罪と罰
ある日の午後。ドラミールはいつものように外で風に吹かれていた。今日の戦士達の訓練はスゥイの番。ミーアノーアは今頃、子どもの世話をしている。
小さな頃からドラミールは、こうして風に吹かれるのが好きだった。
聖なる龍はたまに谷の外に飛ばしてくれる。牙龍の谷で剣や魔法の修行に明け暮れていたドラミールにとって、それは至福の時間だった。
晴れた日は、遠くまで見渡せて気持ちいい。そして人間達が住む村を見ながら、ドラミールは本当の家族のことを考えていた。
自分は何故、牙龍の谷にいるのだろう。みんなはどこにいるのだろう。
もちろん、聖なる龍には言わない。悲しむことが分かっているから。
牙龍の谷は、まるで迷宮のよう。出てくるモンスターも繰り出される罠も、日によって違う。ただ、上から下に降りるのだけは確かだ。そうすれば龍の穴に着く。逆に龍の穴からは、上に行く入り口さえ見つければ、外に出られる。
小さい時は龍の力を借りていたが、魔法や剣術を覚えるにしたがって、モンスターを倒せるようになり、自力で外に出られるようになった。ロープや丸太など、道具を工夫して使い、運動能力もアップした。
聖なる龍はだんだん強くなるドラミールを喜んで見ていた。修行の場所としては、牙龍の谷は最適の場所だったのだろう。そして立派な戦士となった彼を、龍はミーアノーア達の所に送り出した。
彼女達と出会ったことは、ドラミールにとってとても嬉しいことだった。初めて仲間という存在を感じ、親友を得た。ずっと牙龍の谷にいたら、経験できなかっただろう。
同じ人間と話すのは初めてじゃない。他の村で買い物をしたり、子ども達と触れあったり、時には恋愛をしたり。けど、こんな風にずっと仲間として黒魔族と戦うことは初めてだった。
「もう一年経つのか……」
聖なる龍は元気だろうか。大きくなるにつれ、育ててくれた龍に感謝を覚え、本当の家族に会いたいとは思わなくなっていた。
しかし、気になることが一つだけある。
龍が自ら動いて穴から出るのを、あまり見たことがないのだ。ずっと一定の場所から動こうとしない。気や魔法を使ったことはある。料理は、ドラミールが自分で作っていた。龍は、草やドラミールが採って来た木の実を好んで食べていた。時には、やっぱり肉も食べるが。それでも、まるで罰を受けているように穴の中に閉じこもっている。
何故なんだろう?
ドラミールはそれが引っかかっていた。
「そろそろ戻ろうか」
戦士達の訓練が終わった頃だろう。ドラミールはグランドキャッスルに戻る準備をした。彼がいる所は花壇の近くの木の下。ここがお気に入りの場所だった。
ふと、誰かの気配を感じる。
ミーアノーアやスゥイじゃない。
「誰だ?」
「わしだよ」
その者はドラミールの後ろにつく。
「!!」
その闇の気配に、ドラミールは剣を握り斬りかかった。
「ダークキング!」
ダークキングはサッと避ける。
「慌てるな竜王子。わしは戦いに来た訳ではない。ミーアノーアの赤子を見に来ただけだ」
「何っ!?」
ミーアノーアの子どもに何かするのではと、ドラミールは警戒した。
「冗談だ。本当はこれを渡しに来た」
白い紙を手渡す。
「これは、挑戦状……!」
内容を確認したドラミールは驚く。
「そうだ。それをミーアノーアに渡せ。それと竜王子。お前聖なる龍に疑問を抱いているな?」
「何か知っているのか?」
「フフフ。全てはその時に教えてやろう。せいぜい準備を整えておけ。こちらとしても、万全な態勢で最後の決着をつけたいからな。では、さらばだ」
音もなくダークキングは消えた。
ドラミールは戸惑っている。
