龍の償い
ドラミールは怒りの表情のままその場に立ち尽くして動かない。ダークキングやミーアノーアの言葉も聞こえているようだ。
気が、たかぶっているのが分かる。
このままだと闇に飲み込まれてしまう。
「ドラミール……」
気持ちを落ち着かせようとミーアノーアが近づく。
優しく手を触れようとするが、その手をドラミールは拒んだ。
ミーアノーアを突き飛ばす。
「僕に触れるな!」
「ドラミール!」
ミーアノーアを支えたスゥイがドラミールを睨んだ。
「ドラミール、何てことを……!」
ドラミールは二人の方を向き、言った。
「スゥイ、ミーアノーア。僕は信じていた龍に裏切られたんだ。母親だと思っていたその龍に。僕の家族は、村は、奪われたんだ!」
「ドラミール、それは……」
「僕はたまたま、壊れた家の隙間にいて助かったんだな。本来なら、死んでいてもおかしくなかった。どうせなら、その時に……」
「ドラミール!」
ミーアノーアが、ドラミールの頬をビンタした。
「……っつ、何を……」
ミーアノーアは涙目で訴える。
「ドラミール、そんなこと言っちゃだめ! 聖なる龍だって、あなたを大切に思ったからこそ、ここまで育ててくれたのよ。たとえそれが罪を償う為でも、それが龍の気持ちだったから」
「………」
「それに、あなたが生きていたからこそ、わたし達はこうして出会えた。わたしは嬉しいよ。あなたと巡り会ったこと。仲間になれたこと」
「……!!」
「だから、ね。自暴自棄になるのはやめて。わたしが……、ううん。わたし達がいるから」
ミーアノーアがドラミールの手を握る。
その上から、スゥイも手を重ねた。
「スゥイ、ミーアノーア……」
二人の友情に触れ、ドラミールはいつもの笑顔を取り戻した。
「母上……」
聖なる龍に呼びかける。
「ドラミール。どうやら落ち着きを取り戻したようですね。もう、何を言っても言い訳になるでしょうが、あの日、瓦礫の下のあなたを救いあげた時、あなたは笑っていた。何も知らない、無邪気な笑顔で。その太陽のような笑顔を見た時、わたしの中の闇は晴れたのです。そして、この子を守らなくては、せめて立派に育てなくてはと思ったのです」
「それが……」
「残された命を守ること、それがわたしの償いです。ドラミール。あなたの笑顔に、わたしは救われました。今度は、わたしがあなたを守りたい。たとえ、命を捨てても」
聖なる龍のその言葉を聞き、ドラミールの中に、小さい頃の思い出が蘇った。人一人いない龍の穴の暮らしが嫌でわがままを言った時も、モンスターに負けて泣いて帰って来た時も、龍は優しく諭し、慰めてくれた。それはまさに、母そのものだった。
まだモヤモヤしている気持ちはあるけど、龍の言葉は本当だと思うし、何より彼自身、聖なる龍に死んで欲しくなかった。
「母上。ありがとうございます。けど、命は捨てないで下さい。僕を育ててくれて、感謝しています。僕はあなたに、生きていて欲しい」
「ドラミール……」
「母上、僕はあなたが、大好きですよ」
「……ありがとう」
その二人の会話を側で聞いていたミーアノーアとスゥイは、ほっとした。
「良かった……」
「ええ、本当に」
後ろの戦士達も笑顔だった。
みんな、ドラミールが好きなのだ。
同じ正義を貫く仲間として。
一方、面白くなかったのはダークキングだ。
もしドラミールが闇の支配下になれば、強い戦力になる。そして、それによって動揺したミーアノーア達を、楽に倒せるかもしれなかった。
「ムムムム」
悔しさを隠せない。
「いいだろう竜王子。それほどまでに聖なる龍を信じるならば、その絆、わしが奪うまで」
「何をする気だ?」
ダークキングの表情が変わった。
何か企んでいる目だ。
「フフフ……。見ていれば分かるさ」
右手を高く突き上げる。
「はっ?」
ドラミールは嫌な予感がした。
「母上っ!」
聖なる龍に警戒を促すがーー、
ダークキングの方が早かった。
「牙龍の谷の闇よ。我が意志に従い、聖なる龍の力を奪え!」
バチバチバチッ。
牙龍の谷の闇が膨らみ、龍は動きを封じられる。
無数の小さな稲妻が、龍の力を奪い取っていく。
「ああああああーーっ!」
龍の苦しむ声が聞こえた。
「母上っ!」
ドラミールはなんとか止めさせようとダークキングに魔法を放つ。
「フレイムガン!」
身を呈してダークキングを守る黒魔族。
「いいぞ黒魔族達よ! 奴らを足止めしろ!」
「くっ……!」
ミーアノーア達はダークキングに近づけない。
その間にも聖なる龍の力は吸い込まれていく。
ダークキングの腕を通り、龍の力が彼の中に入ってきた。
「これが龍の力……! 素晴らしい。わしの中に力が溢れている!」
聖なる龍の声が聞こえなくなった。
気を失ったのか。
「まあ、この位にしておこうか……。さて、試してみるとするか」
ダークキングはそう言って、ハッと気を発した。
その威力にミーアノーア達全員吹き飛ばされる。
「キャアアアアア」
したたかに体を打ち付けた。
「うう……」
ミーアノーア、ドラミール、スゥイ、数人の戦士達が立ち上がる。
戦士達はみんなスゥイに鍛えられた者。
そう、あのガウン達と一緒にグランドキャッスルを守っていた者達だ。
傷ついていたものの、戦意は衰えない。
「ほう、さすがだな」
ミーアノーア達の気迫を見てダークキングは言う。
「あの力を受けても倒れないとは。救世主とその仲間達は、なかなか楽しませてくれる」
ミーアノーアが答える。
「わたし達はあなたを倒すと誓いました。死んでいった人達のためにも、この程度では諦めません。たとえ、あなたの力が強くても」
「ならばわしも全力でお前を潰す。さぁ、行こうか」
「来なさいダークキング!」
再び、激しい戦闘が始まった。