第59話 フラグ
「ルティア。オレはこれから、フォルタリアを探しに行こうと思う」
「レイルさん!?」
「……ダメですと言いたいところですが、理由は聞きましょう」
勘繰りすぎという可能性もなくはないが、これは罠である可能性が高い。
言葉の選び方からしても、レイルさんがフォルトとしての僕と知り合いであることを知っていてのことだろう。
レイルさんをフォルタリアへおびき出して、一体何をするつもりなのか……。
仮にレイルさんがフォルタリアにたどり着いたとして、彼がどのような待遇を受けるのかはわからない。
信仰する神の知人と言っても、その伝わり方がどうであるのかを僕は知らないからだ。
実際は友好関係であっても、文章として残っているのは真逆であることだって十分にありうる話。
とはいえ、レイルさんもこれくらいは理解していると思う。
そのうえで何故、相手の誘いに乗ろうとするのか。
「オレはあの野郎に会う前に、怪しい動きを見せたら交渉の余地なしって言ったよな」
「はい」
「本当だったら、フォルタリアのことを言い出した瞬間に一言入れるつもりだった。そうしなかったのは、このまま蹴ったら入るべき情報が入らなくなるからだ。契約は結んだうえで、売られた喧嘩は買ってやる。勿論、ただで誘いに乗ってやるつもりはねえよ。ちょっくら、イイコトを思いついたしな」
「そのイイコトというのは?」
「……すまん。期日までには、必ずミシティアに着くようにする。どうか行かしちゃくれねえか。この通りだ」
最後の一言と同時に、レイルさんは深く頭を下げた。
これを前にして、ネリスが一瞬体をびくつかせる。彼女にとっては堅物であるレイルさんが、頭を下げてまで懇願するということに驚いたのだろう。
「レイルさん、顔を上げてください」
「…………」
言う通りに顔を上げたレイルさんは、確固たる意志を宿した目で僕を見る。
それは、タダで誘いに乗る気はない。命に代えてでも、必ず成果を出してみせる。そのような意思を強く感じさせる……危険を顧みずに突き進む漢の目だった。
僕はその目に応えるように、しっかりと自身の目を合わせて口を開いた。
「それでは……その目では、行かせるわけにはいきません」
「なっ!?」
「ん~、まあわかる。わかるよ~ルティアちゃん」
「ネリスまで!?」
OKしてくれると踏んでたんだろうか。
レイルさんの驚きようからするとそうなのだと思う。
肝心な部分を伏せておいて、OKもらえるはずが無かろうに。感情論で一人突き進むなんて論外にもほどがある。
死期を早めるだけの愚行だ。
ネリスも同じことを考えていたのだろう。
というか、彼女は冒険者ギルドのマスターだ。きっとその手の目をして、帰らなくなった冒険者を何人見ていてもおかしくない。
ネリスはレイルさんの前に立つと、真剣な表情で彼の目を見上げて言った。
「レイルさん、たかが十数年しか生きてないわたしに言われるのは癪かもしれないけど、言わせてもらうよ。命は――」
「命は大事にしろ、か?」
「!」
先ほどまでの驚愕は何処へ。
レイルさんがネリスに返した言葉は、思わずそう聞きたくなってしまう程に温度差のある言葉だった。
動揺など少しも感じられず、ただただ己を心配する少女へ向けた、心配するなという心が込められた言葉。
「心配するな。伊達に千三百年も生きてねえぜ? まあ、ちっと惰性で生きてた頃はあるが……死んでもいいだなんて、これっぽっちも考えてねえよ。必ず生きて合流する。場所についても、一応当てがあるにはあるんだ」
「レイルさん……」
「僕はその発言を聞いて余計に行かせたくなくなりました」
「なんでだよ!?」
ネリスを説得したとおもいきや、僕からの変わりない返事。そしてまたしても驚いてくれるレイルさん。
シリアスなのかギャグなのか分からなくなってくる温度差の会話だが、もちろん僕は本気だ。
命を顧みない目をした男が、必ず帰ると口にする。
これを死亡フラグと言わずしてなんと言おうか。
「なんでもクソもないです。第一、レイルさん指名の仕事もまだ残ってますよ。途中放棄は許しません」
