第26話 新たな仲間
レイルさんを急いで小屋まで運び込み、回復魔術が使えるスフィに傷をいやしてもらう。
だが至近距離で魔術を喰らったレイルさんの体はかなりの重傷で、完全に癒すには上位の魔術を使う必要がある。スフィはそこまで高度な魔術を扱うことはできないため、残った傷には消毒と包帯を使って対処しておいた。
それから寝床に寝かせておくこと、およそ三十分。
「……しまった、気を失っていたか」
「気が付きましたか! すみません、やはりやりすぎてしまったようです」
「いや、気にするな。手間をかけさせた」
レイルさんはそっと体を起こし、処置を施したことに対しての言葉を述べる。
この時の彼には、先ほどまでの堅苦しさが消え、表情が少しだが柔らかくなっていた。
そしてここに付け込まんとばかりに、ネリスが悪い笑みを浮かべる。
「それで~? 何か言うことあるよねぇ? あんな啖呵を切っておいてこのザマだもんね~?」
「ね、ネリス!」
言葉遣いも丁寧じゃなくなり、完全に煽り口調になっているネリス。
もうこのスタンスで行くつもりなのだろうか……それはこの先面倒になる気がするからやめてほしいのだが。
絶対また口喧嘩になって話こじれるもん!
が、僕の心配をよそに……物腰柔らかなレイルさんは、顔色一つ変えることなく答えて見せた。
「ああ、わかっている。こいつが相手じゃ仕方ないさ。むしろ良い出会いをさせてもらった礼だ。仕事は引き受けよう」
「お? お、おぉ……素直なのはいいことだね? うん、ありがとう?」
完全に出ばなをくじかれ、ネリスはとても複雑なようだ。
節々に出てくる疑問口調からは、彼女自身もその感情を理解できていない様子がうかがえた。
僕の肩に乗るスフィは、そんな彼女を呆れ顔で見つめている。
僕自身も、ネリスに対する苦い感情が半分、レイルさんの意外な対応への驚き半分で、たぶん何とも言えない顔になっていただろう。
何はともあれ、これで監視役の事は一件落着ってことでいいのかな。
僕としても、レイルさんが引き受けてくれるというのであれば助かる。互いの人となりをある程度把握している分、一から関係を築く必要がないのは楽でいい。
「そうと決まれば、準備をせねばならんな。荷物をまとめるから、それまで待っていてくれ」
「はい。ネリス、外へ行ってましょう」
「あっとフォル――じゃない、ルティア」
「?」
「後で色々と聞かせてもらう。そのつもりでいてくれ」
「あー……わ、わかりました」
一体何を……いや、聞きたいことはたくさんあるのだろうが、一体どこまでを聞きに来るのだろうか。
流石に神が云々言うのはスフィに止められるだろうし、まず信じてもらえないだろう。
となると、ちゃんと説明できるように考えておかないとだなぁ……。
僕はネリスと外で待っている間、ひたすらに頭を悩ませていたのだった。
◇
レイルさんが荷物をまとめて、三人(と一匹)でファルムへ着いた頃には、すでに日が沈みかけていた。
レイルさんの荷物は肩から下げている縦幅六十センチほどの袋と、狩りに使っていたとみられる狩猟弓。それから彼の愛用する片手剣とそのスペアのみ。
小屋はどうするのかと思ったが、もともと管理されていない空き家に住み着いていただけらしく、必要最低限の物だけを持って出てきたということだった。
で……だ。
「すまない。今日は世話になる」
レイルさんが僕の部屋で泊まることになった。
「お願いですから、タンスとクローゼットの中は見ないでください」
「ん? あ、あぁ。それは構わないが……何故そこなんだ」
「企業秘密です!! はぁ……めんどくさい……」
なんで僕の部屋にレイルさんが泊まることになったのか。
これはそう、ネリスがレイルさんの寝床を全く考えていなかったのが全ての原因だ。
二階の他の部屋にも空きがあることはあるのだが、それを紹介しようとした矢先、レイルさんが余計なことを言ってくれたのも大きい。
「ああ、なら丁度いい。オレはルティアと長めの話があるから今日はそこに泊めてもらうとしよう」とな。
ネリスはかなり渋い顔をしていたが、二つ返事でOKを出した僕の意思に従った。
え? 結局自業自得じゃないかって?
