第32話 身勝手な男
「なんであなたがここに……」
「クソ! 最悪だ!! まさかもう追手が――」
「追手……?」
僕のことを見つけるや否や、フォルトは焦ったような表情を見せ、数歩後ずさる。
追手ということは、何かから逃げているのだろう。
犯罪者が追手から逃げるというのは至極当然のことではあるが、この場合はおそらく……。
「もしかして、脱獄してきたんですか?」
「へ……何だ、追手じゃないのか。姉ちゃん」
「ええ……僕は」
どうして僕がここにいるのか。それを口に出そうとして、喉が詰まる。
僕の言葉に否定を示さないということは、やはりフォルトは町から脱走してきたのだろう。
酒場が爆発した後、いろいろと調べが入った結果、あの場にいた彼とその仲間は全員もれなく投獄されたと聞いているし。
襲われた混乱に乗じて逃げてきた……ってところだろうか。
「いえ、なんでもありません。行くなら早く行ってください。僕の近くにいたら、きっとまた不幸な目に会います」
「は? なんだそりゃ」
フォルトは意味が分からないと疑問符を浮かべる。
彼は僕が一番最初に不幸にした人間だ。せっかく混乱の中で逃げてきたっていうのに、ここでまた僕と鉢合わせるだなんて、運命の悪戯か何かか。
自業自得であるところは否めないが、それでも僕が彼に同情した。
だからせめて、せめて不幸を被らないうちに僕から離れろと、そういったつもりだった。
だがフォルトが動く様子はない。
僕らは別に友好関係でも何でもない。とどまる理由などないはずなのに。
「…………」
「行かないんですか」
「姉ちゃんみてえなしょぼくれた顔した女、こんなとこに一人で置いてけるかってんだよ」
「もっとひどい顔した方を見殺しにしてきたんでしょうに、今更ですね」
「っ……そいつは、そうだが……その」
僕の切り返しにうまく答えられず、言葉が出てこない様子のフォルト。
当然だ。他にも何人もの人を辱め、売り物にしてきたのだろうから。何故僕にだけそんなことを言い出すのか。分かったのなら早くどこかへ行ってほしい。
しかしフォルトは逃げていくどころか、何度か目をきょろきょろとさせた後に、ズンズンと僕の目の前まで歩み寄ってくる。
「見過ごせねえんだよ。俺らを負かした女がそんなツラしてやがるのは!!」
「……身勝手なんですね」
「ああそうだ! 冒険者としてやってけなくなったからって、てめえの身可愛さに卑怯な手を使って生き延びてきた男だからな。その男を正しく裁いたヤツが、そんな顔してていいわけねえだろ!」
身勝手だと言われた後のフォルトは、何故か気を強くして機敏に口を動かした。
言っていることは間違っていないのかもしれないが、あの時は僕だってやりすぎた。やりすぎるしかなかったというのが正確なところだが、それとこれとはまた話が別だ。
彼が何と言おうと、僕には関係ない。
そんな感情論じゃどうにもならないのだから。
「……どうしようもないんです。僕は、いるだけで災厄を引き寄せてしまうらしいですから。その結果が今のファルムです」
「チッ……ああ、そうかい。そういうことかよ」
「そうですよ。なのでもう――わっ!?」
やっと納得してくれた――と思ったのもつかの間。
フォルトはいきなり僕の腕を掴み取り、森の中へと駆けこんでいく。
僕が来た道。ファルムへと続く森の道へと。
「ちょっと何するんですか!! また誘拐ですか!?」
「バカ言え! もうそんなことしねえよ!! 町に、ファルムに帰るんだ」
「は!? なんでですか! フォルトさん、あなた逃げてきたんじゃ」
「フォルト!? あーいや、そうか。俺の本名はアレクセンだ!! アレクでいい」
「偽名!? って、そんなことは聞いてないです! このままじゃ……」
フォルト、もといアレクは、僕が手を振りほどこうとしても、何を言おうとしてもお構いなしに町へとむけて走っていく。
女である僕の力じゃ、どうあがいてもアレクには適わない。転んでも引きずって行かれそうな勢いで足を動かす彼に、僕はただついていくだけで精一杯になっていた。
「姉ちゃん……いや、ルティアだったか。お前さんには責任を取ってもらわなきゃならねぇ」
「いや……何の話ですか、それ」
急な責任問題を突き付けてくるアレクに、僕は思わず素で突っ込みを入れてしまった。
「身勝手な男の身勝手な話だよ! お前さん、いるだけで災厄を招くとか言ってたよな!! 俺が何もかも全部失ったのも、今町が大変なことになってんのもお前のせいだってんなら、きっちりその責任取れって言ってんだよ!! 人のことは言えねえけどな!」
人のことは言えないという言葉にだけ、妙なほどの重みを感じた。
そのほかは全然だ。
身勝手に僕を騙して、身勝手に商売道具にしようとした男の、身勝手な説教話。
アレクに限った話であれば、僕と出会わずともいずれは破綻していただろう。悪い噂は既に出ていたようだし。
僕のやりすぎではあったが、彼に関してはほとんど自業自得だ。
だから、彼に対して責任を取る必要はないと思う。
本当に、説得力のない説教……でも同時に、言っていることが間違っていないのも確かだった。
僕が呼び寄せた災厄で町が滅んでしまうのなら、その責任は僕がとるべきだ。
でもどうしろと言うのか。
たとえ町に戻っても、また新たな災厄を引き寄せるだけじゃないのか?
