……?
今、なんて?
紳士的な、膝の上の、寝心地????
いや、ちょっとまって。そんなバカな。
でも言われてみれば、なんか枕じゃないものが頭の下に会ったような気がする……。
「冗談だよ、そんなことをしたら彼女に殺されかねない」
「え?……え??」
は? 冗談……今度は何?
頭が追い付いていかない。彼女?
動揺のあまり頭が上手く働いていない中で、僕はゴートが指さした方向を見る。
彼がいる場所とは真逆、左側に首を回りてみると、ニコニコと笑みを浮かべるネリスの姿があった。
「おはよう、ルティアちゃん。本当はわたしの膝なのでした」
「あ……すみません、重くありませんでしたか?」
「む。なんか思ってた反応と違う」
「まあ、ネリスなら……」
「むむむむむ」
さっきと同じように、僕がびっくりして跳ね上がるとでも思っていたのだろう。
でもネリスだと分かった瞬間に、むしろ安心したというか……だってほら、散々一緒にお風呂とかも入ってるし。今更膝枕くらいで驚きませんよ。
それはそれとして、こんな至近距離に二人が座っていたというのに、気が付かなかったのは問題だ。それに、なんだか悪夢を見たような気がする……内容はよく覚えていないが、うなされていたらしいし。
ゴートの言う通り、相当疲れがたまっているのだろう。
前世では世界中を巡っていたため、一週間くらいの旅はなんてことなかった。しかしこういった旅自体が七百年ぶりな上、今は前世よりも体力面で大きく劣る。それが浮き彫りになった結果ということだろう。
出発するまでも忙しかったし、次からはもっと余裕のあるプランを練らなければ。
身をもって学んだ教訓を胸に刻み、今度こそ安堵の息が漏れ出た。
そうして心を落ち着かせた後に、気になったことをネリスに問いかける。
「そういえば、イルとウルはどこに」
「ん」
不機嫌そうなまま、今度はネリスの指が僕の視線を誘導した。
右、左ときて、今度は後ろ。
ネリスが示した通りに背後――ベッドの上に目を向けてみると、仲良く手をつないで眠る狼のお姫様が二人。
そのあどけない表情を見ているだけでも、頬がほころびてしまいそうだ。可愛い。
でもゴートの前では我慢だ。
彼にそんな隙だらけなところを見せるわけにはいかない。寝てた分際で何をいまさらとは思うが、それはそれ。
「あー、はは……では、二人が起きたら行動を開始しましょうか」
「それ今のまままで寝てた人が言う~?」
「……スミマセン」
「まあまあ、いいではないか。無理やり起こすのは紳士的ではない」
「そういうことじゃない!」
寝てしまっていた件をネリスにもぶり返されてぐうの音も出ない中、僕らはそっと、二人がお昼寝から目覚めるのを待っていた。
◇
午後三時頃。
目覚めたイルとウルを連れ、僕らは町へと出てきていた。
町の中央最奥には、湖をバックに添えた台形の建物があり、その上部には祭りの最終日で使う祭壇が存在する。
この町に高い建物が少ないのは、景観を守るのと同時に、町のどこからでも祭壇を見ることができるようにという意図もあった。
そうして姉妹やネリスと共に町の景色を楽しみつつ、件の反対派の人がこの時間にいるであろう場所に案内してもらうことおよそ十分。
人と馬車の往来が激しい通りに出てきた僕たちは、すぐそばに存在する喫茶店に入っていった。
通りに面した一面をガラス張りにされたその店は、祭りで歩き疲れたであろう人でにぎわっている。
パッと見で二十人弱といったところだろうか。全体で見れば半分の席が埋まっているくらいの賑わいではあるものの、最終日は満席が続くのだろう。
僕らはガラス張りに面した一番手前のテーブル席に案内され、言われるがままに腰掛けることとなった。
既にその席には一人先客がいたため、この人が目的の反対派だろう。
見た目は二十代半ばといったところだろうか。
これといった特徴もない、黒髪の男性だ。身体的特徴からして人間だと思われる。
黒髪の男はじっと窓の外を見つめ、隣に腰掛けたゴートへ視線を向けないまま、周りには聞こえない程度の声量で彼に問いかける。
「合言葉を」
「恵みの園」
「……ありがとうございます。失礼しました」
「何故謝るのかね、決めたのはワタシだろう」
「はい。そうなのですが……やはり、無礼な気がして」
「気にすることはないさ。ワタシたちは皆同士、この町を守るために尽力するのみだよ――っと、紹介が遅れたね」
男性とのやり取りの後、ゴートは僕たちを紹介するために、手振りを追加して口を開いた。
「ワタシの向かいにいるのがネリス君。見た目は幼いが、冒険者ギルドを預かるつわものだ」
「幼いは余計だろ~!」
「ギルドマスター!? 大丈夫なんですか?」
ネリスの素性を聞き、男性の表情が一気に険しくなる。
もともと悪い事をやっているのだから、バックにお国の支えがあるギルドマスターとなると無理もないだろう。
「大丈夫――とは言えないがね。今は心配しなくてよろしい」
「……貴方様がそうおっしゃるなら」
「うむ、では次だ。隣にいる小さな獣人が、右からウル、イル。そして一番奥がルティア君だ。今回の依頼は彼女へ向けたものとなっているね」
「そういうことです。よろしくお願いします」
僕が軽く頭を下げると、男性も少し遅れてお辞儀をした。
その後ちらりと、男性は緊張気味のイルとウルのことを一瞥して微笑みかける。
「こちらこそよろしくお願いします。想像していたよりも、ずいぶんと華やか驚いていますよ」
「そ、それはどうも……えっと」
「あ! 失礼しました。私はクラムと申します、早速ですが情報の共有と行きましょうか」




