第22話 避けられないおまけ
「……わっ!?」
「おぉっと」
目を覚ました瞬間、ネリスの顔がどアップで映りこんできた。
ビックリした僕は体を跳ね起こし、同時にネリスが大きく体を仰け反らせてこれを回避する。
「おはようルティアちゃん! よく眠れた?」
「あ……えっと、はい……い、今何時ですか」
「夜の十時くらいだね!」
「ヴェっ!?」
ニッコリ笑顔から繰り出された衝撃の事実に変な声が出てしまった。
さっと窓を見てみると既にカーテンがかかっており、外は真っ暗。よくよく見てみると室内も灯りが点いている。
僕が睡魔に負けたのはまだ昼間……それもかなり高い位置に太陽が登っていた時間なので、少なくとも七時間くらいは寝ていたことになる。
ついでに目に入ったのだが、先の夢で渡された『幸の盃』も、いつの間にか机の上に置いてあった。
「すみません、ネリス……待たせてしまいましたよね」
「うん! 三時間くらい!」
「さんじかん!」
これはもう土下座しなければならないのでは。
散々迷惑をかけておいて、その後すやすや寝ていた挙句に三時間もまたせるとか!
「まあまあ気にしないでいいよ~。あの事を反省さえしてくれれば。寝顔可愛かったし」
「は、はい……それはもう、はい」
「むにゅ……何よもう、うるしゃいわねぇ……」
僕とネリスの会話を聞いてか、枕元で同じように眠っていたスフィが目を覚ました。
ぴこぴこと長い耳を動かし、前足で顔を拭う様はとても愛らしい。
直後にネリスの存在に気が付き、顔を赤くしながら飛び退く様も乙なものである。
「なななななんであんたがここに!?」
「スフィ、それはネリスに失礼ですよ。僕たちが起きるのを三時間も待っていてくれたんですから」
「叩き起こせばよかったじゃない!」
「いや~、女の子を強引に起こすとか、そんなことできないよ~。それよりも可愛い寝顔をありがとう。スフィちゃんも」
「は、破廉恥だわ……!」
全身の毛を逆立て、威嚇のポーズをとるスフィ。
猫っぽさが出てかえって可愛く見えるため、ネリスは依然としてニコニコと笑みを浮かべている。
これでは全然話が進みそうにないので、僕は無理やりスフィの両脇を掴み、問答無用で膝の上に乗せた。
「謝ってばかりですが、本当にすみません。話がある、でしたよね」
「うん。と言ってもただの報告なんだけどね~。メアリスちゃんとお店の話、どっちもうまくいったよ」
「本当ですか!」
「うんうんっ! メアリスちゃんは一応罪人だから、執行猶予って形になったけどね~。お店の方は、これから正式に認可が下りるまでたぶん三日から一週間くらい。それまでに準備を済ませておこう」
「はい!」
報告を終えたネリスは、やっと一仕事終え肩の荷が下りたのか、大きな伸びとあくびを同時にして見せた。
僕はそんな彼女に「ありがとう」と「お疲れさまでした」とねぎらいの言葉を送り、小さな背中を見送った。
「ふぅ……」
ネリスが部屋を後にして、再び僕とスフィだけの空間が出来上がる。
僕は机の上に置かれた盃に目を向け、夢の中でイアナさんが話していたことを思い出した。
「あの盃を八杯分……ですか」
「イアナ様に感謝することね。わかりやすい目標ができてよかったじゃない」
「それ以上に物申したいことがあるんですけどねぇ」
「あ? 何か言ったかしら?」
「……なんでもないです」
スフィから本気の殺気を感じて思わず目をそらしてしまった。
神獣は主に絶対の信頼と忠誠を示すもの。今後スフィの前でイアナさんに苦言を呈すのはほどほどにしておいた方が良さそうだ。
僕にとっては唯一の天界とのパイプであるスフィとは、出来る限り良好な関係を築いていきたい。
とはいえ、本当にイアナさんの趣味趣向でこんな姿になったとすると非常に遺憾なのも確かなので、次の機会を楽しみにしておこう。
さて、次は……
「…………ゴクリ」
夢の終わり際に言っていたこと。
『タンスとクローゼットの中に少しおまけしておいたので見ておいてください!』
不吉だ。
あまりにも不吉すぎる。
タンスとクローゼットは衣類を収納する家具だ。そこにおまけで入れておくものなんて簡単に想像できる。
僕はまずクローゼットの前に立ち、その両開きの扉へ恐る恐る手をかける。
そしてギュッと目を瞑り、数回の深呼吸を経て覚悟を決め――一気に、バーンと!
「………………っ」
息が詰まった。
なんだこれ、おまけってレベルじゃないだろう。
クローゼットの中には、今着用している物と同じメイド服が二着。他にもジャケットやトップス、冬用とみられるコートやカーディガンなどがびっしりかけられており。まさにより取り見取りな状態だった。無論、僕が入居した直後は空っぽの状態だったはずだ。
目の前の現実を頭が受け入れられないのか、軽い眩暈に襲われる。
「なんでメイド服二着もあるんですか……」
「いいじゃない。意外と似合ってるわよ」
「そういう問題じゃないです……」
クローゼットを直視しないように閉じ、ガチガチに震える首をタンスへ向ける。
正直こっちの方が恐ろしい。
クローゼットがこんな事になっているというのに、タンスがスカスカなわけがない。
そしてクローゼットの中になかったものは、必然的にタンスの中にあると安易に想像できてしまう。
でも見たくなくても見ないわけにはいかない。
四段あるタンスの一番上から、ほんの少しずつ開けて引き出しの重さを確かめる。
正確には測れないが、一段目>二段目>四段目>三段目という順で重くなっているような気がした。
となれば、もういっそ重いところから見たほうがいいだろう。
そう判断した僕は、三段目の引き出しを開けてみる。
「あー……」
三段目の中は、ブラウスやシャツといった上半身系の衣類だった。
となれば、似たような重さだった四段目は下半身系の衣類になるのだろうか。
そう思い立って四段目を見てみると案の定。
だがこれはこれで、ちゃんと見てみるとちょっとした違和感を覚えた。
「あれ、これまさか…………ほとんどスカートなんじゃ」
そう思った瞬間、顔が引きつったのが分かる。
いやいやまさかと薄い希望にすがりつつ、一着ずつ入念に調べてみることにした。
ちなみに結果としては、ショートパンツとサブリナパンツが一着ずつ入っていた。
それ以外は全部スカートだった。
一着ずつ用意するあたり絶対狙ってると思う。
スカート穿けっていう無言の圧力が凄まじい。
とりあえずベッドの上で笑いをこらえてるスフィは後でもふもふしたいと思う。
「…………」
残る引き出しは二つ。
間違いなくここはあれだ、あれが入っているエリアだ。
正直一番見たくない。
一つ一つが軽いのだから、軽いほうから開けたほうがよかったのだと今さらになって気が付いた。
でも悲しきかな、いつかは必ず開ける運命にある。
代えの衣類はここにしかないのだから。
震えるというよりはもう暴れている手を二段目の引き出しにかけ、僕は息をのむ。
ほぼ確定している中身を思い浮かべ、少しでも精神的なショックを和らげるように試みた。
そして――――
――ふわっ
「――――――」
目に飛び込んできた色とりどりの下着。
引き出しを開けた瞬間に漂ってきたフローラルな香り。
このダブルパンチを受けた僕の頭は、もはや為す術もなくショートしてしまう。
女性用下着の束を前に、僕は気を失ったのだった。