「一体、母上の何を知っているんだ……?」
とにかく、ミーアノーアに手紙を渡そう。
全てはそれからだ。
ドラミールはグランドキャッスルの中に消えた。
中に入ると、ちょうど司令室の前でミーアノーアとスゥイに出会った。赤ちゃんは、眠っているようだ。
ドラミールは早速手紙を渡す。
「ダークキングに会ったの!?」
ミーアノーアは驚きながらも手紙を読んだ。
スゥイも脇から覗き込む。
〈挑戦状。救世主ミーアノーア。
二週間後、場所はチルルの丘の上で待っている。
お前と最後の決着をつけたい。ダークキング〉
チルルの丘はパラダイスワールドの中央付近にある小高い丘だ。
「どうするミーアノーア。この勝負受ける?」
不安そうにドラミールが尋ねる。
ミーアノーアは少し考え、迷いを振り払うように笑った。
「もちろんよ」
彼女の答えには力強さがあった。
「分かりました。俺はみんなを司令室に呼びます。決戦までの準備をしましょう」
「分かったわ」
スゥイが戦士達を呼びに行く。
決戦まで二週間。できることはやっておかないと。
運命の時は待ってくれないから。
司令室。戦士達に二週間後の事を説明したあと、ドラミールがある提案をした。
「スゥイ。ミーアノーア。決戦まであと二週間ある。戦いの準備をするのもいいけど、この間にやるべき事をやっておかないか?」
「やるべき事?」
ミーアノーアが何の事か分からず尋ねる。
「君たち二人の結婚式だよ。僕、君のドレス姿が見たいな」
「えっ、ええええ!?」
突然の提案に戸惑うミーアノーアとスゥイ。
「な、何を言うのドラミール。こんな時に」
「こんな時だからだよ。未来はどうなるか分からない。君は、後悔しないの?」
「うっ……」
ズバッとはっきり言われてしまう。
その雰囲気に、戦士達も乗って来た。
「ミーアノーア様。我らもドラミール殿の意見に賛成です。二週間という期限を切った以上、ダークキングの軍勢は攻めて来ないでしょう。彼らも疲弊しているのだと思います。その間に是非、式をお挙げ下さい。死んだデンカ達も、きっとお二人の幸せを願っています」
「ええ。我ら一同、喜んで祝福させて頂きます」
「みんな……」
ドラミールや戦士達の提案を受け、ミーアノーアとスゥイは素直に喜んだ。
「ありがとうみんな。じゃ、そうさせて貰うね」
ドラミールは笑顔で言う。
「よし。それじゃ式の準備だ!」
彼は戦士達と司令室を飛び出した。
その日、ミーアノーアとスゥイが結婚式を挙げるという話は、瞬く間にグランドキャッスル全体に広がった。
女官達も生き生きしている。
彼女達はこの日の為に、密かにミーアノーアとスゥイの衣装を用意していたのだ。
噂はやがてパリークを飛び出し、パラダイスワールド全土を駆け抜けた。
式の当日は二人の事を祝おうと、大勢の人が訪れた。
白いドレスに身を包んだミーアノーアが、ドラミールに手を引かれ歩いて来る。
神父の前では、これまた白い衣装を着たスゥイが待っていた。
普段の見慣れた戦闘服とは違って、こうして女性らしい華やかなドレス姿だと、違った印象に見える。
今日はまた、一段と美しい。
スゥイは赤い顔で、新婦に見とれていた。
人々の間から祝福の声が漏れる。
「ミーアノーア様、スゥイ殿。おめでとうございます!」
「どうかお幸せに」
二人は幸せを噛みしめながら、永遠の愛を誓った。
そして、ダークキングとの約束の時。
ミーアノーアの軍は、戦える戦士と、傷を治す女官合わせて五百人ほど。
この決戦に向けて、国中からかなりの志願兵が集まってくれた。
それにミーアノーア、スゥイ、ドラミールがいる。
