第40話 軌跡
「二人は僕を食べて生まれた。それに間違いはないですね」
「うん」
「でもそれなら食べたのは男だったはずです。何故僕がそうだとわかったんですか?」
「におい、いっしょだった。だから、すぐわかった」
「匂い……魂が同じならその匂いも同じ……ということでしょうか」
「? たましい?」
「ああいえ、これはこちらの話です」
僕のことを判別できた理由はそういうことか。
でも開口一番でママとは……いや、そこは置いておこう。
僕が分かったのはいい。不可解なのはもっと別のところにある。
この二人はここにきて僕を見るや否や、「やっと見つけた」と言った。つまり僕に会いに来た、僕を探していたということだ。
ではどうやって僕の転生を知った?
何故僕を探していた?
そもそも僕を食べたからといって、魔物が人化するなど有り得ることなのか?
二人がウソをついているとは思えないが、この辺りは明らかにしておかねばならない。
次の質問をしようと僕が口を開く……とほぼ同時に、ウルが僕の目を見ながら話し始めた。
「ウルとイルはね、ママに、ありがとうと、ごめんなさいをいいたくて、ずっとさがしてたの」
「え? 僕に、ですか?」
「「うん」」
それからイルとウルの二人は、自分たちが今の姿になるまで、そして僕の元に至るまでの経緯を説明してくれた。
イルとウルは元々体内に魔素を宿して生まれてきた、狼の魔獣だった。親は生まれた時に死んでしまい、ここから遥か西にあるという森で二人きりで暮らしていたのだという。
ところが今から約七か月前、森の中で狩りをして食料を確保していた二人は、森の中の動物を狩りつくしてしまい、飢餓状態に陥った。
その時に体内に宿していた魔素が暴走を起こし、二人の体を異形の魔物へと作り替えたのだ。
そして……『不運にも』そんなところに降り立ってしまったのがこの僕。
魔物となった直後のイルとウルに、僕は見事に美味しくいただかれてしまったのだと。
正直、これを聞いた時は当時を思い出してしまい、まるで古傷に響いたかのように四肢に痛みが走った。もげそうだった。
で……実際に四肢をもぎ、むしゃむしゃと空腹を満たした二人はそのまま気を失ってしまい、気が付けば今の姿になっていたのだとか。
それから狼の獣人の姿となった二人は、もう森で生きていくことはできないと、人里に行ってみることを決意した。しかし人里はおろか、森の外を知らないイルとウルは、言うまでもなく人の生活というものを知らない。
素っ裸で近場の町を訪れた二人は、町に入る前に兵士に連行されていった。
しかも運悪くその町の兵士は素行が悪かったらしく、詰所に連れていかれた二人が一番最初に人里で受けたものは、辱めという最悪のものだった。
訳も分からず手足を拘束され、無気味な笑みを浮かべた男たちがせり寄ってくる光景は、二人にとっては恐怖そのものだったことだろう。
そして……一線を越えてしまう直前、イルとウルは二度目の暴走を引き起こした。
狼の魔物の姿となったふたりは破壊の限りを尽くし、その町を滅ぼしてしまったのだ。
気が付いた時には人の姿に戻っていたものの、辺りは瓦礫と血の匂いで溢れ、あったはずの町が見るも無残な姿になり果てていたのだとか。
この時に見た遺体たちから服という物を知り、今着ているワンピースを見繕ったようだ。
それからは間違いを犯さないように慎重に行動し、人の生活を見て学んでいたらしい。信じられないことだが、言葉もその過程で覚えていったのだとか。
驚異的な学習能力をもって観察と学習を続けていたイルとウル。
そうして三カ月をかけてある程度言葉を話せるようになってきたとき、またもや二人はある異変を察知することとなる。
これが僕の転生だ。
明確にどこにいるかわかったわけではないようだが、二人は確かに感じ取ったのだという。
この時から更に四カ月。
イルとウルは自分たちの鼻だけを頼りに、ついに僕の元へたどり着いた。
二人の主観としての情報はこれで全部。
どうして人獣になったのかとか、何故僕の転生が分かったのかという部分については結局分からず終いだった。
後者について言えば、もしかしたら僕を食べたことによって僕の恩寵がかすかに宿り、それに共鳴したのではないかなどとは考えられるが、聞いてもわかるものではないだろう。
「それで……ね」
「……なんでしょう」
「さっき、いったでしょう? ママに、ありがとうと、ごめんなさいをいいたいって」
「ママのおかげで、いきのこれた」
「それだけじゃないの。ママのおかげで、ウルとイルは『じが』をたもっていられる」
「……自我、ですか」
「「うん」」
「でも、たべちゃって、ごめんなさい」
ごめんなさいというウルの言葉の後、二人は同時に頭をさげた。
どうやら二人は、本当に感謝と謝罪をするためだけに僕を探していたらしい。
命と自我――異形の魔物に堕ちそうになっていた心を救ってくれてありがとう。
そして食べてしまって――殺してしまってごめんなさい。と。
ただそれだけのために、これを僕に直接言うためだけに、この姉妹は四カ月も彷徨い続けていたのだ。
「そういうことだったんですね」
