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第35話 前を向いて

 住民たちが盛り上がっている間に、僕は市庁から逃げるようにギルドの方へと足を運んだ。

 凍結した地面は非常に滑りやすく(実際何回か転んだ)、途中からは杖を再生成して、これを頼りに歩みを進める。その間も、ずっとスフィが僕に言ったこと……本当に僕のせいだと思うのかという言葉の意味を探していた。

 そして、時刻も2:30に到達したころ。


「ルティアちゃん!」

「ルティア!!」


「……二人とも――おわっ!?」


 帰って来るや否や、ネリスが僕に勢いよく抱き着いて来る。

 杖を突いて辛うじて立っていた僕はバランスを崩し、そのまま押し倒されてしまった。その際手放してしまったスフィが宙を舞い、レイルさんの手の中にすっぽり収まる。


「げっ」

「なんだスフィ。オレの手は嫌か」

「変なところ触るんじゃないわよ」

「?」


 自分より格下の存在に触られるのが気に入らないのだろう。

 それでも受け止めてもらったことに文句は言わないあたりは、分をわきまえているというか、素直じゃないというか。

 ……分をわきまえている、か。


「……ネリス、僕は」

「よ゛か゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「え!? うぇぇネリス!?」


 僕の頬を、ネリスが血濡れた両手でもってがっしりと掴みにかかってくる。

 しかも号泣しながら。


「さっきは一体どこ行ってたのさぁ! 何かあったらどうしようってぇ、ずっと心配してたんだからああ!!」

「それは、その……すみま、せん。皆に、迷惑かけると思ったら……この場にいるのが、どうしても辛くなってしまって……その……僕はもう、この町には……」

「バカ!!!」

「うぇ!? ネリスまで!?」

「バカバカバカバカバカ!! ルティアちゃんのわからずや!!!」


 よもやこの二時間のうちにこう何度もバカと言われると、僕は本当にバカなんじゃないかという気がしてくる。

 ネリスは涙する目にぐっと力を入れ、切に訴えかけるように再度口を開く。


「ルティアちゃんは悪くない!! 前にもそう言ったでしょ!? 仮にルティアちゃんが本当に今日の引き金だったとして、あなたを引き入れたのはわたし! 真に責任があるのはわたしなの!!!」

「……どのみち、僕はここには居られません。また今回のようなことがあったら、僕は」

「ハァ……もう、あんた。バカなうえに意外と頑固頭なのね」


 スフィが呆れたような声で、僕のことを罵った。

 彼女が話し出したことに気を使ってか、レイルさんが僕の前にスフィの体を降ろす。


「本当に今回の事件を自分が招いたと思ってるようだけど、それはちょっとだけ違うわよ」


 そこまで言い終わると、スフィは市庁がある方向へと顔を見上げさせ、にらみつけるように眉間にしわを寄せる。

 先の呆れ声と違い、今度はかなり真剣な声色と表情だった。


「さっき町を凍らせたとき、かすかに声が聞こえたわ。あのゴートとかいう奴の声がね」

「!!」

「そうだ! ヤツはどこに!?」

「そういえば見てない……必死だったから忘れてた!」


 ネリスが飛び上がり、レイルさんも首をきょろきょろとさせ、本命であるゴートを確認していないことに焦りを見せる。

 僕自身も自分のことで精いっぱいで、町についてからはすっかり忘れてしまっていた。


「もういないわよ。だからこの氷ももう解いても大丈夫だと思うわ」

「え……は、はい」


 敵は地中から現れるということなので氷は解かないでいたのだが、そういうことならと〈大凍結(ツンドラ)〉の魔術を解く。

 周囲が元の街並みに戻ると同時に、表面を覆っていた氷が光となって霧散した。

 ひとまず今は安心……ということなのだろうが、そうもいかない。

 が、僕のせいではないと言ったスフィが、また無視のできないことを口にする。


「ヤツと……たぶん、近くに仲間がいたんじゃないかしら。やつらは言ってた。この町が今一番栄えてるから襲ったって。たぶん……ここが一番、フォルト神の加護……恩寵を賜っているから」

「「!!!」」

「二人とも?」


 フォルト神という単語を聞いて、反応せずにはいられなかった。

 ネリスは僕のことを知らないから僕たちの反応に疑問を抱いていたが、レイルさんは僕よりも更に衝撃的だったのか、追究しようとスフィの前で膝をつく。


「お、おい……そりゃ一体」

「気持ちはわかるけどそっちの話は後。とにかく、『ルティアとしての、今のあなた』に罪はない。いい? ここは襲われるべくして襲われたってことなの。それはしっかり理解しておきなさい」