グランドキャッスルにはまだ赤子のサイーダと、世話をする女官と城を守る兵士が残った。
戦うことのできない住民達も、ミーアノーア達の無事を祈りながら、戦いの行方を見守っていた。
チルルの丘には、すでにダークキング達が来ていた。
彼ら黒魔族は、ミーアノーア達より多い千人近くが集まっていた。
この二週間で、彼らも魔空間から集結したのだろう。
しかし戦いは数じゃない。
ミーアノーア達には勇気がある。
ダークキングがミーアノーアを見つけた。
「逃げずによく来たな。ミーアノーア」
「わたしは逃げません。あなたを倒すまでは」
「お別れの挨拶は済んだのか? それなりの時間は与えたはずだが」
「お別れの挨拶? いいえそんな物は。ただ、やるべき事はやって来ました」
「ならばいい。それにしても、我らの因縁も長く持ったものだ」
「そうですね。しかし、それも今日で終わりです。決着をつけましょう」
「望むところだ」
ダークキングとミーアノーアのにらみ合い。
バチバチと火花が散る。
「それじゃ始めようか。者供、かかれ!」
ダークキングの命を受け、黒魔族が襲ってきた。
「こっちも行きましょう!」
ミーアノーア達も負けじと攻める。
ガシッ、バシッ。
血しぶきが舞う。
あちこちで激しい叫び声が聞こえた。
「とりゃーっ!」
「てえええーっ!!」
敵味方問わず、たくさんの人が地に倒れた。
「ロック!」
ドラミールの魔法で巨大な岩が何個も落ちる。
「やるな竜王子。魔法は全部聖なる龍から教わったものか?」
「そうだ。母上は優しくて強い龍だ!」
「その優しさが、自分の犯した罪からきているとしてもか?」
「何っ!?」
ドラミールの動きが止まる。
ダークキングは嬉しそうにニヤッと笑った。
「そうだ。聖なる龍は罪を犯している。その罪を償う為、自らあの穴の中に閉じこもったのだ」
「どういうことだ?」
「知りたいか? ならば教えてやろう。聖なる龍は牙龍の谷の近くにあった村、マジック村を、その力で滅ぼしている」
「……!!」
「牙龍の谷の魔力に触れてな。そして竜王子ドラミール。お前はそのマジック村のただ一人の生き残りだ」
「……う、嘘だ」
「嘘ではない。聖なる龍は建物の隙間にいた赤子のお前を見つけて、自分の子どもとして育てることにした。牙龍の谷に閉じこもったのは、マジック村を滅ぼした罰として、中からこれ以上闇が広がらないように抑え込む為だ。自分の命を削りながら。これが真実なのだよ。竜王子」
「くっ……!」
ドラミールの顔が青くなる。
彼は天に向かって叫んだ。
「母上。教えて下さい。今の話は本当ですか? 母上が、僕の家族を、殺したと……?」
聖なる龍の声が聞こえてきた。
「ドラミール……」
「母上っ!」
聖なる龍の声は泣いていた。
「ごめんなさい。ダークキングの言うとおり、全ては、わたしの罪です」
「そ、そんな……」
「あなたに真実を伝えなかったこと、謝ります。母親として、息子を失う恐怖があったのです。ごめんなさい。せめてあなたを立派に育てることが、わたしの償いでした。あなたの家族を奪い、故郷を奪った罪は消えません。ですから、これ以上闇が広がらないように、穴の中から抑えようと思ったのです」
「あ、ああああーーっ!」
ドラミールが頭を抱えて泣き叫ぶ。
その顔は怒りに満ちていた。
「ドラミール!」
ミーアノーアが何かを感じた。
ダークキングが誘う。
「いいぞ竜王子。そのまま闇の力に包まれろ。そして、憎き世界を壊せ!」
「ああああーーっ!」
ドラミールは頭を抱えたまま悩んだ。
「ドラミール! だめっ!」
ミーアノーアの叫びが響いた。




