迫る闇
その闇は、今まさに、パラダイスワールドにぶつかろうとしていた。
平和な大地に、何が起ころうとしているのか?
ドッカーン。
朝の澄んだ空気を裂くように、巨大な黒い稲妻が地上を襲った。
「キャアアアアッ……!」
悲鳴を上げて逃げ出す人々。
黒き塊が霧となり、パラダイスワールドを覆っていく。
たちまちその場は戦場となった。
女官達の声を聞いて飛び出してきたグランドキャッスルの戦士達と、闇から生まれし兵士、つまり魔兵士達との戦いが始まった。
「どういう事なの? 一体これは?」
城の頂上から様子を見ていたミーアノーアとスゥイも駆けつけた。
「ミーアノーア様。スゥイ殿」
城を守っていた兵士達が寄ってきた。
「一体これは、どういう事なのです?」
「実は、突如黒き稲妻が天より降りてきて、一瞬の内に闇が支配してしまったのです」
「闇が……」
兵士の話を聞いたミーアノーアが、何かを思いだしたように空を眺めた。
「パラダイスワールドを、闇が覆っていく。まさか、あの夢は……!」
「ミーアノーア様。ミーアノーア様」
スゥイの声で我に返るミーアノーア。
ハッとして周りの様子を伺う。
魔兵士は次々と数を増やし、城の兵士や戦士達も苦戦を強いられていた。
「スゥイ」
「はっ。何でしょうか」
「直ぐにみんなをグランドキャッスルに避難させて。みんなの安全を守る方が大切です」
「はっ。かしこまりました」
ミーアノーアの命を受け、スゥイが住民達を避難させていく。
「さぁ、ミーアノーア様も早く城へ」
「分かりました」
ミーアノーアを含むパリークの人々は、グランドキャッスルの中に集まった。
グランドキャッスルは、こういう事態を予測して、丈夫に作られている。部屋がたくさんあるのも、住民達を保護するためだ。
幸い、襲撃を受けたのは、まだパリークだけのようだ。
パラダイスワールド全体じゃない。
「これからどうなるの? わたし達……」
「分からない」
怯える人々の声を背に、ミーアノーアとスゥイは窓から外の様子を見ていた。
魔兵士は建物を破壊し、手に持ったたいまつで燃やしていく。
「ひどい……」
ミーアノーアとスゥイが同時に同じ言葉を言った。
二人とも魔兵士のやり方には黙ってはいられない。だが、街の人々同様、どうすることもできなかった。
「ミーアノーア様……」
スゥイがミーアノーアの方を見る。
ミーアノーアはそれに気付いて答えた。
「とにかく、攻撃が止むのを待ちましょう。今戦えば、この人達も巻き込んでしまうわ」
悲しそうな目で、彼女は住民達の方を見た。
ミーアノーアの気持ちを察して、スゥイも静かに、コクンとうなずいた。
攻撃は夜になったら止み、辺りはすっかり静けさを取り戻した。
コトコト。
階段を降りて行く人影が、ランプの灯りに写った。
目の前の木のドアをその人物が叩く。
部屋の中から出てきたのは、ミーアノーアの騎士スゥイであった。
「ミーアノーア様?」
スゥイが目の前にいる女性に話しかける。
ミーアノーアが笑いながら言った。
「部屋に入れてスゥイ。話があるの」
二人の影が部屋の中に消える。
ランプを机の上に置くと、ベッドの上に腰かけているミーアノーアの姿が写った。
「何ですか? 話って」
カップの中に温かいスープを入れたスゥイが、ミーアノーアにそれを渡し、横に座る。
「実はね……」
スープを一口飲んだミーアノーアが喋り出す。
「わたし、明日の朝、牙龍の谷へ行こうと思うの」
「な、何ですって……!?」
「あの谷には聖なる龍が住んでいて、その龍の涙で作られた聖剣があるとか。闇に包まれたこの場所を守るためにも、力が必要なの」
「それはそうですが、あの谷は怪物の棲みかですよ。そんな所にお一人で……」
スゥイが驚いて、ミーアノーアを止めようとするのも無理はない。それ程危険な谷なのだ。
パラダイスワールドの南西部、マジック村のすぐ近くにその牙龍の谷はあるのだが、そこだけ切り取られたように、陸地は繋がっていなかった。
そこは聖地のものではなく、魔空間の闇の影響でたくさんの怪物がうろつく、恐ろしい魔力で囲まれた谷なのだ。
今まで、幾人もの人がその谷に挑んだが、闇に阻まれ、無事にたどり着くことはできなかった。しかし、その谷の奥深く、龍の穴と呼ばれる洞窟には、聖なる龍が住んでおり、救世主と言われる者を待っているといわれていた。
「確かに、谷への行き方も詳しいことは分からないわ。けど、夢を見たの。金色に輝く龍が、わたしに向かって話しかける夢。龍は言っていた。パラダイスワールドに闇が迫っていると。わたしはここで待っていると。あの夢がもし予知夢だとしたら、わたしが行かなければいけない気がするの」
「ミーアノーア様……」
「それに、谷へ行く途中で、他の村の様子を見ることができるわ。もし闇がそこまで迫ってきていたら、避難を促すこともできる。だから、お願いスゥイ。わたしを行かせて」
ミーアノーアの必死の頼みに、とうとうスゥイは折れた。
「分かりました。でも一つだけ言っておきますが、決して無茶はしないで下さい」
「分かったわスゥイ。約束する」
ミーアノーアとスゥイが見つめ合う。
そして、彼女は自分の部屋に帰った。
だが、スゥイはミーアノーアのことが心配で、その夜は眠る事ができなかった。