第34話 氷原都市
AM1:32 ファルム市庁付近
森からほとんど走りっぱなしで、正直もう体力的には限界が近かった。
道中でドラゴンを見かけたら都度〈水の刃〉で対処をしつつ、息を大きく荒げながらようやく市庁の近くまで走ってくる。
するとそこには、北門と同じようにドラゴンの群れが市庁へ向けて押し寄せているようだった。
「ッ……面倒な」
「気を付けなさい。奥には避難民がいるわよ」
「わかってます」
群れの奥の方からかすかに声が聞こえてくる。
町の外への避難は、流石に一時間じゃすまなかったらしい。
何はともあれ、僕がやることは変わらない。
本当はもう少し市庁に近づきたかったが、やむなしだ。
この場所から、この町全体を凍らせる……が、その前に。
「〈炎雷〉&〈爆炎弾〉!」
杖を頭上に掲げ、時間差で二発の魔術を空高くに放った。
〈爆炎弾〉を少し威力強めに撃ったことで、先に撃った〈炎雷〉に追いつき、接触した瞬間に上空で爆発が起こる。
これはドラゴンを出来る限り僕の元に引き寄せるための物。奥にいる住民たちにも、何かがいるくらいの合図にはなる。かえって恐怖を煽るかもしれないが、今はそれでいい。
空に飛んでいる数体の個体はこれで僕の存在に気が付き、一目散に地上に向けて飛んでくる。
前に群がっているドラゴンたちは住民に夢中で気が付かない様子だったため、正面の一体に向かって再度〈炎雷〉を放ち、こちらに引き付ける。
一体でも僕に向けば、あとは芋づる式だ。
ドラゴンたちは驚異の排除を優先しようと僕の元へ群がるように寄って来た。
この際、市庁の方がどのようになっているのかが垣間見える。
避難住民たちを守り、ドラゴンたちを抑えていた衛兵の姿を複数確認することができた。
彼らは今目の前で起こったことが理解できていないのか、自分たちの元から離れていくドラゴンに戸惑い、騒めいている様子。
「さて……ざっと見て二十ってところでしょうか」
五メートルほどもあるドラゴンが二十体。
普通なら絶望していて当然の数だ。それをよく今まで抑えていてくれた。
一個体はそこまで強くないが、巨大な敵が大量に押し寄せてくるのは本当に死を覚悟する思いだっただろう。
「それもこれも僕の責任……ですか」
「ブツブツ言ってないで! もう来るわよ!!」
「ッ……はい! スフィ、お願いします」
「もう、しょうがないわね――〈魔力路接続〉!」
スフィが魔術を発動させると、僕の頭の一部、彼女の足が触れている部分に緑色の光が現れた。
これで僕がスフィの分の魔力を行使することが可能になる……のだが、なんだか少しばかりおかしい気がする。
繋ぎすぎているというか、指一本ずつを合わせればいいところを、五本ずつ合わせてしまっているような……なんだか接続している経路がものすごく広いような。
だがそんなことを気にしている暇はない。
既にドラゴンの群れは目前に迫っている。
僕は杖を目の前の地面に突き立て、今できる最大限の魔力を籠める。
「全部まとめて凍らせます!!」
「やっちゃいなさい!」
飛んでくるドラゴンもまとめて全部。
極限まで範囲を広げ、此処に住む人以外のすべてを凍らせる。
突き立てた杖を起点に、大爆発を起こすイメージで。
溜め込んだ魔力を一気に魔術へと変換していく。
「――〈大凍結・限界突破〉!!!」
一瞬、眩暈と共に気が遠くなる。
それから少し遅れて手足に鋭い痛みを感じ、一気に意識を引き戻された。
「ハァ……ハァ……痛ッ……」
限界を越える魔力で魔術を行使した副作用だろう。
自分の手を見てみると、ところどころが凍り付いており、自覚は無かったがガクガクと震えている。
やはり、町全体を凍らせるというのは少々無理があったようだ。
でも……
「ハァ……何とか、成功は……しましたか……」
空に煙は見えない。
炎の光も消え、ドラゴンが飛んでいる様子もない。
この場にあるのは、一面の銀世界と満天の星のみ。
少なくとも目視できる限りでは、消火は成功しているようだった。
僕の手から杖が消滅し、同時に周りの氷たち――ドラゴンだったそれが砕け散った。
それを目で確認すると、安心と疲れからか膝の力が抜ける。
すると僕が膝をつくと同時に、スフィが頭の上から前にずれ落ちてしまった。
咄嗟に両手を前にだして支えるが、スフィは力なく横たわり、息も絶え絶えになってしまっていた。
「スフィ!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫……ったく、吸いすぎよ……バーカ」
「すみません……そこまでするつもりではなかったのですが……」
