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第60話 いざ、東の地へ

「18、19……20。はい、確かに受け取りました」

「ウム。少しの間だが、よろしくお願いするよ。ルティア君」


 店にやって来たゴートから約束の金額を受け取り、荷物へしまい込む。


 幸いと言っていいのかは微妙なところだが、フォルタリアの件からはスケジュール変更もなく、出発日を迎えることとなった。

 レイルさんとスフィは三日ほど前に出ているため、今ここにいるのは、僕とゴートを除けばネリスと狼姉妹のみだ。


「では、停留所へ向かいましょうか」

「はて……レイル殿がいないようだが」

「訳あって先に出ているだけですよ。ご心配なく」

「……了解した。すまなかったね」

「いえ。行きましょう」


 互いに素知らぬ顔で話をつけ、僕らは馬車の停留所へ出発した。

 僕の言葉から、おそらくレイルさんがフォルタリアへ向かっていることは知れてしまっただろう。

 まあ、レイルさんがいない時点でバレバレだとは思うが。

 一応ミシティアへ先に行っているともとれるように言ってはみたが、この程度で騙せる相手ではないのは分かっている。それでも包み隠さず言ってしまうよりはましだと、少し見繕ってみたまでだ。


 道中は後ろをネリスとイルに任せ、僕はウルと手を繋ぎつつ、ゴートを隣に置いて歩いた。

 もし後ろから何者かが迫っていたとしたとき、その手の気配には二人の方が敏感だと考えたからだ。

 今のところゴートが裏切るようなそぶりを見せることは無いが、気を抜くことは許されない。

 しかし警戒しすぎても、それはそれでよろしくない。

 気を張ればそれだけ疲れも回ってくるし、ゴートからはひとまずの信用を得るという名目で前金を受け取っている。

 馬車に乗り込んだ後は、最低限の警戒はしつつも、ひとまず形だけでもリラックスしようと試みた。


「ふぅ……」

「やはり、ワタシと共にいるのは落ち着かないかね」

「違うと言うのは、嘘になりますね。現に見張りをさせてもらっていますし……前金を受け取っておいて申し訳ないですが」

「謝ることは無い、ワタシも君の立場であればそうしただろう」


 馬車は二台分を連結させており、前にゴートと僕、後ろにネリス、イル、ウル。それから全員分の荷物という形になっている。

 僕とネリスが順番にゴートの見張りをする手はずだ。


「そういえばルティア君、ひとつ君に訊ねたいことがあるのだが」

「……なんでしょう?」

「個人的な興味なのだがね、君は以前会った時よりも大分『運気』が上がっている。あれから何か大きな変化でもあったのかな」

「!! ――ああ、視えるんでしたね」


 少し驚いたが、ゴートの眼が幸運値を視認できることを思い出して納得した。

 しかし……どう答える?

 幸の盃のことはまず言えないし、そういう体質とか能力とか、そういったことで誤魔化すか?

 いや、難しいか……余計に嘘っぽくなる気しかしない。なんだよ、運が上がる体質って。

 くそう、いい答えが思い浮かばない。

 かくなる上は……!


「僕もよくは分からないのですが、あれから色々と頑張りましたからそのおかげですかね。あはははは」


 秘儀・その場しのぎ。

 ダメだ、誤魔化せる気がしない。


「フム。本来ならば運勢値にそこまで大きな変化が起こることは無いのだが……分からないと言うのであれば、深追いはやめておこう。いずれにせよ、時が満ちれば解ける謎だ」

「ははは……へ? 今なんて――」


 がばっ!!


