悲劇の始まり
それから一年が過ぎ、ミーアノーアは可愛い女の赤ちゃんを産んでいた。名前はサイーダ。顔はミーアノーアとスゥイのいい所を取ったらしい。目がパッチリとした子だった。肌は白く、髪はスゥイに似て金髪。とにかく、この子は将来美しく育つと、誰もが予想していた。
ミーアノーアの妊娠中は、スゥイはもちろん、ドラミールや女官達、街の方々など、さまざまな人達がサポートしてくれた。戦闘中は、剣をふるって激しい攻撃ができないため、前衛はスゥイとドラミールに任せ、ミーアノーアは後方に下がり、魔法で援護をしていた。ちなみにまだ、スゥイとミーアノーアは夫婦になっていなかった。今は黒魔族との戦いの最中なので、結婚は後回しにしていたのだ。
みんな、子どもが産まれるのを楽しみにしていた。
そう、彼らもきっとーー。
それは、妊娠八ヶ月目の事。ミーアノーアのお腹は、すっかり大きくなっていた。
お腹の赤ちゃんに毎日話しかける。
スゥイもお腹に手を当てたり、顔を近づけたりして、その日を楽しみに待っていた。
初めての妊娠だったから不安もあるけど、みんながサポートしてくれるから怖くないよ。だから、あなたも元気で産まれてきてね。ミーアノーアの言葉に返事をするように、赤ちゃんはお腹を蹴ってくる。
「スゥイ、またお腹を蹴ったよ」
「それは元気な赤ちゃんです。早く産まれておいでよ」
「お父さんになるんだものね。スゥイ」
「ミーアノーア様もお母様ですよ」
「クスッ。そうね」
通路を歩く二人が微笑ましい。
「やぁ、ミーアノーア。スゥイ」
「ドラミール」
ドラミールが手を振り歩いてくる。
訓練場で、戦士達と訓練した帰りだろう。
彼はスゥイと交代で、戦士達の訓練を引き受けていた。
彼のように、魔法剣士になりたい者も多くいる。
「魔法を教えるのも大変だろう。悪いな、ドラミール」
「いや、そうでもないよ。基本的なことを覚えればあとは簡単。要は自然のエネルギーを借りればいいから」
「そうか。これで黒魔族で特殊な技を使う者にも、対抗できるといいな」
「うん、そうだね」
元人間だった黒魔族の中には、その時に身につけた特技や趣味を利用して、特殊な攻撃をする者がいた。
そればかりではない。元は普通に暮らしていた動物達も、闇に触れた途端魂が黒く染まり、黒魔族のモンスターとして覚醒していた。
それらの強力な敵と戦うには、こちらも戦力を増やさないといけない。戦士達が魔法を覚えてくれることは、ミーアノーア達にとっても嬉しいことだった。
彼らが攻めて来たのは、そんな矢先のこと。
ドゴォン。
グランドキャッスルを衝撃が襲った。
塔が左右に揺れる。
「な、何?」
パニックになる住民達を、スゥイとドラミールが部屋の中に避難させる。
「ミーアノーア様!」
窓から外の様子を見る。
揺れがおさまった時、闇の中から現れたのは、ダークキングと数人の黒魔族だった。
「ダークキング!」
窓を開けて叫ぶ。
スゥイとドラミールが外に飛び出そうとするが、
「無駄だ」
グランドキャッスル全体に、結界が張られていた。
これでは外に出ることはできない。
ダークキングが叫ぶ。
「どうだ。お前達はこれで外に出ることはできない。これで塔ごとお前達を倒すことができる」
「どういうことだ?」
「ここにいるこいつら、何だと思う?」
ダークキングは縦一例に並んだ黒魔族を指さした。
「こいつらの体の中に、爆弾を仕込んである。そして、こいつらを塔に突進させる。これでお前達も終わりだ」
「何だって!?」
「フフフ……。さぁ、じっくり行こうか」
ダークキングが黒魔族に命令を出す。
一番前の者が走る。
「させない!」
黒魔族の脇から誰かが追いついて来た。
黒魔族の前に立ち塞がり、斧を振り回す。
「ガウン、戻って来たのか!」
グランドキャッスルの中からスゥイが叫ぶ。
ガウンの振り回した斧は黒魔族に直撃して、天高く飛ばした。
黒魔族はそのまま爆発。木っ端微塵になる。
「スゥイ殿、ミーアノーア様。ここは、我らにお任せを!」
ガウンはスゥイが火山に捕まった時、弱ったスゥイを背負ってくれた、力のある戦士。それだけではない。双子のライとカイ。ひょうきんなミルディ。気弱なジュール。無口なデンカ。
彼らは別な所でモンスターを退治していて、戻って来た所だった。
グランドキャッスルの前に立ち、武器を構える。
「無茶だ。お前達だけじゃ!」
「しかし今我らが闘わねば、グランドキャッスルは爆発してしまいます。それに、ミーアノーア様は身重のお体。スゥイ殿、あなたは父親になられるのですよ。大事なお二人を、死なす訳にはいきません」
「待てお前達! 死ぬ気か!?」
「先に行きます!」
ガウンが突っ込んだ。
次の黒魔族は女の戦士だ。
ガウンが突撃してきたのを見て、背中の弓矢を構える。
ガウンはうまく避けたつもりだったが、両腕に食らってしまう。
女の戦士は塔に向かって進む。
ガウンは痛む腕で斧を投げつけた。
振り向いた女の矢が心臓を貫く。同時に、女にも斧が当たった。
女は爆発。ガウンは倒れ息絶えた。
「ガウン……っ!」
むなしいスゥイの叫び声。
「くそっ!」
双子の兄弟ライとカイが、仇を討とうとする。
律儀に黒魔族も二人組だ。
この双子の兄弟は、格闘を主体とした戦法だ。
双子ならではの息のあったコンビネーションで、黒魔族を翻弄する。
ライの鋭い連続の蹴りが決まった。
相手は空中に投げ出されるが、回転してうまく着地した。そして猛スピードでライに体当たりする。
「ぐはっ……」
グランドキャッスルに激突。壁に背中をつけたまま首を絞められる。
「ライ!」
カイが黒魔族の頭に向かってかかと落としをし、すんでの所で爆発からライと共に逃れる。
グランドキャッスルには大した被害はない。
が、そこで油断した。もう一人迫っていた。
「危ない!」
ミルディが叫ぶが間に合わず、その時には振り向いたカイがナイフで切られていた。
血の量が半端ない。
「カイ!」
ミルディ、ジュール、デンカが近づこうとする。しかし、ダークキングに邪魔された。
「やらせん!」
ダークネスパワーに飛ばされる。
ライは呼吸を整え、カイを切った黒魔族のボディにパンチを浴びせる。黒魔族は仰向けに倒れた。途端、ライの体を両足で挟んだ。
「は、離せ!」
黒魔族がニッと笑う。そして爆発した。
双子の兄弟は健闘むなしく、無念の死を遂げた。
「ライ、カイ……」
ミルディ達が失意の表情で、フラフラとやってくる。
「さぁ、面白くなってきたな。そっちはあと三人か。こっちは、わしを含めて五人いるぞ」
ダークキングが言った。
「止めて! もう止めてっ!」
塔の中からミーアノーアの泣き叫ぶ声がする。
「フハハハハハ! いい顔だなミーアノーア! 確かに、この人数では塔を壊すことはできんか。だが、わしを侮辱したこいつらは許せん。一人残らず殺してやろう」
ダークキングがニヤリと笑う。
ミルディ達の背中に、悪寒が走った。