そこは言わないお約束だ。
一応自分の身が女であることを忘れていたのだ。
良い年ごろの女性と見た目は若々しいオッサンが二人きり。そりゃあネリスも嫌な顔をする。
あとタンスとクローゼットが魔境と化していることも忘れていた。
これを思い出してたら絶対断っていた。
ちなみにまた笑いを堪えているスフィは寝ている間にもふもふの刑。
覚悟しとけよ。
「えっと、荷物は適当に置いておいてください。で……話、ですよねぇ」
「ああ。聞きたいことは山ほどある」
レイルさんが床に座り込み、僕はベッドの上に腰掛ける。
それからはもう、とにかく質問攻めだった。
僕は本当にフォルトなのか。
生まれ変わったというが、なぜ前世の意識を引き継いでいるのか。
なぜ監視役などを付けるような事態になったのか。
店を開く目的。
僕自身の目的。
それから、賢者として名を馳せた後のこと。
子孫には会ったのかとか……師匠にはもう会ったのか、とか。
正直、最後の方なんかは、話しているうちにこちらが参ってしまいそうになった。
神として活動していた間、僕は人だったころのプライベートなど考えたこともなかったからだ。
僕は大賢者なんて呼ばれるようになった後、表舞台からは姿を消して、とある山奥の村でひっそりと暮らした。
一応奥さんや子供もいて、それなりに幸せに暮らしていたのだ。
ちゃんと天寿を全うして、それから導かれて神になった。
神には自ら望んでなったのだが、人生に対しては満足していた。だから後腐れもなく、僕がいなくなった後どうなったのかとかは考えたこともなかった。
だからこそ……レイルさんの口から子孫という言葉が出た瞬間に、過ぎ去った数百年の時を、初めて肌で感じた。
「いいえ」「まだです」と、機械的な返事をしただけでも、涙がでそうになるほどだ。
「……レイルさん」
「? 何だ?」
「僕が死んだ後……皆、どうでしたか」
「どうでしたかつってもなぁ。700年前だぞ」
七百年。
それはあまりに長い時間だ。
僕と会ったのは彼が五百歳くらいの時だから、その倍以上の年月か。
きっと、数多くの生と死を目の当たりにしてきたのだろうと、彼の力強い目を見て思う。
その中でのたった一人の死後。覚えていなくても無理はない。
「ああでも! そういや一つだけでっけえことはあったな」
「……でっかいことですか?」
「ああ。お前が使ってたローブ、今でもどこかの神殿に飾ってあるって話だ。どこかは知らんが――って、そういえばお前知ってるのか?」
「え? 何がです?」
「大賢者フォルトは神になったって話」
「ぶっ!?」
いきなり核心をついてくるレイルさんの言葉に、僕は盛大に吹いてしまった。
心臓に悪いからやめてほしい!
話自体は知っていたけど!
神が存在する以上、信仰というものは必要不可欠なものとなる。
僕が神になったのも、生前に崇められるほどの功績を残したからだ。
だから話も、神殿があることも把握している。
そうか、そういうところでバレる危険性もあるのか……!
あれ? オープンでいこうって思ってたのに、意外と隠さないといけないことが多い気がするぞ!
うん、とりあえず今は知らなかったふりをしておこう。
「へ、へぇ……知りませんでした……へぇ……」
「顔が引きつってるぞ? でもまあ、確かに今ここにいるってーのに神様扱いされてるってのは複雑かもな。どれ、今度探し出して見に行ってみるか?」
「けけけけ結構です!! なんでそうなるんですか!?」
「はっはっは。冗談だ」
「心臓に悪いから本当にやめてください……あーもう、変な汗かきました。僕お風呂行ってきます」
「おう。オレもあとで頂戴しよう」
これ以上会話を続けていたら、それこそ本当に核心に近づかれかねない。
そう思った僕は、理由をつけてこの場から一時撤退を選択する。
まだこの体での入浴は抵抗がぬぐえないものの、こっちの方がましだ。
幸運と幸福の神、大賢者フォルトの神話と神殿。
僕の重大な秘密に差し迫る場所。
どこにあるのかは把握しているが、近づかないようにしておこうと心に誓った日なのであった。




