帰還
ミーアノーアが去った後の、パリークの街。
スゥイ達の努力のおかげで、グランドキャッスルを攻め落とそうとしていた魔兵士達は、ほぼ撤退していた。
闇の規模も小さくなっている。
ただ、人々は家を壊され、行く宛もないので、グランドキャッスルの中に集まっていたのだが、居心地が良いため、文句を言う人はいなかった。魔兵士がいるから、外に出ると危険というのも分かっていた。
が、自分達もやれることはあると、掃除、洗濯、料理など、みんなで分担して行った。優しいスゥイ達の、負担になってはいけない。ミーアノーアが帰って来るまで、この街は自分たちで守る。そのために、できることをしようと決めたのだった。
スゥイは外を巡回していた。毎日毎日、見回りながらミーアノーアが帰って来るのを待っていた。やはり、心配でたまらないのだ。
花壇に、彼女が愛でていた花がある。その花を見つめ、スゥイは心で囁いた。
(ミーアノーア様。急いで帰って来て下さいとは申しません。怪我のないよう、ゆっくりと来て下さればいいのです。ただ、今どうしているのか。会えないことが、不安でたまりません。ここのことは大丈夫です。俺達でなんとかやっています。ミーアノーア様……)
彼は空を仰ぎ、ミーアノーアの無事を祈った。
聖なる龍の力で作られた光の玉は速い。あんなに苦労して渡ったメモリクルから牙龍の谷までの道が、ほんの一瞬だった。
メモリクルの入り口で一旦、光の玉は消える。
ミーアノーアは、ジョアンのリュックと遺骨を持って、ジェイの待つ村長の家に向かった。
出迎えてくれたのは、ジェイの奥さんだった。奥さんはさっそく、ジェイを呼びに行ってくれた。
ドドドドドド。
廊下を駆けて来る音がする。
「ミーアノーア様!」
部屋に入ってきたジェイ。
ミーアノーアの後ろに父親の姿がない事に、一瞬、悲しい顔をした。
「ジェイ。あなたのお父様は……」
「ミーアノーア様。最後までおっしゃらなくても分かっていました。父は、死んだんですよね」
「ジェイ……」
「………」
ジェイの奥さんも側に来る。ジェイは、悲しみを必死に耐えていた。ミーアノーアは、ジョアンのリュックを渡す。
「これは、父さんのリュック……」
「ええ。牙龍の谷のすぐ側にあった、洞窟の中に置いてあったんです。手紙も、中に」
ジェイは手紙を開いて読む。
涙が溢れてきた。
「父さん、父さん……!」
「それから、これを」
ジェイの手の中に、そっと布で包んだ物を忍ばせる。
布をほどいていくジェイ。
声を無くす。
「ジョアンさんの、あなたのお父様の、遺骨です」
ジェイは崩れ落ちた。
「あ、アアアア……! ウッ……ウッ……!」
嗚咽が響く。
本当は、期待もあったのではないだろうか。
父親が、帰って来るんじゃないかという。
しかし、現実は、非常だった。
奥さんがそっと、ジェイの肩を抱きしめる。
彼女の目からも、涙が溢れていた。
ミーアノーアも、彼が落ち着くまで側にいた。
村の人達が、何事かと窓の外から家の中を覗く。
そしてジェイの様子を察して、切なそうに離れた。
彼らも、ジェイと同じ気持ちだったのだろう。
ジョアンが、いかにこの村にとって大切な存在だったのかを、ミーアノーアは理解した。
やがて、落ち着きを取り戻したジェイが立ち上がる。
「ジェイ、大丈夫なのですか?」
ミーアノーアの問いかけに、なんとか笑顔を作って答えるジェイ。
「大丈夫ですミーアノーア様。ご心配をおかけしました。覚悟はしていたのです。もう、父はいないのだと。でも、あの父のことだから、ふらっといつか帰って来るんじゃないかと、待っている自分もいました。だから、父の遺骨を見た時、ああ、もう駄目なんだ。いないんだって悟りました。悲しいです。今も。あの時、どうして父を止めなかったんだって。悔やんでます。父さん、どうして……!」
ジェイはまた涙目になっていた。
ミーアノーアが、ジェイの手を自分の手で包む。
「ジェイ、辛いでしょう。あなたの気持ちは分かります。今まで、ずっと我慢していたのでしょうね。悲しい時は、思い切り泣いていいのですよ」