僕は少し前に乗り出すと、姉妹のボサボサになった頭をなでながら口を開く。
「よく頑張りましたね。イル、ウル。僕はあなたたちに敬意を表します」
「ママ……」
「けーい、って、なに?」
「二人は偉いってことです。さあ、頭を上げてください」
「「……うん」」
僕が手を引くと同時に、二人は下げていた頭をあげ、再びその視線を僕に向ける。
その表情にはまだ戸惑いの色が見えるものの、まだ最後に聞いておかねばならないことがあるので、僕はそちらに話を持っていくことにした。
「二人とも。最後これだけ聞かせてください」
「「なあに?」」
「魔物の姿には、自分の意思でなれるんでしょうか。また暴走をしてしまう可能性はあるのでしょうか」
町を滅ぼしてしまったという話から、イルもウルも魔物の姿になれることは判明している。
ではそれは任意で行うことができるのか、また暴走する可能性はあるのか。
ここがどうなってくるかによって、僕が二人に対してどう接したらいいのかがまた変わってくる。
イルとウルは、二人で顔を合わせ、少し悩むようなしぐさを見せた。
それからおよそ十秒ほどで、イルがハッキリとその答えをだす。
「なれる」
「うん。ぼうそうは、こわいことがなければ、たぶん……だいじょうぶ」
「ふむふむ……ありがとうございます」
任意の変化は可能、そして暴走も万が一のことがない限りはないと考えられる。
つまり万が一のことがあれば暴走する可能性があるということでもある。
彼女らは僕に感謝と謝罪を述べに来たと言っていたが、このままさようならというわけにはもちろんいかない。
二人がこうなった原因の一旦は間違いなく僕にある。
となれば、二人が間違った道へ行ってしまわないように導くのは、僕の役目といってもいい。
つまり……この姉妹は、しばらくの間僕が面倒を見るということだ。
野放しにできない以上、こうするほかないというのもある。
僕は二人に「少し待っていてください」と残すと、外で待っているレイルさんとネリスを呼び出し、事の経緯をかいつまんで説明した。
僕が食べられたことに関しては、即興だが話をすり替えておいた。僕がファルムに来る前に訪れた森で襲われ、魔力の杖を食べたらこうなったみたいな感じに。
少し無理があるかもしれないが、これなら僕の力を取り込んだという解釈になるし、その場しのぎにはなるんじゃないか……と。
「……マジか」
「あり得るのかな~って、思いたくなっちゃうけど~……本当の本当に?」
「みたいですね」
「私もずっと聞いてたけど、本当だと思うわ。この子たちの中には確かに魔素を感じる。魔力の質も魔物のそれと同じものね」
「スフィちゃんが言うならそうなんだね!」
「何ですかその謎の信頼感。いいですけど」
スフィもうまいこと話を合わせてくれて安心したが、本当に謎である。
「それでなんですが、この二人……イルとウルは、僕が面倒をみようと思っています」
「「!!」」
「……は!?あんた何言ってるの!?」
「正気か!?」
「うん。私はいいと思う」
「なっ!?」
レイルさんをスフィが反対といった反応を示す中、ネリスは二つ返事でOKだと言ってくれた。
どういうことだと迫ろうとするレイルさんだが、ネリスは彼に「まあまあ」とソファに座るように誘導し、OKを出した理由を口にした。
「出生がどうこう以前に、魔物だと分かった以上は放っておくわけにもいかない。わずかでも暴走する可能性を孕んでいるのなら、しっかり管理できる場所に置いておいた方がいいと思うんだ。もちろんそれでもリスクを伴うことに変わりはないけど、野放しにしてしまうのはもっと危険だよ。どこか別の街で暴走でも起こした日には、それこそ惨劇が繰り返される。そんなことになるくらいなら、しっかり『人として』面倒を見てあげたほうがまだ安全ってわけ」
「はい。そういうことです」
僕と同意見。
流石にこれを聞いた後はレイルさんも反対しようとはせず、ある程度納得はしてくれたようだった。
そしてネリスの言葉を聞いた姉妹が僕のもとへ駆け寄って来ると、目をキラキラと輝かせて僕に問いかけてくる。
「イル、ママといていいの!?」
「いっしょに、いっしょにすめるの!?」
年相応の無邪気な少女にしか見えない、本当に愛らしい笑顔。
僕もこれに微笑みながら頷くと、二人はさらに嬉しそうな顔をして僕に抱き着いてきた。
これを見て、あまり気が乗らない様子のスフィが吐息をこぼす。
「はぁ……どうなってもしらないわよ」
「その時はその時です。二人がこうなったのは僕にも原因がありますから。責任はとらないといけません」
「まったく……」
スフィのことだ、本当に反対しているならもっとはっきりというだろう。
納得はしているものの素直に認めたくはない。いつものヤツである。
ということは、ひとまずは満場一致だろう。
ネリスがここぞとばかりに両手を鳴らすと、声高らかにこう告げた。
「さあそういうことなら話は決まりだ! 次にやることはわかるね!?」
「「??」」
「決まってるって、何がですか?」
「おいおいルティアちゃ~ん、こんな可愛い子二人をこんな煤まみれにしておくわけにいかないだろ~!」
「レッツ! 裸の付き合いDA!!」




