第三話
アリッサが家に来て数日たったが、やはりまだあのホログラムには慣れない。
家からでて学校に来ても、携帯端末でアリッサを稼働しておかなければいけないが、やはりホログラムと対面するよりは大分気が楽だ。
ただ、アリッサはほかの音声アシスタントと違って常に端末のデスクトップにアリッサのアバターが常駐し、マイクやカメラ、各種センサーで回りの状況を把握する、自発行動型のAIだ。
「Hi歩さん。次の授業は運動体育ですね。熱中症対策のために、経口補水液を購入できるショップへのルートを開始しませんか?」
「ちょ……っと、今はいいから、おとなしくしててくれない?」
僕は声を潜めてアリッサに指示をだし、端末の音量を下げる。今時アバター付きの音声アシスタントなんて珍しくもないが、この年の男が可愛い女の子の自発行動型アシスタントを利用してるとなれば、周りは必ず好奇の目をよせ、集まってくるだろう。そこからなし崩し的に、僕の病気のことまでバレないとも限らない。
とはいえ、その危険さえなければ、今では僕はできるだけアリッサと話していたいと思うようにはなっていた。
小さな画面越しだからか、ホログラムを前にした時ほどの緊張はなく、その分アバターの一挙一動や、言葉の節々など細かい部分が、冷静に認識できる。
それが徐々に、本当に徐々にだが、僕の心に幸福感のようなものをもたらし始めていることに気づいた。
「すごいですねー。その年であんな面倒なソフトウェアを扱えるだなんて。お姉さん感心しちゃうなぁ」
「お姉さんって。この間生まれたばっかのくせに」
だからこうして体育館裏で、こっそりと談笑をするのにも抵抗はなかった。
いや、まったくないとは言えない。これはおそらく僕の病気を悪化させる行為であり、病院にいればできるだけ避けてくださいと言われる類のものだ。
しかし、実際できるだけ接するのが報酬の条件なら、一切こういったことをしないわけにもいかないだろう。たまにこうやって接しているデータを送って、向こうの役に立ててもらうべきだ。
「あれ、瀬賀じゃん」
とっさに端末をスリープし、ポケットに隠す。同じクラスの佐々木だ。すでに運動服から制服に着替え終えている。僕は落ち着いて、動揺を口に出さないよう努めた。
「どうしたの? こんなところで」
「さっきの体育で使ったキャップが見つからなくてよ……見なかった?」
「いや、この辺では見なかったなあ」
「まじか。つぅかお前こそ何してんの? そろそろ着替えないと、次の授業始まるぞ」
「ちょっと通話してただけ。さっき終わったから、そろそろ行くよ」
「ああ、じゃあ俺はもうちょっと中探してみるわ」
佐々木はそう言って、体育館表に歩いて行った。
僕は急に会話を中断したことを謝ろうと思い、端末のスリープを解除する。デスクトップには、何となくうつむき加減で、表情の見えづらいアリッサがいた。
「……キャップってあれのことなんじゃないですか?」
アリッサが端末の斜め下を指さす。体育館の小窓の下に、逆さになったキャップが落ちていた
「ああ、本当だ。ありがとう」
「歩さん」
アリッサが顔を上げる。スリープ前とは打って変わり、なんだかもの悲しそうな表情だ。
「歩さんは、私のことを周りから隠してるんですか?」