旅立ち
そして、ミーアノーアの出発の朝がきた。
グランドキャッスルの出入り口に、兵士達、女官達、戦士達、街の人々、そして、スゥイが立っていた。
涙で見送るのは、我らがリーダー、ミーアノーア。
彼女は腰に薬草の入った小さな袋をぶら下げている。他にはお金、だろうか。
その顔は、心なしか緊張しているようだ。
「見送りありがとう、みんな。それじゃあ、行って来ます」
笑顔で手を振る。
トップで三つ編みに結んだ髪が、風に揺れた。
「お待ちください。ミーアノーア様!」
人混みの中から、スゥイが飛び出してくる。
彼はミーアノーアの手に、ある物を握らせた。
「これを」
「まあ」
「俺が持っていたお守りの石です。これをお持ち下さい。邪悪からミーアノーア様を、お守りしますように……」
スゥイが渡したのは、透明で、太陽の光を浴びて輝いている丸い石だった。これは聖光石と呼ばれる大きな原石から削られた物で、あらゆる邪悪から身を守ってくれる力があった。
「スゥイ、ありがとう」
「ええ。ミーアノーア様、お気をつけて行って来て下さい。留守のことはご心配なく。俺達が守ります。あなたが無事に帰られることを、祈っています」
「ありがとう。じゃ、後の事はお願いね。行って来ます!」
「行ってらっしゃいませ」
ミーアノーアは、みんなに背を向け、旅立った。
(どうか、ミーアノーア様が、ご無事で帰って来ますように……)
スゥイが手を合わせ、ミーアノーアの無事を祈った。
聖地パリークを出て二日。ミーアノーアは、ラキ村という所にいた。ラキ村は、パリークと河を挟んだ隣村だ。だが、隣とはいっても、この河はかなり大きく流れも早いため、緩やかな下流の方に橋が掛けられていた。
ここまで歩いて来て分かったが、魔空間からの闇はパリークを中心に広がっているようだ。まだほとんどラキ村に影響はないが、いずれ闇はここも飲み込むだろう。そうなる前に、今のうちに避難させた方がいい。ミーアノーアが村長に話をすると、村長はすぐ了解して子供や年配の人、女性を先に避難させた。
パリークは、パラダイスワールドのやや南東にある。グランドキャッスル周辺を闇が覆っている以上、そこには行けない。ならばと村人達は北の方に登って行った。
残った村長さんや男性陣に、牙龍の谷への行き方を聞いてみた。ほとんどの人は知らなかったが、驚きながらも村長さんが答えてくれた。
「ミーアノーア様。牙龍の谷は、このラキ村を南下して、メモリ山を超えて、西へ行ったところにあるという話です。メモリ山の頂上には、メモリクルという村があるそうですので、そこでもう一度聞いてみたらいかがでしょう」
「分かりました。ありがとう。村長さん」
「いいえ、こちらこそ。あなたが闇の事を教えて下さらなかったら、わたし達はこのまま死ぬところでした。何もお礼はできませんが、せめて旅の無事をお祈りします」
「ええ。あなた方も、気をつけて」
「はい」
こうして、ミーアノーアはラキ村を後にした。
「ハア、ハア……」
ラキ村を出て、もう何時間歩いただろう。
教えてもらったメモリ山の麓まで来たものの、その時にはもう、夕焼けが辺りを染めていた。
このまま山越えをするのは危険だ。ミーアノーアは木の下に移動し、野宿をすることにした。一応、寒さをしのぐための寝袋は持っている。ラキ村でもらった食料と水を取り、一休みしようと目を閉じた。
ガサッ。
物音がして目を覚ます。まだ夜だ。星が見える。
ミーアノーアはランプを照らして、辺りを警戒した。
子供。メモリ山の登山道から、女の子が降りてきた。服も体も汚れているが、怪我はないようだ。
「どうしたの? 大丈夫? お父さんとお母さんはどこかな?」
ミーアノーアが、顔の汚れをタオルで拭いてあげながら質問する。
女の子は泣きながら答えた。
「あのね。みんなでお散歩してたら、パパとママとはぐれちゃって。一人で、寂しかったの。だから、遊ぼ」
この時、ミーアノーアは怪しいと感じた。こんな時間に、みんなで散歩などする訳がない。女の子が一人で、ここまで歩いて来るのも不自然だ。
「だったら、ご両親が心配していると思うわ。はぐれた場所まで、案内してくれる?」
「うん」
ミーアノーアは、女の子を心配するふりをして、様子を見ることにした。女の子は後ろを向く。
「パパとママとはぐれた場所は……」
少女の姿が、魔兵士の姿に変わった。
振り向きざまに、ミーアノーアに攻撃を仕掛ける。
「エレクトロニック・サンダー!」
ミーアノーアの魔法の方が早かった。
彼女は、ほとんどの魔法が使える。
それが将来、美衣子や美理子に受け継がれることになるのだ。
魔法が当たり、少女に化けていた魔兵士は消えた。だが、それと同時に、辺りから他の魔兵士達が数人現れた。