「…………」


 レイルさんの追究むなしく、スフィはあくまで僕に罪がないということを強調する。

 僕の恩寵のせいだっていうならなおさら僕のせいだと思うのだが、それでもスフィは断固として僕が悪いとは言わなかった。

 レイルさんはレイルさんで、詳しく聞き出せなかったことに不満を覚えたようだが、過去の僕を知らないネリスが隣にいることを思い出して納得する。

 するとレイルさんは僕の肩を持ち、僕の顔を見て話を始めた。


「ルティア、オレからも言わせてもらう」

「レイル……さん」

「お前が責任を感じるのはわかる。全部はわかりきれんかもしれないが、少しはわかってやれるつもりだ。お前は今まで、人の死と言うものを、真に理解はしていなかったんだろう。……だがな、あまり考えすぎるな。遅かれ早かれ人は死ぬ。オレだって、いつかはそうなる。慣れろとは言わん、考えるなとも言わん。だがそればかりに囚われてたら、本来の道を見失ってしまう。だからな、ルティア……しっかり、前を見て歩け」

「前を……」

「ああそうだ。前を見て、自分がどうあるべきか、どうありたいかをいつでも見失わないようにしろ。それさえ忘れなければ、後はどうにでもなる」

「僕が……どうあるべきか……」

「ただ一発殴らせろ」

「え?」


 反応をする暇もなく、僕の左頬をレイルさんの拳が容赦なく襲い掛かってきた。

 殴られた勢いで姿勢が崩れて四つん這いになるも、僕はただただ頬を摩ることしかできない。

 良いこと言ってる風な雰囲気だったのに、突然の暴力行為に頭が真っ白になってしまった。


「気が付かなかったオレも悪かったけどな、辛いの隠して、何も言わずに逃げたのはお前が悪い! 今のはその分だ。辛いなら辛いで、ちゃんとオレらを頼ってくれ! お前の幸運値がマイナスだろうが何だろうが、災厄を招こうがそんなことは覚悟の上だ!! 迷惑が掛かる? んなこたあ考えるだけ無駄だぞ。人は生きてりゃ迷惑かけるもんだ。さっきも言ったがな、あんまり深く考えすぎるな……お前は、人を幸せにするために生まれ変わったんだろ?」


 真っ白になった頭の中に、レイルさんの言葉だけがどんどんと詰め込まれていく。

 年長者である彼の言葉だからなのか何なのか、その一言一言は、どれもが大きな熱を持って焼き付いてきた。


 僕の中に渦巻いていた大きな矛盾――人を幸せにしなければいけないのに、僕の存在が不幸を呼びよせる。

 その悩みを一瞬で打ち砕いていくような、強い力を持った言葉だった。


 僕は一人じゃない。例え不幸を招き寄せようとも、それを共に克服して、幸福に変えてくれる仲間がいる。

 僕が道を外れそうなら、正してくれる人がいる。

 それはまるで、僕の存在意義を全肯定してくれているようで……僕はここに居てもいいんだと、そういってくれているようで――。


「……お前は、ここに居ていいんだ」

「っ……!!」


 その言葉が耳に入った時、僕の眼からは涙が止まらなくなっていた。

 敵からの言葉でも、身勝手で独りよがりな言葉でもなく、真に僕と向き合って、共についてきてくれると言ってくれたその言葉に、言葉では言い表せない何かがあった。……一応念のため、恋愛感情的なものではないことは付け加えておく。


 それから、ひとしきり泣いた後の事はあまりよく覚えていない。

 おそらくは、安心してそのまま眠ってしまったのだと思う。



 こうして、ゴートと彼が所属する組織による、ファルム襲撃事件は幕を閉じた。


 多くの犠牲を出した。

 ファルムの総人口を正確に把握しているわけではないが、少なくとも数千人規模の死傷者が出たと思う。

 襲撃時に冒険者ギルドにいたのは、ネリスやレイルさんも含めて十数名。

 その全員が戦って、生き残ったのは二人だけだ。

 町の方も、三割が全焼。全体の被害は六割強にも及ぶ結果となった。


 僕が逃げ出さなければ、救えたかもしれない命がたくさんあった。

 愛する人を亡くした人、そして住む場所を無くした人がたくさんいる。

 ……それでも僕は、この悲しい事件を越えていかねばならない。

 犠牲となった人たちの死を無駄にしないためにも、前を見て、こんどこそ道を踏み外さないように。

 僕があるべき、本来の姿に戻るために。


 幸の盃を八度満たし、神としての力を取り戻す。

 僕はすべての不幸を乗り越えて、必ずこれを成し遂げて見せる。

 二度とこの過ちを繰り返すまいと、流した涙に誓ったのだった。

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