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第45話 再発

 掲示板での宣伝を開始してから二週間、ファルムの南東側にある住宅街。


「どうも、ありがとうねぇ」

「こちらこそありがとうございました。また何かお困りでしたら、是非ご相談ください」

「「くださいっ!」」


 依頼主のおばあちゃんから報奨金の入った包みを受け取り、形式的なあいさつを交わす。

 僕の後にイルとウルが声を合わせる光景に、依頼主は幸せそうな笑みを見せて頷いた。


 掲示板の宣伝効果は正直予想をはるかに上回っていて、この二週間は嘘のように忙しい日々が続いている。

 おかげ様で(こう)(さかずき)も二杯目が満杯を迎え、ようやく幸運値がEまで回復した。

 この調子でガンガン上がってくれたらいいのだが……まあ、そううまくは行かないだろう。ここのところは大きな災難も無く、正直そろそろ何か大きな波が来るのではないかと内心ビクビクしている。


 だがしかし、それ(心配)これ(仕事)は別の話。

 娘たちに心配をさせまいと、僕はいつも通り明るく振舞い、次の依頼先へと足を進める。

 先ほどのおばあちゃんの依頼は、平たく言えばゴート襲撃時の後処理だ。ゴート関連となると僕にも少なからず責任があるので、怪しまれない程度に割引して受け負った。


 具体的な内容は、庭に五十センチ前後程の大きさの瓦礫が転がっており、それを処理してほしいという物。

 おばあちゃんは一人暮らしで腰も弱く、庭に転がった瓦礫をどけようにもどけられない状態で困っていたのだ。この程度の作業ならギルドに頼むのも気が引けるし、正式に依頼を出すにもそれなりの額がかかる。

 そんな時に掲示板で僕の店を知り、依頼を申し出てくれた。例えばギルドでは依頼料に十万かかるところを、僕の店では場合によって半額以下で請け負うことができる。こういう時に、僕の店は多少有利に事を進めることができるという訳だ。まあ、報酬の何割かは店を置いているギルドに行くのだが。


「えっと、次は……南門付近の飲食店で配膳の手伝いですね」

「また雑用だなぁおい」

「皿洗いよりは楽しめますよ。ここから十分ほど歩きです。行きましょう」

「「おー」」


 ぽつりと愚痴をこぼすレイルさんの背中を叩き、僕たちは南門の方へ向かった。


 そうして次の依頼も滞りなく済ませて店まで帰ってくると、掲示と合わせて店の前に設置しておいた目安箱の確認をする。

 僕たちが店にいない間に来客があってもいいように、依頼内容を書いて投書できる箱を用意したのだ。

 一日の初めにこれを確かめ、午前中は何も無ければ来客を待ち、午後になったら請け負っている依頼を片付ける。それから帰ってきてまた目安箱を確かめ、後はまた来客待ちだ。

 案外これだけでも回ってくれるもので、既に一週間先までの予定が埋まっている。

 依頼内容に雑用が多く、幸の盃への貢献度が低いのは悩みどころだが……まあ、今は地道に一歩ずつだ。


 この日は帰ってから一人の来客があり、一週間と一日目の予定を一コマ埋めてくれた。


 そうして夜が更けていき、いつものようにイルとウルに囲まれて就寝した――深夜のこと。


「……重」


 下腹部に覚えのある重みを感じて、僕は目を覚ました。

 見るとやはりイルのような人影がそこにあり、僕の体に馬乗りになっている。


「イル? 何かあったのですか?」

「ママ……あついの……」

「え? 熱いって、まさか熱でも――むぐっ!?」


 イルの体調を確かめようとして体を起こした矢先。イルは反対に僕を押し倒し、その勢いのままに僕の唇を奪った。

 イルはそのまま大きく息を吸うようにして僕の口内に吸いついてくる。

 一体何がどうなっているのか理解が追いつかず、引きはがそうにも、イルは僕の腕を巻き込み、かなり強く抱き着いてきているため為す術がない。

 ただひとつわかるのは、イルの体は間違いなく熱を帯びているということだけ。

 ……が、どうしたらいいのかわからずにいた数秒の後。

 イルの唇が僕から離れ、彼女の顔が暗がりながらもはっきりと目に映った。

 頬は真っ赤に染まり、目尻には涙が浮かんでいるのが見て取れた。

 先日と同じように息も荒く、あの時と同じ……もしくは、それが更に悪化した状態なのだということが読み取れる。


「イル、顔真っ赤じゃないですか! 大丈夫ですか!?」

「ふあっ……あ……ママ……ちゅー、して」

「……え? んぐっ」


 まさかの第二ラウンド。

 そしてすさまじい吸引力。

 間違いなく様子がおかしい。おかしいのだが、僕は身動きが取れずどうすることもできない。

 まるで僕の生気まで吸い取られているのではないかと、そう思ってしまう程の吸引キスがこの後も何回か続き、イルは力尽きるように意識を失った。

 僕は倒れて来たイルを受け止めると、すぐに心音と熱を確かめる。

 幸い心臓は動いており、先ほどまで火傷しそうなほど熱かった体も、どういうわけか普通に戻っていた。


「なんなんですか、一体……」


 左脇で寝ているウルには同じような症状はなく、今もすやすやと静かな寝息を立てている。

 双子のウルにはない、イルだけに起きている異常。

 前回の時は、翌朝イルに尋ねてみても覚えていないと言っていた。

 これが何を意味しているのかはわからないが、何か異常事態に陥っていることはまず間違いない。

 朝になったらまた確認を取ってみて、覚えていない様子なら誰かに相談をすることも考えなければ。

 それから僕はイルのことが心配で全く寝付くことができず、気が付けば鳥のさえずりが聞こえてくる時間になっていた。


「ふあああぁぁぁ……あら。どうしたの」


 枕元のスフィが起床し、僕に声をかけてきた。

 いつもは僕と同じか少し遅い起床なのだが、珍しく早起きである。

 意外にも心配している風な言葉をかけてきたのは、僕の顔をみたからだろう。

 目は開き切らないし、なんとなく隈も出ているような気がする。おそらく一目見て寝不足だと分かる顔になっていると思われる。


「…………スフィなら、何かわかりますか?」

「? 何」


 僕は一晩酷使した寝不足の頭をなんとか働かせ、夜中に起こったことをスフィに話した。

 始めは二週間前、その時は息を荒げただけですぐに寝付いたこと。

 しかし昨晩は起きようとした僕を押し倒し、いきなり口づけをしてきたこと。

 僕に抱き着いて離れず、口づけは何度も繰り返してきたことや、イルの体温が異常に高かったことを包み隠さず報告した。

 するとスフィは、いつになく真剣な表情で未だ体を横にしている僕の隣に立ち、その僕の上で眠るイルの顔を覗き込んだ。


「ふーん……そうね、発情期じゃないかしら?」

「    」


 はつ……じょう…………き……?

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