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第52話 休暇計画

 ゴートの訪問から数日。

 今のところ特に怪しい動きなどは無く、いつも通りの平和な日々が続いている。

 今日も午後の依頼訪問を済ませ、夜の目安箱チェックを行っていた。

 入っていた依頼書の数は三枚。

 一枚はレイルさんを指名の力仕事、一枚は僕と狼姉妹を指名……って、また『この人』か。


「人がいないのは分かりますが……はぁ」

「お? また喫茶店か?」

「そうです。そろそろ勘弁してほしいのですが……」

「いいじゃねえか。互いに繁盛してるんだしよ」

「そういう問題じゃないんですよぉ……」


 掲示板への広告を始めてからというものの、何回か同じ場所で同じ内容の仕事を受けたことがある。

 それがこの喫茶店からの依頼。

 町外れでぽつりと営業していたのだが、ただでさえギリギリの営業をしていたところに、件の襲撃事件が起こり客数が激減。

 赤字続きで破綻寸前まで追い込まれていたところに、僕らの広告が目についたのだとか。

 確か最初の依頼時は直接店に足を運んでもらって、僕らを見るや否や「店を手伝ってくれ!!」と泣きついてきたのだ。

 結果的に店の売り上げは全盛期の三倍近くにまでなってしまい、それから定期的にこの依頼が舞い込むようになった。

 なぜかって?

 僕らがメイド服のままで仕事をした結果、「メイド服の聖女様と可愛らしい獣人姉妹がやっている喫茶店がある」と話題になってしまったのだ。

 僕史上、これほどメイド服を着ていて後悔したことは無い。

 それ以来僕らに頼りきりになってしまい、あの喫茶店は『定期的に素晴らしいメイド喫茶に変わる店』として周知されてしまったのだから。


「ま、あの店はいい茶を出してくれる。しばらくすりゃ客も定着するだろ。それよりルティア、ちょっといいか?」

「むぅ……なんでしょう」


 レイルさんの手には、依頼書ではない紙が一枚握られていた。

 僕は社長机から立ち、前のソファに腰かけるレイルさんの隣へ移動する。

 するとレイルさんは、僕に見えるようにと紙を持つ手をこちらに差し出してくる。


 どうやらその紙は、ミシティアという町で開かれる祭りの広告のようだった。


「ミシティア……ああ! あの神祭ですね。僕も昔行ったことがあります……というか、レイルさん一緒に行きませんでした?」

「む。そうだったか? ってかソレいつの話だよ……」

「おおっ? 何々、レイルさん本格的にボケが来てる~?」

「ネリス! お前いつのまに……いや、どうでもいい」

「ちょっと! どーでもいーってどーゆーことさあ!!!」


 本当にいつの間にか居座っていたネリスの煽り文句に、レイルさんは例の如く冷ややかな返事を送る。

 いつもはここで止まるか、更に口喧嘩が発展していくかのどちらかなのだが……今日は後者だったらしい。

 僕は二人を止めるため、睨み合う両者の間に立ちなおした。


「まあまあ二人ともその辺で! それでレイルさん、これがどうかしましたか?」

「ん……いやな、さっき町で配ってたんだ。こんな離れたところで広告ってのも珍しいし、折角だから皆でどうかって話だな。祭り自体はひと月くらいやってるんだけどよ、本番は最終日……今からだと三週間後か。まだそこは埋まってないだろ? 予定合わせられねえかな」

「ふむ……」


 ミシティアで毎年開かれる祭り事。

 確か僕の記憶通りならば、世界中色々な国の人々が集まる。

 一月の間、ミシティアに集う人は祭りを通して交流を行い、縁を結ぶ。

 最終日には縁が縁を呼び、一丸となって世界の平和を祈るという祭りだ。


 祭り自体はかなり盛り上がるので、行ってみる価値は十分にある。

 あるのだが……いくら予定が埋まっていないとはいえ、遊んでいる暇があるのかという問題もあるのだ。

 僕には果たさなければならない使命がある。一刻も早く幸の盃を満杯にして、失った恩寵を取り戻さなければならない。

 まだ三杯目は一割にも達していない。これからまだ六杯分も貯めなければならないのだから、悠長にしている余裕はない。

 世界にばらまかれた僕の恩寵が、この先どれほど持つのかもわからないのだから。


 とはいえ、ただ断るのもレイルさんに悪い。

 彼はミシティアがあるアルベント王国の出身だし、この機会に里帰り休暇を取って貰うのもアリだろう。

 一応僕の監視役という役目があるものの、それはとうの昔に形骸化している。今更留守にしたところでどうということは無い……と思う。此処にはネリスもいるし、平気平気。


 頭の中で考えをまとめて、その線で行こうと口を開こうとした――が。

 どういう訳か、まるで僕の言おうとしていることを遮るかのように、机で丸くなっていたスフィが僕の頭に飛び乗ってくる。

 その重みで開きかけた口が閉じ、舌を噛みそうになってしまった。

 しかし等のスフィは僕の舌などは全く気にせず、頭上から僕の代わり(?)に意見を述べ始める。


「いいんじゃない。最近は忙しいみたいだし、たまには息抜きも必要でしょ」

「ス、スフィ?」

「……アンタ、根詰めた結果がどうなったか。分かってるわよね?」

「ウ゛ッ」


 てしっと猫パンチを繰り出してくるスフィに、痛恨の一撃を喰らう僕。

 必要に迫られなければ無理はしない僕だが、その無理をした後に言われてしまうと返す言葉もない。

 それに、スフィにまで言われてしまっては仕方がない。

 僕が一緒でなければ、流石にイルとウルは連れて行くことができないだろうし……やむなしか。


「わかりました。でもミシティアはそれなりに距離がありますから、移動を考えるともうギリギリですね……明日にでも臨時休業の張り紙を作っておきましょう」

「おう!」

「おまつり!!」

「おまつりいくのー?」

「はい。あそこは美しい町でしたから、二人も楽しみにしててくださいね」

「「わー!!!」」


 目をキラキラとさせて燥ぐ姉妹に、僕も思わず頬が緩んでしまった。

 この分だと、レイルさんだけだなんて言った日には猛反発されたことだろう。

 スフィの言う通りにしておいてよかった……と、なんだか不穏な視線を感じる。


 少し目線を目の前まで戻してみると、赤髪の駄々っ子が僕のスカートのすそを握りしめていた。


「ねーねールティアちゃん。皆にはもちろん、私も含まれてるよね? ねぇ?」

「…………」


 ダメだと言ったら槍で一突きにされそうだ。

 もっとも、既に彼女には多大な恩がある。無下に扱ったりはしない。

 しないが……。


「構いませんが、仕事片付け――」

「すぐ終わらせまーーーーーす!!!!」


 僕が仕事の話を持ち出した途端、ネリスはすさまじい勢いでこの場を後にした。

 うんうん。

 遊ぶのは仕事を片付けてからだ。

 その方が後々面倒な思いをせずに済む。まあ、だからと言って先にまとめてというのもいかがなもんかと思わなくもないのだが。


「全く……賑やかな旅になりそうですね」


 ため息混じりに小さくつぶやいた僕は、机に戻って依頼書ではない別の紙と向き合うことにする。

 まずは直近一週間分のスケジュール表だ。

 これからミシティアに行くまでの三週間を再調整しようと、僕はお茶をすすりながらペンを握った。

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