「ありがとうございます。ミーアノーア様。あなたには、感謝しています。骨になったとはいえ、父をここに連れて来て下さったこと。わたしは、この村の村長です。父の墓を建てて、みんなと共に、この村を守っていきます」
ジェイが奥さんと顔を見合わせる。奥さんも、こくりと頷いた。
もう大丈夫だろう。ミーアノーアは手を離す。
「そうですか。あなたならきっと立派な村長として、この村を守っていくことでしょう。遠くから、応援しています。頑張ってくださいね」
「はい!」
最後は笑顔で別れた。手を振るメモリクルの人々に見送られ、ミーアノーアは再び光の玉に乗って、パリークへ飛び立った。
いよいよ帰るのだ。腰に聖麗剣を携えて。
(スゥイ、待っていて。今、行くよ)
ミーアノーアはパリークへの帰還に、胸を高ぶらせた。
ヒュルルルルル。
ラキ村を越える。
パリークとラキ村の間に流れている河の上を通った。
もう少しだ。もう少しでみんなに会える。
空の上から、パリークの街が見える。
地上に降りた。
光の玉が消える。
ミーアノーアは、送ってくれた聖なる龍にお礼を言った。
「聖なる龍。ありがとうございました。パリークまで送って下さって」
「いいえ。あなたには、救世主として闇と戦ってもらわなくてはなりません。これくらいの事はさせて下さい。とにかく、パリークの闇が広がっていなくて良かった」
「ええ。本当に」
「さぁ、もう行きなさい。みんなが待っていますよ」
「はい! 聖なる龍。お元気で」
ミーアノーアは、グランドキャッスルに向かって走る。
花畑の側を通った時、花を摘んでいた女官が彼女に気付いた。
「み、ミーアノーア様……!」
「ただいま」
「お帰りなさい。ああ、ミーアノーア様……!」
無事な姿を見て、女官は泣き出す。
「大丈夫よ。わたしは生きているわ。さぁ、その花を持ってグランドキャッスルに行きましょう」
「……はい」
目を赤くしながら、女官は歩き出す。
懐かしいグランドキャッスル。
その変わらない姿に、ミーアノーアは安堵した。
城の窓から、ミーアノーアの姿を確認した住民達が次々飛び出して来る。
「ミーアノーア様ーーーっ!」
「ミーアノーア様。お帰りなさい!」
たちまち人の波ができた。
その波をかき分け、スゥイが前に出てくる。
「お帰りなさいませ。ミーアノーア様。よくご無事で」
一礼して挨拶をかわす。
「スゥイ、ありがとう。あなたがくれたお守りのおかげよ。これのおかげで、無事わたしは、聖剣を手に入れることができたの」
「いやあ」
ミーアノーアの言葉に、スゥイが頭をかきながら少し照れる。
「さぁ、これが聖なる龍の涙の雫で作られたという伝説の聖剣、聖麗剣よ」
鞘から外された聖麗剣の輝きは、美しい。
凄く優しい光。
その輝きに、みんなは魅了された。
「美しい……!」
「これが聖麗剣」
「まさに、ミーアノーア様に相応しい聖剣だ」
興奮気味の人々に、ミーアノーアは、自分が聖なる龍から、救世主に選ばれたことを告げる。
人々の間から、どよめきと歓声が上がる。
スゥイが言った。
「おめでとうございます。ミーアノーア様。俺達も、ミーアノーア様なら、救世主に相応しい方だと思います」
「そう、かなぁ?」
スゥイの言葉に戸惑う。
「ええ。あなたは、もう少しご自身の力に自信を持たれてもいいと思います。ずっと、俺達のリーダーとして、戦ってこられましたから。でも、あなただけに苦労はさせません。これからも、俺達があなたを支えます」
スゥイが騎手らしく、ミーアノーアの前にひざまずき、彼女の右の手の甲にキスをした。
「ありがとうスゥイ。あなたには、これからも頼りにさせてもらうね」
「はい」
そして、ミーアノーアはスゥイにエスコートされ、グランドキャッスルに入って行った。
人々も続く。
ようやく帰ってきたパリーク。
話したいことはたくさんある。
今は、闇は来ないで。もう少し、このままで。
ミーアノーアは、そっと願った。