聖なる龍
中に入ってみると、そのあまりの明るさにミーアノーアはびっくりした。が、眩しいというのとは違う。優しい光に包まれている感じだった。
洞窟というと暗いイメージがあったのだが、この龍の穴は電気の下にいるかのように、回りの物がはっきり見えた。
しかし、龍の姿は見えない。
どこにいるのだろう。
敵のモンスターの気配は感じない。
傷を治しながら、探索を続ける。
静かだ。
物音一つしない。
こんなのは初めてだ。
「聖なる龍。ミーアノーアです。お姿をお見せ下さい」
返事は聞こえなかったが、代わりに後ろから足音がした。
「そこにいたのですね」
ミーアノーアは後ろを振り向く。
そこにいたのは、パリークで待っているはずのスゥイだった。
「スゥイ? どうしてここに? はっ、その傷は……?」
スゥイの右腕から血が流れている。
「待っていて。薬草残っているから今、傷の回復を……。はっ、スゥイ!」
ガタッ。
スゥイの頭の上から、巨大な岩が落ちてきた。
「危ないっ!」
ミーアノーアはスゥイを守るために、彼の上に覆い被さった。
ゴロゴロゴロ。
その巨大な岩はそのまま二人の上に落ち、ミーアノーアの意識は飛んだ。
「う、うん……」
ゆっくりと目を開けてみる。
背中に、重い岩が乗っている感じはしない。
スゥイの姿も消えていた。
驚いて立ち上がる。
周囲の景色も変わっていた。
さっきまでの洞窟じゃなく、神殿の中にミーアノーアはいた。
「一体ここは……? スゥイ、どこ? スゥイ」
「ミーアノーア」
スゥイを探すミーアノーアの耳に、きれいな声が届いた。
「誰?」
声がした方向を見る。
「はっ?」
金色の光を輝かせる龍。
その瞳は優しくミーアノーアを見つめている。
「もしかして、あなたが聖なる龍?」
ミーアノーアのその言葉に、龍は答える。
「その通りですミーアノーア。救世主の定めを持つ者」
「救世主? わたしが?」
少し間をおいて、龍は話し出した。
「ええ。わたしはずっとここで、救世主が来るのを待っていました。あなたはパリークで、人々をまとめるリーダーとなり、今やその人気は、パラダイスワールド全土に広がっています。わたしはあなたこそ、救世主に相応しいと考えています。
人はみな、大地より生まれ、大地に帰って行きます。その営みの中、争いは生まれ、たくさんの人々が苦しみ、血を流し、土へ帰って行きました。そんな中希望を託したのが、救世主という存在なのでしょう。
ミーアノーア、先ほどは、あなたを救世主としてテストするために、スゥイの頭上から岩が落ちてくる幻覚を見せたのです。結果、あなたは自分の身をかえりみず、スゥイを守ろうとしました。その慈愛の心こそ、救世主として一番大切な精神です。救世主ミーアノーア。今こそ、このわたしの涙の雫で作った聖剣を持って、生まれつつある魔の神、ダークキングを倒して下さい」
「魔の神、ダークキング?」
聞いたことのない名前だ。
一体どんな人物なのか。
ミーアノーアは興味を持った。
「そうです。魔空間の闇から生まれし、邪悪な心の生命体、ダークキング。彼が生まれてしまえば、パラダイスワールドの支配など容易いこと。
今はまだ、パラダイスワールドに広がっている闇の勢いは早くありません。が、ダークキングの誕生により、一気に闇が広がる可能性があります。ですから、この聖剣でダークキングを倒してもらいたいのです。わたしはあなたを、信じています」
「聖なる龍。分かりました。夢でわたしに告げたお告げは、このことだったのですね」
ミーアノーアは力強く、龍に向かって微笑んだ。
それを見て、龍も微笑み返す。
「ありがとうミーアノーア。それでは、この箱の中身をあなたに託します」
龍が横に置いてあった箱をミーアノーアに手渡す。
細長く、赤と青のストライプ模様の箱。
パカッ。
蓋を開ける。
細くしなやかな片手剣。まるでフェンシングに使われる剣のようだ。
「これが、聖剣……」
「そうですミーアノーア。それがわたしが生み出した聖剣、その名も聖麗剣です。見た目は華奢かもしれませんが、切れ味は良いと思いますよ。どうです。一つ、試し切りしてみませんか?」
聖なる龍が放り投げた紙に向かって、ミーアノーアは剣を振った。
ビュッ。
空気を切り裂く鋭い音。紙は真っ二つに切れた。
切れ味は抜群のようだ。
「凄い。軽くて扱いやすい。これが、聖麗剣」
「フフッ。気にいってくれたら何よりです。さてミーアノーア、ここまでの長旅で、身体は疲れているでしょう。癒しのお湯に浸かっていらっしゃい。その後で、わたしがあなたをパリークまで飛ばしましょう」
聖なる龍の後ろに、その癒しのお湯への入り口があった。ミーアノーアは一言礼を告げ、癒しのお湯へと進んだ。
癒しのお湯、要するにお風呂なのだが、温泉の効果があるらしく、身体の疲れがよく取れた。充分に足が伸ばせる広さで、気持ちいい。
すでに、タオルと着替えの服が用意してあった。何から何まで、龍には感謝しなくては。
「上がりましたね。ミーアノーア」
「はい。ありがとうございます。岩風呂風で、とても気持ち良かったです」
「それは良かったです。さて、そろそろ参りましょうか。パリークの人々も、心配しているでしょうから」
「お待ち下さい。聖なる龍。パリークの前に、寄りたい場所があるのです」
両手に気を溜め始めた龍を静止して、ミーアノーアは叫んだ。そして、メモリクルのジョアンとジェイ親子の事を話す。
「分かりました。あなたはいつでも、人の事を気にかけているのですね。パリークの前に、メモリクルに寄りましょう。荷物も、途中で拾います。
では、ミーアノーア、近くに来て下さいね」
「はい」
聖なる龍が気を溜める。光の玉が、ミーアノーアを包んだ。
「さぁ、行きなさい。はっ」
玉はミーアノーアを乗せ、あっという間に空の彼方へ消えた。
「頼みましたよ。救世主……」
ミーアノーアが消えた空を見上げ、龍は一人呟いた。