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第11話 貧民街へ

「これでよしっと。スフィ、苦しくありませんか」

「平気だけど……もう、なんでこの私がこんなもの……」

「仕方ないですよ。こればかりは我慢してください」

「まったく……」


 裏口から外に出ると、まずスフィに首輪代わりとなるものをつけてもらった。

 僕の胸元についていたリボンをつけただけなのだが、ある程度は体毛で隠せるし、少しの間なら誤魔化すことはできるだろう。

 首輪はいわば隷従の証だ。スフィがそれを不満に思うのは仕方がないが、これ以上変なトラブルに巻き込まれないためにも仕方がない。

 特にこれから僕らが向かう場所は何が起こるかわからないわけだし。


「じゃ、行きましょうか」


 まずは情報集めからだ。

 依頼書には人相書きが無く、犯人の外見的特徴も特に記載がなかった。

 盗まれるものの特徴として、大半が食料、または日用品のような小物であることと、昼間に道行く人から盗むことが多いということ。

 それがここ二、三か月ほどで急増しており、何とかしてくれという依頼が衛兵詰所に殺到。冒険者ギルドが協力し、捕縛依頼を出していたのだが、中々人が見つからなかったらしい。

 あと分かることと言えば、町の北部での報告が多いことから、犯人は北西部にある貧民街の住民ではないかということ。


 なので僕たちは、まずその貧民街へと赴くことにした。


「貧民街……その響きだけで虫唾が走るわ」

「そう言わずに。僕としては一番救わないといけない人たちですよ」

「ふんっ。無法者は放っておけばいいのよ」

「好きで無法者になる人なんてそういませんって。それに、そんな人たちを救うことがでれば、僕たちの目的も大きく前進すると思いますし。今回も、できれば穏便に済ませたいです」

「ったく、わかったわよ、わかってますぅ」


 イアナさんがどうかはわからないが、スフィは選民思想が強い方のようだ。

 表立っての差別的な言葉や態度は比較的控えめなのかもしれないが、それが人を不快にさせてしまうことはままあることだ。

 これから先、こういった人を助けなければならない場面は多くあるだろうし、せめて慣れてくれないと僕としては困る。

 スフィもそのことはわかってるみたいだから、今回はその足掛かりとしても役立たせてもらおう。


「えっと、確か川が見えたら脇をひたすら北に、でしたっけ……広いというのも中々に面倒臭い」


 出発からおよそ十分。

 川沿いの土手まで歩いてきたところで北を向いてみるが、まだまだそれらしき場所は見当たらない。話によると一目でわかるほど荒れているらしいので、ここはまだ違う。

 西に直進する橋が架かっている他は、貧民街近くということもあって民家は少なめだ。この近辺は町というか村に近い雰囲気があった。

 地図も持っていないし、どれほど歩くことになるのか。

 そう思うと途端に面倒臭くなってくる。まあ、歩くんですけども。


 それでもって、歩き始めた途端に何かに躓き転ぶわけですけども。


「まったく危ないわね! 気をつけなさいよ!」

「いったた……すみませんスフィ。何かに躓いて……」


 何に躓いたのかと足元を見てみると、土手が少しばかり段差になっていた。

 遠くを見ていたが故の過ちか。

 幸運値が低いとか、そんなせいじゃないと切に願いたいところだが。

 吐息を漏らしつつも、気合いを入れなおして前に進む。


 念のため、依頼書に書かれている内容を確認してお――


「……あれ?」

「何。どうしたのよ」

「依頼書、どこいったんでしょう……冒険者証も」

「…………は?」

「え?」



「「ああぁぁっ!?」」



 周辺を確認してもても落ちている様子はない。

 そしてここは貧民街から比較的近い場所。

 となれば原因は明白だ。

 さっき段差で転んだ瞬間を狙われ、盗まれた。いいや、段差も込みでそういう場所なのだろう。こんなところに引っかかって転ぶような輩はまず注意力不足。不用心だ。加えてこの辺りは人通りも少ない。

 まさに今さっきの僕は格好の的だった。

 それしか思い当たる節がない。


「舐めてました、貧民街付近……すごいです」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? さっさと取り返さないと!」

「くっ……もう! こういう回り道は嫌いですよ!」


 犯人はまだそう遠くには行っていないはず。

 とはいえ、こんな開けたところで盗みを働くような輩。地の利を知っていたのことだろうし、おそらくは常習犯。隠れるのが下手なわけがない。

 土地勘もなく素人である僕が当てもなく探すとなると、それだけで日が暮れてしまいそうだ。


 ならば僕ができることは一つ。

 盗まれたものから相手の行動を予想するんだ。

 僕が盗まれたのは冒険者証(仮)と依頼書。

 これは盗人からしてみれば直接的な利益を生むものではない。

 つまりまずはこれらを利益に変換する必要があるということだ。

 仮の物とは言え、冒険者証は持っていて役に立つ場面が多い。もちろん仮なので使用範囲はかなり狭くなってくるが、一時的な身分証としての価値は計り知れない。

 問屋にでも売り飛ばせばそこそこの金になるだろう。

 依頼書の方は、自分を手配したものか確かめるとか、場合によっては仲間に危機と伝えたりなんかもあるかもしれない。

 いずれにせよ、誰かの手に渡る前に取り戻す必要がある。


「この付近に問屋ありますかね?」

「知らないわよそんなこと! ああもうなんでこう不運なのかしら!」

「僕のセリフですよそれ……えーっとなると誰かに聞くか地図でも……」

「お姉ちゃん、こんなところで何してるの?」

「!」


 ツンツンと、無邪気そうな声とともに太ももをつつかれる感覚があった。

 橋の向こう側から来たのだろうか。傍らには小さな男の子が立っていて、僕のことを不思議そうに見つめていた。

 念のため警戒してみるが、Tシャツ短パンの少年にあまりみすぼらしさは感じられない。貧民街の子というわけではなさそうに見えた。

 言ってわかるかは不明だが、一応聞いてみるか。


「ボク、この辺に住んでんですか?」

「うん。お姉ちゃんは違うの? まいご?」

「迷子ってわけじゃないんですけど、ちょっと探し物です」

「探し物……? あ! どろぼうさんだね! ぬすまれちゃったんだ!」

「察しがいいこの子……!」

「伊達に貧民街付近に住んでないってことね……」


 やっぱり、ここで盗みはよくあることらしい。

 当事者としてはたまったもんじゃないが、この調子ならもしかしたらいけるかも。


「ねえ、泥棒さんが行きそうな……そうですね、キラキラしたものとか、いろいろ怪しそうな物を売ってるお店とか、この近くにありますか?」

「きらきら? あやしい? うーん」

「やっぱ厳しいですか……」

「アンタのたとえが悪いのよ」


 じゃあスフィが話してくれればいいのにとか思ったりもしたが、控えておこう。

 問屋って子供の目にどう映るのか、それがどうにもわからないのだから仕方がない。ニュアンスで伝わらないものかと思ったのだが……。


「あ! あそこかな」

「だよねぇ、わから……え? わかるの!」

「うん、ついてきて!」


 本当にわかってるのか判断に悩むが、唯一の手掛かりだ。

 僕は若干あきれ顔のスフィに「行くよ」と目配せをして、少年の背中を見る。

 そうして足取り軽く楽しそうな少年の後ろを、僕は必死に追いかけていった。

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