一体僕に何をしろっていうんだ。
「いいか、これは独り言だ! 聞くも聞かねえも好きにしろ。町には無理やり連れてってやる」
「……また勝手なことを」
「勝手で結構。姉ちゃんはまだ踏み外しちゃいねえ。だから、前を見て戦ってくれ。……一度逃げたら、もうその先は地獄だぞ」
「…………」
「頼む……これ以上、俺みたいな人間を増やさないためにも」
◇
AM01:03 都市ファルム
「ななじゅぅーーにぃ!!」
「でええやぁ!!」
次々と襲い来る敵兵に、レイルたちは苦戦を強いられていた。
「くそ! キリがねえ」
「レイルさん、これどーなってんの! 全然敵へらないんだけど、ドラゴンさんわんさか出てくるだけど!!」
北門付近で一番最初に姿を現したドラゴンは、レイルの〈魔臣剣・斬之功・両断〉によって粉砕された。
しかしそれから間もなくして次々とそれと同じ――身長5メートルほどはあろうかというドラゴンが地面を破って現れ、完全に乱戦状態となっていた。
地元の兵士やその場にいた戦える冒険者数名が必死に対応しているものの、一時間近くが経過した現在は数の暴力に押されつつあった。
「こいつらはドラゴンだがドラゴンじゃねえ! 正確には、ドラゴンの一部を触媒に作られた土人形……ゴーレムってやつだろうよ! 騙されたぜ全くよォ……そらぁ!」
ネリスに背中を任せ、レイルは目の前のゴーレムへ攻撃を加えていく。
生物の一部を触媒にして生成されたゴーレムは、基本的に触媒となった生物と全く同じ匂いを持つ。だからレイルは最初、ドラゴンが一体地中から現れたものだと思っていたのだ。
本来ゴーレム生成の魔術は、一個体の戦闘力が大きく劣るため、主にはサポートや囮に使われることが多い。
元が強い生物であれば、当然ゴーレムの戦闘力もそれなりになる。おまけに元の生物の特性もある程度引き継ぐことができるため、場合によっては心強い戦力になったりもする。今回のようなドラゴンを基にしたゴーレムならば、その道10年以上のベテラン冒険者でも、精々二、三十体ほどを相手にするのが限界だ。ただ、強いゴーレムはその分生成に必要な魔力が膨大なため、本来ならこのような数の暴力は非現実的であった。
あり得ない状況を前に徐々に絶望感が増していき、終わりの見えない戦いに士気がどんどん落ちていく。
既に何人かが犠牲になっている状況。
おそらく後一人脱落者が現れれば、それからはなし崩しに戦線は崩壊するだろう。
「やべっ」
レイルが攻撃を外し、ゴーレムのカウンターをモロに受けてしまう。
レイルは自身の片手剣を、射程と破壊力を優先して両手剣サイズに拡張していた。
その魔力の刃が不安定になり薄れた瞬間と、攻撃の瞬間とが重なってしまったのだ。
街道沿いの外壁に勢いよく飛ばされ、彼の口からは真っ赤な血が飛び散った。
「レイルさん!? うがっ!!」
「アンタたち!!」
これに気を取られたネリスが、前と後ろからの平手打ちで挟み撃ちにされてしまう。
勢いの乗った衝撃が前後から襲い、ネリスの小さな体がビキビキと悲鳴を上げた。
が……それでも立ち上がり、二人は戦いに身を投じる。
物陰に隠れているスフィが回復魔術を施し、辛うじて戦場へと返り咲く。
そんな状況がさらに十分続いた。
そして――
「ハァ……ハァ……」
「ゼェ……フゥー……ダメだ」
いつの間にか立っているのはレイルとネリスの二人だけ。
あとは隠れきれなくなったスフィが二人の間にいるだけだ。
回りは土くれの人形にかこまれ、町は火の海。
目の前にあるのは、絶望だけとなっていた。
剣を握るのを諦め、地に落としたレイルの前に、一体のゴーレムが立つ。
赤く光る無機質な目にレイルは乾いた笑いを返し、己の最期を覚悟した――――その時。
「〈大凍結〉!!!」
真っ赤だったはずの風景が一変、一面氷だらけの世界へと変貌した。




