第18話 安らぎバスタイム★
サレスたちを連れて再度ギルドに戻ってくると、僕たちは一階の酒場で遅めの夕食にありつくことになった。
酒場は昼間以上に騒がしく、もはや空席など一つもない状態であったのだが、ネリスがギルマスとしての権限を盛大に不正利用してテーブル一つを確保してくれた。
サレスたちは、自分たちの客人扱いに途中まで半信半疑な様子だったが、これまたネリスがねちっこく絡んでいき、次第に笑顔を見せるまでになった。
それからはもうどんちゃん騒ぎ。
もう日が変わる時間も近づいているというのに、酒場には笑いと怒号が絶えることはなかった。
各々が空腹を満たし、騒ぎ、楽しみ、しばしの幸福な時間が続いた。
「ふぅー、もうお腹いっぱいです……」
「楽しんでもらえてるようでなによりだよ~」
「ん……ネリス」
メアリスたち兄弟が特別に開放された客間に泊まることになり、その案内を終わらせたネリスが僕の隣へやってくる。
スフィは食べ散らかした皿の上で仰向けになって意識を失っており、テーブルは実質僕ら二人だけの空間だ(周りは相変わらず騒がしいが)。
「まだ話してないことあるって、覚えてる~?」
「へ? まだなにかありましたっけ……」
「も~! 幸運値!!」
「……あ。そういえばそうでしたね……なんか思ってる以上に疲れてしまっているようです」
ネリスに言われるまで本当に忘れていた。
そして言われて初めて、自分にのしかかってきている疲労を実感する。
メアリスたちの事で安心したのもあるが、何より今日は色々なことがありすぎたのだ。
転生してから今に至るまでの出来事を話だけで聞いたとき、これがほんの半日ちょっとで起こった事だなんて、とてもじゃないが信じられないだろう。
それを考えると、まともに意識があるだけマシだとさえ思えてくる。
「大変だったもんね――っとそうだ! じゃあ一緒にお風呂行こうよ~! これも一般開放はしてないんだけどさ、中々いいトコなんだ~! そこでゆっくり話し合おうじゃないカ!」
「……そうですね、ではお言葉に甘えて」
泊まれる客間にお風呂まで完備って、それはもはや宿なのでは。
とかなんとか思ったりもしたが、ツッコむ体力も残っていない。
というか、そこまで用意してあるってことは住み込みなのだろうか?
一般開放してないってことは、使うのは関係者くらいだろうし……まあ、僕には関係の無いことか。
今は疲れ切った体を癒すことに集中…………ん?
あれ……ちょっと待て、お風呂?
ネリスと……『一緒』に?
でも僕は男……おと……お!?
「そうでした。僕、今女性なんでした……!」
気が付いたが時すでに遅し。
僕はネリスに引っ張られるがまま浴場の脱衣所まで足を運んでいた。
それなりの人数で使用することを想定しているのか、脱衣所もそこそこの広さがある。頑張れば十人くらいは収容することができるだろう。
あとは男女の仕切りがなかったから、時間で切り替わるか混浴か……ってそんなことはどうでもいいんじゃい!
どうするの!?
どうしようもないけど!
「ルティアちゃん、どうかした?」
「ふぉ!? いえ、ななななんでもありませんよ!?」
「すっごい動揺してるけど」
「気のせいです気のせい! ささ先行っててください」
「ふむう……?」
僕の動揺っぷりを見て心配してくれているのだろうが、かえって心臓に悪い。
半ば無理やり背中を押し、ネリスに先に行ってもらった。
一人になったところで大きなため息をこぼし、覚悟を決めなくてはと顔をあげる。
そして仕方がないと脱衣用のかごに向かおうと後ろを振り向いた――そのとき、いきなり目の前に見覚えのない人が飛び込んで来た。
「うおっ!? すみませ――あれ? これ、もしかして僕……ですか!?」
背後にあったのは、人影ではなく鏡。
そこに写り込んでいた自分のことを他人だと錯覚したらしい。
そういえばまだ、僕は今の自分の顔を見たことがなかった。
「銀髪は以前からでしたが、これは確かに美人ですね……絡まれるわけです」
全然うれしくないが、絶世の美女と言っても過言ではない顔立ちだ。
あと目に見えて変わっているのは目の色だろうか。
神は皆金色に近い目の色をしているが、今の僕は上部が青黒く濁ったオレンジ色だ。
人間に転生し直したことで混じりけのある色になっている……とか?
「っといけないいけない。ネリスが待っているんでしたね……」
自分観察もほどほどにして、再度脱衣かごと向き合う。
エプロンをほどき、肩掛け式のコルセットを外す。それからソックスにシャツとスカート……ああ面倒臭い。
誰だこんな面倒な服考えたのは、こんな面倒な服を僕に着せたのは。
イアナさんか。もしかしてこれ狙ってたんじゃないよな?
