第47話 男神フォルトと女神イアナ
「な~にやってんですか、あなた」
「いや、何って言われましても……死んだとしか」
「それが何やってんですかって言ってんですけど」
真っ白な空間で交わされる言葉に、僕はデジャヴを感じていた。
木椅子に座り、正座している僕を見下ろすのは、僕をこんな体にして余計なおまけまで与えてくれた、黒髪ロングでメガネな女神。イアナさんである。
あの時と違うのは、僕の体がルティアのままであるということくらいだ。
イアナさんは、本当に何が起きたのか理解できていない僕をしばらくみつめると、小さくため息をついてから口を開いた。
「はぁ。タダでさえ幸運値低いっていうのに、無茶するからそんな目にあうんですよ」
「無茶、ですか?」
「フォルト――いえ、ルティアさん。あなたの最後の記憶は?」
「……目安箱に入っていた封書を取り出して、お店に入るところまでです」
「封蝋印のついた封書でしょう? それ、五日前の出来事ですよ」
「……は?」
イアナさんの口から出て来た信じがたいセリフに、顔の筋肉が引きつった。
「五日分の記憶が飛んだってことですよ。どれだけ無茶をしていたか、これでおわかりになりましたか?」
「記憶が……」
死ぬ間際、無意識に上げた腕が血濡れていたことを思い出す。
五日の内に何があったのか、僕には想像もつかなかった。
イアナさんの言う通り、何かしらの無茶をして、そのけっか死んでしまったのだろう。
でも無茶をしたというのなら、それは何のために?
意味も無くそんなことをするはずがない。僕が必死になる時は、そこになさねばならないことがある時だけだ。
死ぬほどの無茶をしてでも、成し遂げたかったこととは?
幸の盃――は、違う。あれは仕事だ。仕事のために無茶はしない。
なら……
「……イル」
イルの症状を断定して、治してあげるため。
今の僕には、これくらいしか思い浮かばない。
もっとも、死んでしまっては元も子もないのだが。
……そうだ。面倒を見ると言ったのに、先に死んだんだ。
それに、仕事もまだ半分にすら到達していない。
「僕は……無責任ですね」
「本当ですよ。血の繋がりもない娘のために命削って、本当に死ぬだなんて本物のバカ野郎です。バカ」
「……やっぱり僕、バカなんですかね」
スフィと同じ声だからというところもあるかもしれないが、いい加減バカ呼ばわりにも慣れてきてしまった。
実際、そんな理由で死んでしまってはバカと言われても仕方がない。
ぐうの音もでないほどに、自身の罪深さを思い知らされる。
「そうですよ大バカです! 殉職ならともかく、これじゃ最高神様になんて説明したらいいんですか! 私が無能みたいじゃないですか!」
「――――ん?」
「神獣まで派遣しておきながら私情で死ぬなどもっての外! 管理がなっとらん! とかなんとか言われて左遷でもされた日には……」
「いやあの、イアナさん? 何の話を……」
「バーカバーカ! もう二度とフォルトさんって呼びませんから!!」
「それは本当に何の話ですか!?」
あれ?
もしかしてこの女神、自分の立場が危うくなるのが嫌なだけなのでは?
僕のことなんて一切考えておらず、ただただ自己中心的な心理でバカと罵って来たのでは!?
あれ?
僕が悪いことに変わりはないハズなのに、ぐうの音も出なかったハズなのに、無性に言い返したくなってきたぞ?