「「!?」」

「ルティアちゃん!!」


 ゴートが何やら意味深な発言をした直後、後ろの車から慌てた顔のネリスがこちらへやってきた。


「な、何ですか! 緊急事態ですか!?」

「そうなの! 二人が――」

「!!!」


 イルとウルに何かあった。

 ネリスの言葉をその意味と受け取った僕は、言い終わる前に慌てて体を動かしていた。


「ネリス! すみませんがそちらを頼みます!!」

「えっ!? ああいや、いいけど!」


 僕が急に動き出したためか、ネリスは少し驚いたようなそぶりを見せながら返事をした。

 だがその内容を聞いている余裕など今の僕にはなく、一刻も早く二人の元へ駆けつけようと足を動かす。

 イルとウルがいるはずの後方の荷車に飛び乗ると、そこには顔を青くして横たわる姉妹の姿があった。


「イル! ウル! 大丈夫ですか!?」

「ママ……」

「うぅぅ……っぷ」

「一体何が……まさか、敵襲でも」

「の、乗り物酔いだよ」

「……え?」


 背後から聞こえて来た冷静な声に、僕はきょとんとしてしまう。

 振り向いてみると、苦笑いをしているネリスと、眉を顰めるゴートが前の車からこちらをのぞき込んでいた。


「乗り物酔い……?」

「う、うん。ごめん、ちょっとわたしも大げさだったかな? 荷物の中にお薬か何かないかなーって聞こうと思ってたんだけど~……」

「そういうことでしたか……よかった」


 よくはないが、よかった。

 そういうことだったら僕の魔術で何とかすることができる。

 バランス感覚を補助する風属性のサポート魔術が役に立つだろう。

 僕は二人の頭に手をかざすと、魔力を風の属性に変換して手のひらへと集中させる。


「二人とも、安心してください。すぐよくなりますから――〈バランスケイル〉」


 微量の風を用いて、体感覚を調整する魔術だ。

 そこまで難しいものではなく、魔力消費も少ない。いつものように杖を使わなかったのは、あれが魔力の蓄積や、属性バランスを補助するためのものだからだ。


 魔術をかけてからしばらくすると、二人の顔色が良くなってきてホッとする。

 魔力の消費が少ない分、効果時間ももって六、七時間といったところだが、そのたびに更新してあげれば問題ないだろう。短期間に何度も使うと効果が薄れるものもあるが、これはそう言った類のものではないし。


「ネリス。申し訳ありませんが、しばらくそちらをお願いしてもいいですか」

「いいよ~。二人もそっちの方が安心できるだろうしネ」

「ありがとうございます」


 こうして、町をでてからまだ三十分足らず。

 いるとウルの看病をするために、僕とネリスは見張り番を交代した。




 ◇




 見張りを交代したネリスは、ゴートと向かい合って腰掛けると、少しばかり気が抜けたのか安堵の息を漏らした。


「ふう、ひとまず安心安心」

「ああ。二人が無事で何よりだ」


 もともとゴートは、姉妹がルティアと出会う以前に二人を狙っていた身。

 せっかくの〝良素体〟にもしものことがあったら大変だと、彼も心の中ではホッとしている。

 ゴートとネリス。両者の間で安堵の意味は違えど、良かったという感情だけは一致していた。


 しかし、この二人の間に穏やかな空気は長くは続かない。

 ネリスはゴートの目をじっと見つめながら、若干皮肉めいた口調で話し始めた。


「そろそろ本当のことを言ってもいいんだよ~?」


 これにゴートは一瞬目を丸くしたものの、少し首をかしげながらこう返す。


「はて。何のことかな」

「またまた~、わたしの目はごまかせないよ?」


 ぱっと一目みただけでは、親子、もしくは祖父と孫が他愛のない会話をしているだけに見えるだろう。

 楽しい旅路の中の、楽しい楽しい会話の時間。

 ネリスの軽い口調に対して、ゴートも合わせるようにして表情を緩めている。

 またまたと膝をつつかれれば、彼はやれやれと肩をすくめて返した。


「何を勘ぐっているのか知らないがねぇ、ワタシがミシティアを守りたいのは本心だよ? これに偽りなど――ッ」


 そして、その一瞬の油断に隙が生まれる。

 どこからともなく姿を現したネリスの一槍は、ゴートの首筋を微かに突いていた。

 子供との会話を装っていた紳士は、このほんの一瞬の間だけ、相手がギルドマスターであることを忘れていたのだ。


「わたしが聞きたいのはそこじゃない。もっと前――イルちゃんとウルちゃんを狙った理由。何かあるんでしょ」

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