湧き上がってくる面倒くささに文句を垂れつつも手を動かしていく。
脱ぐまで気が付かなかったが、ご丁寧に下着まで女性用の物を着せられていた。
何となくで取り外すことには成功したものの、正直ブラジャーを付けなおす自信はない。
そうしてすべて脱ぎ終わるまでどれくらいの時間を要しただろうか。
ネリスを待たせすぎるのも嫌だった僕は、時計を見る間もなく浴場の戸を開いた。
浴場は大人数で使えるだけのシンプルな造りだが、飾り気のない素朴なところが妙に安心感を抱かせてくれる。
「お、おまたせしました」
「お、待ってた待ってた~。ささ、座って座って」
「え……で、でも」
「いーからいーから!」
これはさっきのお返しなのだろうか。
僕はネリスに背中を押されるまま、半ば強引に洗い場の丸椅子に座らされた。
あれだ、お背中御流ししますってやつだ。
「わたしが背中流してあげるからじっとしててね~!」
「ぬ、ぬぅ……」
ま、まあ……自分の体とはいえ、洗うために女性の体をあちこち触りまくるのはまだ気が引ける。
その分ネリスにやってもらえるのはありがたくもあるんだが……それもまた、なんだか騙しているようで申し訳ない。
そして目の前の鏡に写り込むのは全裸の僕だ。無駄にいい体つきをしていて目のやり場に困るったら。
「ルティアちゃん、さっきからガチガチだね?」
「えっ!? えっと~……な、慣れないんですこういうの。だか――りャッ!?」
背中を洗ってくれていたはずのネリスの両手が、瞬間的に僕の両胸を鷲掴んでいた。
「ネリスッ!?」
「うりうり~そんな緊張せずに~! せっかくなんだからちゃんと癒されんと~! ナイスバディが台無しだよ~?」
「それとこれと一体何の関係が!?」
「問答無用!!」
「ぎゃあああああああああああ」
ネリスなりに僕をリラックスさせようとしてくれたんだと思う。
でもごめん、それは逆効果だ。
僕はその後、石鹸を片手に掴んだネリスによって、過剰ともいえるスキンシップに見舞われることとなった。
◇
「あーーー……生き返るぅ」
「お? やっとリラックスしてきたかな?」
「誰のせいでずがぶくぶくぶくぶく……」
口元まで湯船につかる僕を見て、ネリスは安心したという笑みを浮かべていた。
うん、湯加減は抜群にいい。
疲れ切った体が癒されていくのが実感として伝わってくる。
「それでさ、リラックスしてきたところで悪いんだけど、さっき言ってた話の続き。いいかな?」
「あ……ばい」
早速というところか。
まあ本題はそこだったので、早くて悪いことは何もない。
だらしなく口まで使っていた体を肩まであがらせて、僕はネリスの言葉に耳を傾ける。
「率直に言うね。ルティアちゃんの幸運値はありえないほど低かった。本当なら最低評価のEですらほとんどあり得ないっていうのに、ルティアちゃんの幸運値は『G』を記録してたんだ」
「…………やっぱり、ですか」
やはりスフィが言っていた通りのようだ。
僕の幸運値はゼロ以下……マイナスであると。
認めたくはないが、こうもハッキリ言われてしまっては認めざる負えない。
今日一日の苦労からしても、すでに証明されてしまったも同然だ。
「面と向かって言われると、やっぱりきついですね……」
「わたしも、正直何を言ったらいいのかわからないって感じなんだ~。幸運値が低いってことは、それだけ災い事を招きやすい。ルティアちゃんの場合、それこそ天災級の何かを呼ぶことだって考えられる。下手をすれば、周りは絶望のどん底にたたき起こされるってこともね」
「…………そうですね」
僕の目的は、より多くの人を助け、幸運と幸福の恩寵を取り戻すこと。
おそらくだが、幸運値はこの積み重ねで少しずつ以前の値に戻っていくと思う。
でもそれまでにどれだけの時間がかかるのか……それまでに、それこそ天災を呼び込んでしまったらどうなるのか。
下手をしたら、人里に立ち入ることすらできなくなる。
考えれば考えるほどに事の重大さが見えてきて、不安が濁流のように押し寄せる。
「わたしも悩んだんだ~。でもルティアちゃんが欲しいのは変わらないし、変える気もない。冒険者登録はしっかりするよ。それでその、いきなりなんだけどさ~……」
「……? なんでしょう?」
「ルティアちゃん、自分のお店持たない?」
「…………………………」
「はい?」