「……イアナさんの方こそ、こんな体にしてくれたおかげで僕がどれだけ苦労したかわかってるんですか?」
「ぬっ……!」
「どうして僕をこの体で転生させたんですか!? 元の体でよかったじゃないですかー!!」
「それはっ! だってぇ……」
僕が強く問い詰めだした途端、イアナさんは先ほどまでの威勢がウソのように委縮していた。
一気に形勢逆転したかのような状態になったが、ここで気を許したらはぐらかされると確信した僕は、徹底的に問い詰めようと声を強める。
「だっても何もないです! はっきり答えてください。まさか、本当に趣味だなんていいませんよね?」
「……女の子の方が、やりやすいかなって思ったんですよぅ……とびきりの美少女なら、見るだけでも幸福になるっていいますし……お仕事もスムーズにはこびやすいかなって……」
「…………はぁ」
趣味ほどで単純ではないにしろ、もっと複雑な理由があるのではなどと勘繰っていた自分にため息が出た。
そりゃあ、美貌による魅了というものも戦略としてはありかもしれない。
だがデメリットもそれなりにあるのだ。見るだけで幸福――眼福であるというのは、男性ならば性的興奮を呼び起こし、下手をすれば最悪の事態に発展しかねない。
事実、僕はファルムにたどり着いた初っ端でそうなりかけたのだ。
イアナさんだって十分良い外見をしているというのに、そんなことも分からなかったのかと思うと呆れてしまう。
「……それにぃ……」
「? まだ何か理由があるんですか」
「それに……元の姿のままだと、その…………私が、…………きん、ちょ……す……るんで…………バカ!!」
「なっ!?」
「言えるわけないじゃないですか!! 生前から憧れの人だから元の姿だと面と向かって話す自信がなくて全く面影の無い別人にしちゃおうと思ってましただなんて!!」
「え?」
「あっ」
ものすごい早口で全部話してくれたイアナさん。自分が何を口走ったのか理解した瞬間に、そのご尊顔をトマトのように真っ赤に染め上げていた。
そして椅子に座ったまま両膝を抱え、蹲ってしまう。
同時に理解が追いついた僕は、以前スフィが言っていたことを思い出した。
あれはそう、まだ僕がスフィと出会ってすぐの時。
一番最初に説明を聞いていて、神になる前の僕について詳しいのはなぜかと聞いた時だ。
きっとこのことを言おうとしてお茶を濁したのだろう。
あまりこういうことを自分で意識するのは好きではないが、僕は一応歴史書にも名を残している人物だ。
その僕に生前――神になる前から憧れを抱いていたと言うのであれば、生前について詳しいのも納得がいく。
今にして思えば、やたらと僕を着飾ろうとしてくるのも元の姿から遠ざけるため……だったりするのだろうか。
まあ、かなり思うところはあるものの、気持ちはわからなくもない。
だがらといってただで許すわけでもないのだが。
折角だし、少し利用させてもらうとしよう。
「イアナさん。僕をこの姿にした理由はそれで全部ですか」
僕の質問に、イアナさんは小さく頷いた。
「では、ひとつ取引をしましょう」
「……取引ですか?」
「はい。僕を女性にした件に関しては、それでチャラにしてもいいと思っています」
「……聞きましょう」
イアナさんがそっと半べそをかいている顔をあげると、僕は下からのぞき込むようにしてその提案をする。
「僕を生き返らせてください。この際ですから、無駄ないざこざを避けるためにも元の姿に戻せとは言いません。死んでしまった体を蘇らせて、ついでに失った記憶の補填を要求します。勿論、上には内緒でです」
「そんなことでいいんですか……?」
「もっと要求してもいいんですか?」
「いえいえいえいえ!! それでいいです!!! それがいいです!!!」
本当に、転生時の話題を持ち出してからのイアナさんの豹変具合が凄まじい。
以前は中々に親切面をしつつも理不尽な態度だったと思うのだが、この差はなんなのだろうか……。
というか、この人憧れの人にそんな態度取ってたのか。
あれか、一種の照れ隠しか?
イアナさんを上目に見ながらそんなことを考えていると、彼女の手がそっと僕の額の上に添えられた。
「では……まずは、記憶の方から掘り出していきますね。目を閉じて、五日前の……記憶が途切れた直前からやり直す気持ちで、頭の中で再生してみてください」
◇