「鬼店長! いいじゃねえかちょっとくらいー!」
「ちょっともさきっちょもありません! ダメなものはダメです」
ドタキャンはそれだけで店の信用を損なう。
そのうえキャンセルした本人が死にに行こうとしているのだ。見過ごせるものか。
絶対に行かせない。
少なくとも『一人』では絶対に。
「数はそう多くありません。せめて片付けてからにしてください」
「え? それって、いいってことか?」
まるでわがままを聞いてもらえた子供のように、とても分かりやすい反応をみせてくれたレイルさん。
そこまで行きたいのかと突っ込みたくなってくる。
行くこと自体を止めないのは、この分だとどこかで必ずこの死亡フラグを回収してくれそうだからだ。迷信と言われればそれまでではあるが、こんなあからさまなフラグを警戒するなという方が無理がある。いっそ保険をかけてから行かせてしまったほうがいい。僕の精神的に。
「一人で行くことは絶対に許しません。スフィを一緒に連れて行ってください」
「ッッッハアァ!?!?」
全力で嫌だと言いたげな叫びが店内に響き渡る。
叫びの主は言わすもがなスフィであるが、思っていたよりも強烈な拒否反応が返ってきて少し驚いてしまった。
「なんで私が!? 私はあくまであなたのサポートだって言ってるでしょ!? いくら知り合いだからってこんな雑種と一緒にいろですって!? 冗談じゃないわ!」
「また随分な言われようだ……ちょっと凹むぞ」
「うっさいわよ」
久しぶりにスフィの毒舌(というか悪口)が決まり、レイルさんは声のトーンが落ち込んだ。
しかしまあ、こうなることは分かっていた。こうするしかなかったのだ。
僕が一緒に行こうにも、まだギリギリまで依頼が残っているし、イルとウルを置いて行くわけにもいかない。
ネリスに頼もうかとも考えたが、彼女はギルドの仕事が(一応)あるだろうし、それ以前に多大な恩がある分自分からは頼みにくい。
あとは形骸化している僕の監視役の問題だ。レイルさんがいなくなるということは、今のところその役目はネリスに担ってもらうしかない。二人ともいなくなったら面倒なことになりかねないのだ。
以上消去法によってスフィしかいない。
というか、彼女こそが適任と言える。
スフィはサポート魔術に長けている。治癒や不可視化の魔術も使えるため、いざとなれば姿を隠し逃げることも可能だ。
少しでもレイルさんの身の安全を考えるのであればこそ、スフィを付けておきたい。
「そういわないでください。この中だとスフィが一番適任なんですよ。それに、個人的に頼みたいこともあります」
「……なに、それ」
テーブルに立っていたスフィが、僕の言葉を聞くや否や肩に飛び乗ってくる。
そのまま耳打ちをするように、僕は小声である要望をスフィに伝えた。
無事フォルタリアを見つけることができ、そこにあるであろう僕の神殿にたどり着いたとき――ある物を取ってきて欲しいと。
これはレイルさんにも頼めない。
神としての僕に関わることだ。
「っ! あなたまさか」
「皆さんには秘密ですよ」
「ったく、しょうがないわね……わかったわ。引き受けてあげる」
「おお!!」
「ありがとうございます」
まっさきに湧き上がるレイルさんに、ネリスが何か言いたげな顔を見せる……が、今回はそこで押しとどまり、小さくため息をつくに終わった。
「さて、これで何回目のスケジュール調整ですかね……」
「それは……すまねぇ」
「謝らないでくださいよ。こうなるんじゃないかとは、薄々思ってました」
二度あることは三度あるともいうし。
これから先の予定が変わってしまわないようにと祈りながら、ギリギリまでスケジュール表とにらめっこをつづけたのだった。
ネット小説大賞の一次選考が発表されました。
前作『TS.異世界に一つ「持っていかないモノ」は何ですか?』(https://ncode.syosetu.com/n6600eg/)
が無事一次選考突破と相成りましたので、未読の方はこの機にいかがでしょうか!!!
今作の1300年ほど前のお話でありますからして! もしもし!