今までも、闇の影響でモンスターが現れたことはあった。だが、今回はその数が多い。本格的に、侵略を開始したという感じだ。
急がなくては。ミーアノーアが精神を集中し、自分を囲む魔兵士達に魔法を放つ。
「アイソトニックブリザード!」
吹雪に吹き飛ばされ、魔兵士達はいなくなった。
「ハア」
呼吸を整える。もう、夜が明けそうだ。朝日が登ってくるのが分かる。
山を登ろう。ミーアノーアは寝袋とランプをしまうと、登山道に向かって歩き出した。
山道は砂利が敷かれていたが、そんなに急ではなく、思ったより歩きやすい。時折、階段もある。山の上にあるという、村の人達が作ったものだろうか。道の脇には花が咲いていて、休憩して休んでいると、疲れを癒してくれそうだ。
だいぶ登っただろう。緑が見えてきた。人の声も聞こえる。頂上付近の村に着いたのかもしれない。ミーアノーアは足を速めた。
緑の木々を抜けると、たくさんの家が見える。
女の人が洗濯をしていた。日の光を浴びたシャツは白くて綺麗だ。
「こんにちは」
ミーアノーアが挨拶すると女性はニッコリ微笑んで挨拶を返してくれた。
「こんにちは。どちらからいらっしゃったのですか?」
「パリークからです。わたしはミーアノーアと申します」
「ええっ!? み、ミーアノーア様?」
パリークのミーアノーアといえば、その勇敢な戦いぶりで、かなり広く名が知られていた。また、その優しさと強さは噂となって、顔は知られていなくても、憧れの存在となっていた。そのミーアノーアが目の前にいる。女性はびっくりして、しりもちをついた。
近くの家から人が出てくる。
「ちょっと、どうしたの?」
「何だ。どうした。大丈夫か?」
「どうしたもこうしたも、ミーアノーア様よ。ミーアノーア様が、やって来られたのよ!」
「ええっ!?」
一気に人が増える。
みんな、噂のミーアノーアを一目見ようと必死だ。
ミーアノーア本人は、恥ずかしいやら、戸惑うやら、大変な騒ぎになったなあと思っていた。
そんな中ーー。
「何の騒ぎかな?」
「村長さん!」
メモリクルの村長がやってきた。
この村長、若い。年は28才。病気で亡くなったおじいさんの後を継いで村長になったということだが、学があり、若いのにしっかりしていると、村人からの評判は良かった。
「村長さん、この方は、ミーアノーア様ですよ!」
興奮した村人が叫ぶ。
村長は落ち着いて、挨拶した。
「そうですか。ミーアノーア様。このような山の上まで、ようこそいらっしゃいました。わたしは、メモリクルの村長、ジェイといいます。お疲れでしょう。ひとまずわたしの家にいらっしゃいませんか?」
「ええ。ありがとうございます」
ジェイは丁寧に、ミーアノーアを案内した。
家は大きく、風通しがいい。ジェイの奥さんが、お茶を運んできてくれた。
手が震えている。緊張しているようだ。
「ど、どうぞ」
恥ずかしそうに、客間の外に隠れる。
「失礼しました。妻は恥ずかしがりやで。ところで、この場所へは、いかなるご用で?」
ジェイが切り出す。
お茶を一口頂いて、ミーアノーアが魔空間の闇の事、牙龍の谷の龍の事を話し出した。
「それでは、あなたは、牙龍の谷へ行くつもりなのですね」
「ええ。牙龍の谷は、この村から近いと聞きます。ここの村の方達なら、行き方をご存じなのではないかと思って、訪ねた次第です」
「分かりました。牙龍の谷の行き方は、わたしが知っています。お教えしましょう。ただ、一つお願いを聞いて貰えないでしょうか?」
ジェイが悲しそうな目をする。ミーアノーアは、この若者を放って置けない気がした。
「分かりました。その願いを聞かせて頂きましょう。わたしができることならば」
「ありがとうございます。実は、わたしの父が一年前に牙龍の谷へ行ったまま戻って来ないのです。父は、村長になる器でした。しかし、牙龍の谷のモンスターを調査しに行ったまま、帰って来ません。どうか、父を探して下さい! 死んでいたとしても、その骨だけでも。どうか、お願いします!」
ジェイが涙で訴える。
ミーアノーアは了承した。
「分かりましたジェイ。あなたのお父様を、連れて帰ります。必ず、見つけるわ。待っていて」
「ミーアノーア様! ありがとうございます。では、牙龍の谷の行き方を……」
ジェイは谷への行き方を話す。ミーアノーアはすぐ出発しようとしたが、ジェイから疲れを癒してから行った方がいいと諭され、この村に一泊することにした。
ジェイの家に泊めてもらい、明日の朝に旅立つ。
お風呂と美味しい料理を頂き、ふかふかのベッドでミーアノーアは眠りについた。
髪を下ろすと、腰位の長さだ。三つ編みのせいか、ウェーブがかかっている。
いよいよ牙龍の谷。明日の事を夢見て、目を閉じる。
夜は、更けていく。