第58話 含みのある言葉
「フォルタリア……?」
「わたしは知らない町だ」
「オレも聞いたことねえな――――ん?」
僕にネリス、そらからレイルさんもその町に心当たりはないようだった。
しかし最後……レイルさんは何かに思い至ったのか、眉をピクリとさせる。
同時に、向かい合うソファに腰かけているゴートの口元が少しに釣り合がっているような気がした。はっきりとわからないのは、伸ばしたヒゲに隠れてしまっているせいだ。
「――――!」
そしてレイルさんの反応を見た僕もまた、その名前が何を示しているのかの想像がついた。
フォルタリア――あからさまに僕の名を冠している町だ。
ゴートの反応は、もしかしたらレイルさんと僕の関係性に気が付いているからなのかもしれないとも思ったが……あまり迂闊な反応をしめすと足元をすくわれかねない。
あくまで今の僕はフォルトとは無関係の人間であり、レイルさんが此処にいるのもたまたまなのだ。
それに、僕の正体を知らないネリスもいる。
どう反応しても悪手にしかならないと考えた僕は、あくまで知らないものとして話を進めることにした。
「あの、その町が何か」
「ああ、知らないならそれで構わないのだ。変な質問をして悪かったね。本題に戻させていただこう」
「ッ……はい」
ああ、明らかに不自然だ。
そもそも何故このタイミングでその名を出してきたのかが分からない。
しかしこれ以上踏み込んでいこうとすることもまた、僕が何かを知っていることへの足掛かりとなってしまう。
話を進めるしかない状況に、思わず舌打ちが漏れそうになってしまった。
ああ、くそったれ。
やっぱりこの男、油断も隙も無い。
平静を装うために、ひと呼吸置いてから口を開いた。
「では料金についてですが、前金として二十、完了後に三十の計五十万でいかがでしょうか」
気を取り直し、早速昨日の続きから話を始める。
依頼料金の提示をすると、ゴートは珍しく驚いたような表情をみせた。
「危険度の割に随分とお安いのだね?」
「格安サービスです。昨日のお話を伺った限りでは、そちら側にも余裕が無さそうでしたから。これ以上出していただけるのであれば、こちらとしてはありがたいですが」
「ハッハッハ! これは手痛い。恥ずかしながらその通りだよ、五十で手を打っていただきたい。出発日までに確実に用意しておこう」
「お願いします」
それからは詳しい出発日の決定と、現状分かっている情報の共有を行った。
まずゴートらミシティア襲撃反対派は、表立って作戦に反対しているわけではなく、秘密裏に行動しているとのことだった。
行動を起こすことも可能ではあっただろうが、反対をすることで起こるデメリットを鑑みた結果だろう。
反対派の鎮圧、もしくは内乱は確実に起こるだろう。その結果主導者であろうゴートがどうなるかもわからない。
何より、賛成派の情報が渡ってこなくなるということが一番困るのだ。
で、肝心な情報のほうだが、想定される敵はファルムと同じくゴーレムが多数。ただしミシティアで精製されるゴーレムは、湖に宿る〝加護〟のせいでファルムとは比較にならないほど硬く強いものになるかもしれないとのことらしい。
そして厄介なことに、前回の失敗を踏まえ、防御力や魔術耐性に特化した術式を組んでいるのだとか。
一発の攻撃力は落ちるものの、とにかく硬く崩れにくいものを用意しているとのことだった。
また既に何人かミシティアの町に潜り込み、本部に状況を伝えている者がいるのだそうだ。
ただ、その何人かのうちの二人は反対派であることがわかっており、町に着いた暁にはまずその人との合流をすることになるだろう。
「当日は前回同様、地中からゴーレムを生成する形になる。君たちには、直接術者を討つ形でその場を収めていただきたい。本来はワタシがやるべきではあるのだがね、生憎当日ともなると側近が付いて回るが故、下手な行動は出来んのだ。これもボスの命令でね」
「ボス……」
ゴートもそれなりに良い立場にいるように見えるが、一番上ではないということか。
「おっと、口が滑ってしまったかな。ルティア君たちはあくまで一時的な仲間……あまり情報を漏らすのは紳士的ではない」
「わざとに見えたが?」
「ハッハッハ。……レイル殿は容赦がないな。では、格安サービス分の礼だと思ってくれたまえ」
「チッ……まあいい。出発は一週間後でいいんだな」
「ウム。ギリギリで申し訳ないが、長期の滞在はそれだけリスクも孕むのでね」
「いえ、こちらのスケジュールもありますので、丁度良かったです」
「おっと、そうであったか。それは助かるよ」
一瞬レイルさんとゴートの間に火花が散りかけたが、それ以外の話は円滑に進んでいった。
一週間後、出発日の朝にはまたゴートに来てもらい、この場所で前金の支払い。出発後はミシティアまで一直線に向かい、到着次第宿の確保。
宿に関してはゴートが手引きをしてくれると申し出たのだが、流石に宿を彼の手に任せるのは信用できないと、現地でなんとかすることになった。最終日付近とあってどこも埋まっている可能性が高いが、まあ仕方がないだろう。
宿の確保が済んだら指定の場所で潜入中の反対派と合流。
その時点での情報をもらい、人ごみに紛れて周囲の調査を行う。
その後は作戦会議を経て、決行当日に根元から叩く。
死者を出さず、無事に祭りを終わらせることを目標に掲げ、依頼の最終確認とした。
そして、ゴートが店から去って行った後。
店やギルドの付近にゴートがいないことを確認したレイルさんが、僕に声をかけてきた。
「……ルティア」
「なんでしょう」
「奴が最初に言っていたことなんだが」
「…………はい」
フォルタリア。
間違いなく、僕が関係しているであろう町。
少なくともファルムの近くではないと思うが、何故あのタイミングでゴートは質問をしたのか。
何か意味があるのはほぼ間違いないだろうが、正直嫌な予感しかしない。
「僕も気になってはいます。ですが、そう仕向けているのかもしれません。あまり気にし過ぎるのは」
「オレが前にした話、覚えてるか――〝神殿〟についてだ」
「!」
以前……レイルさんがファルムへ来たばかりの時のことだ。
僕が昔使用していたローブを祭る神殿が、この世界のどこかにある。確かにそんな話をしていた。
ネリスがいるため、僕を祀る神殿とは言わなかったのだろうが……おそらくそのことだろう。
「ルティアちゃん、神殿って?」
「……ゴートたちが崇める神を祀る神殿です。レイルさんは、フォルタリアにその神殿があると言いたいんだと思います」
「なっ……それって!」
「ああ。敵の本拠地がそこにあるかもしれない」
名前から連想される最も単純な答えだ。
そしてきっと、その答えは正しいものなのだろう。
しかしだ、真に考えなければならないのはそこではない。
フォルタリアが僕の信者の本拠地だというのならば、何故ゴートはそんなヒントを与えたのか。
ゴートは意味のないことをするような男じゃない。
あの場違いに思える質問は、間違いなくこの場にいた誰かへ向けたメッセージだ。
そう、フォルタリアという名を聞いて、フォルトと関係があると紐づけることができる人……おそらくは、レイルさんへの。
「ルティア。オレはこれから、フォルタリアを探しに行こうと思う」