スフィの様子を見る限り、生存ラインぎりぎりまで魔力を吸いつくしてしまっているようだった。
魔力とは、己のうちにある精神的な力の源。
精神力と生命力は密接につながっており、魔力を一気に使いすぎれば命にもかかわる。
町一つを氷漬けにするのだから、ある程度過剰な魔力消費も覚悟はしていた。
だがスフィに対して、僕の方はまだ幾分か余裕があるように感じる。これはおかしなことだ。
本来なら〈魔力路接続〉で繋がれた場合、僕の方が魔力消費は大きくなる。足りない分をスフィから援助してもらう形になるのだから、そうならなければおかしい。
だが実感として、僕も魔力を使い切った感覚はあった。となるとおそらく、今僕が立っていられるのは、スフィから過剰に魔力を吸い上げてしまい、残った魔力が僕の中に残留している状態だ。先ほど感じた違和感……余分に魔力路を繋ぎすぎてしまったために起こったことだろう。
そう仮定したのであれば、思い当たる節が一つだけある。
「僕の……支援過剰体質ってやつでしょうか」
「あぁ……そういえば、あったわね……なんて、面倒な体質なのかしら」
「……ええ、全くです」
支援魔術全般が、僕は過剰に効きすぎてしまうということらしい。
ああ、本当に面倒くさい。
「お嬢ちゃん、これはまさか、君が……?」
幸運値と言いこれといい、自分の体質に辟易していたところに、市庁の方から一人の衛兵が歩み寄ってくる。
「衛兵、さん……皆さん、無事ですか……?」
「ああ! 君のおかげだ! あのままではいずれ抑えきれなくなっていただろう。地中から際限なく現れてくる奴らも、こうなってしまえば容易には出てこれまい!」
「いや、それは――」
僕のおかげだという衛兵の言葉を、それは違うと否定しようとする。
この災厄を引き寄せたのは僕なのだから、褒められるようなことではないと。
しかし衛兵や住民たちはそんなことを知る由もなく、彼の言葉に続いて僕に視線を送り、生き残ったことへの喜びを口にし始める。
「あの娘が助けてくれたのか!?」
「メイド?」
「なんでもいいだろう!! 町を救った英雄だ!」
「でも、俺らの家は……」
「命あっての物種だ!! 生きてりゃ立て直せんだろうよ!」
「助かった! 助かったんだわ!!」
「生きてる……オレ、生きてるよ……!!」
湧き上がる住民たち。
町中が燃え、住処を失った人も大勢いるというのに、誰一人として僕を責め立てるような言葉は発しなかった。
……亡くなった人だっているというのに。
僕のせいでこんなことになったのに、皆は僕に感謝の言葉を送ってくる。
せめて逃げ出していなければ、もっと被害は抑えられたはずなのに。
何も知らない住民たちは、ただただ僕に感謝を送る。
その言葉の一つ一つが、僕の心を締め付ける。
情けなくて、悔しくて、自責の涙が頬を伝っていく。
「…………」
「みっともない顔」
「僕のせいで、みなさんこんなことになったんですよ。亡くなった人だって、きっと大勢……」
「本当に、そう思う?」
「え?」
スフィが何を言っているのか、今の僕には理解できなかった。
僕のせいで大勢の人に迷惑をかけた。それだけは間違いないはずなのに。
スフィの声に確かな温かさがあったのが、なぜだかわからなかった。
「とりあえず……今は、帰ったら? それから、考えなさい。私……動けないから……連れてって、頂戴」
「…………はい」
◇
「フム。これは興味深い。ルティア君の運気が上がっている。それにこの大魔術……ますますワタシ達に必要な人材だ」
凍り付いたファルム市庁の屋上。そこには、怪しげな人影が二つ潜んでいた。
この町の襲撃を決行した組織の一員。ゴートと、もう一人は部下の青年だ。
ゴートはせっかくの計画をルティアに阻止されたにも関わらず、これ以上にないほどに上機嫌な様子。そのにやけた表情は、紳士さの欠片もないほどに凶悪だった。
「ゴート様、よろしいのですか。この町は今世界で最も栄えていた都市……ここを放棄なさるのは」
「平気だよ。それ以上に収穫はあった。しばらくは彼女の動向を追うとしよう」
「……ゴート様がそうおっしゃるのであれば、仰せの通りに」
すぐ隣に立っている青年は、上司であるゴートの選択に少なからず戸惑いを覚えていながらも、合意の意を示して見せる。
ゴートの選択は正しいものだと、そう信じているからだ。
ゴートは青年の言葉にニコリと微笑んで返すと、紳士的なシルクハットを深くかぶり、綺麗な回れ右で方向転換をする。
そして……青年にだけ聞こえる声で小さく『その言葉』を述べ、足を踏み出した。
「すべては我らが神――フォルト様復活のために」




