それからの二人
「ミーアノーア。君はやっぱり、スゥイを選んだんだね」
スゥイとミーアノーアが結ばれたことを悟ったドラミールは、訓練場の壁に寄りかかるようにして寂しそうに呟いた。
最初から、分かっていたことだった。
二人の間には、特別な絆があると。
ただこの場所で、ミーアノーアが自分に向ける眼差しに、期待していたのも事実だった。
「フッ」
小さく自嘲する。
彼女がどちらを選んでも、お互いにいい友達でいよう。スゥイとの約束だ。だから、尚更つらい。
「スゥイ。僕は君が思うほど、そんなに大人じゃないよ」
回りには誰もいない。この呟きも聞こえない。
手を目頭に当てて上を向く。涙がこぼれ落ちないように。それでも一筋、熱いものが頬を伝う。
好きだった。本当に好きだったから。
彼はしばらく、そこで悔しさを堪えていた。
そして気持ちの整理がついたら、すっぱりと忘れよう。スゥイに任せられるように。
実は、女官三人が陰からその様子を見ていたのだが、ドラミールの気持ちを考え、近付かないでいた。声をかけたら、よけいドラミールは傷つくと思ったから。みんな、この三角関係の行方を、ハラハラしながら見守っていたから、スゥイの気持ちも、ドラミールの気持ちも知っている。そのさりげない優しさが、ドラミールの力になった。
一方の黒魔族。
ダークキングがパラダイスワールドに放った闇により、心を操られ、黒く染まる人達の数が、だんだん増えてきた。かつては仲良くしていた者達が悪に染まり、敵になり、破壊を繰り返すさまに人々は恐怖を覚え、嘆き悲しんだ。ミーアノーア達も頑張っているが、それでも間に合わない。
しかしそんな中、各地の街や村の人達の中から、自分たちも戦うという意思を持った者達が現れ、救世主達を助けてくれた。
もうパリークだけじゃない。パラダイスワールド国中が協力しなければ闇には勝てない。
なるべくなら、一般の人達を危険には巻き込みたくなかった。が、そんなことを言っていられる状況じゃないことも事実だ。そこで、一般の人達には後ろで援護してもらい、ミーアノーアたちは前線に出て、黒魔族を引き付けていた。
そんなある日ーー、
ミーアノーアはスゥイ、ドラミール、数人の戦士とお供の女官を連れて、ラキ村を訪れていた。この村は、今は村人一人いない。以前ミーアノーアが訪ねた時、闇の支配から逃れようと、村長以下村人全員北の方角に避難した。そのために草木が生える荒れ果てた土地になり、魔物の棲みかになってしまった。
今日彼女達は、その魔物を退治するためにここへ来たのだった。
村はまるで、森のようだった。闇の影響もあるのか。足元に、つたが絡み付く。
「ミーアノーア様、お気をつけて」
「ええ、スゥイ」
先頭を歩くミーアノーアを、スゥイが気遣う。
「それにしても、凄い木の根っこだね。ここまで太いとは」
ドラミールが地の上まではみ出した根を見て言う。
「本体の木も大木ですよ。って、ええ!?」
女官達のびっくりした声。その大木の枝が動き出した。
枝は女官達の体を掴もうとする。
「危ない!」
近くにいた戦士の一人が枝を切り落とした。
大木に顔が浮かぶ。
「ミーアノーア様、他の木も……!」
回りの木全てに顔が浮かんだ。
根っこを足のように動かし歩いてくる。
「どうやら、大木の姿をした魔物のようね」
冷静に、ミーアノーアは言った。
聖麗剣を抜く。
「仕掛けるよ!」
ドラミールの合図で、一斉に斬りかかる。
枝が鞭のようにしなる。
その攻撃を避けながら、剣で切り落とす。
10分もたたないうちに、大木は哀れな姿になった。
が、枝を切り落とされた大木は、ミーアノーア達を囲み、同時に倒れかかってきた。
その重さで押し潰されたらたまらない。
「ファイヤー!」
「フレィムガン!」
ミーアノーアとドラミールの魔法が炸裂。
大木は炎に包まれた。
「今のうちに!」
下敷きになる前に、みんなは逃げた。
大木は焼け落ち、黒い炭になる。
「油断しないでみんな! 多分次がくる!」
ミーアノーアの言葉に気を引き締める一同。
「クワァ」
空中から迫る影。
「ガルーダ?」
巨大な鳥の姿をした魔物が二匹向かって来た。
大きな翼を広げ、急降下してくる。
ビュッ。
くちばしに捕まる前に逃げた。
今度は急上昇。
空中にいるため、攻撃が当たりにくい。
ミーアノーアが狙いを定めて撃つ。
「アクアビーム!」
一匹のガルーダの腹に命中。バランスを崩して落ちる。怒りのもう一匹が口から火を吐いた。
「熱っ」
腕に軽い火傷を負うミーアノーア。ガルーダが突進する。
スゥイがミーアノーアを抱き寄せ庇いつつ攻撃。ガルーダの脇腹を斬る。
「ガウッ!」
間髪入れずドラミールの魔法が炸裂。
「エレクトロニック・サンダー!」
もう一匹のガルーダも戦士達の攻撃で沈黙していた。
村に静かな空気が戻る。
もう魔物はいないようだ。
女官の回復魔法で火傷を治療してもらい、パリークへ帰路についた。
しかしその途中、ミーアノーアはふらふらっと目眩に襲われた。
「ミーアノーア様っ!」
スゥイに支えられ、横になる。
すぐに女官が駆けつけ、おでこに手を当てられた。
女官は不思議そうな顔で言う。
「熱はないようです。一体、どうなされたのでしょう」
「疲れが出たのかも。ここのところ戦い続きだったから。とにかく、早く戻って医者に見てもらったほうがいいかもしれないね」
心配を隠せないドラミール。
スゥイがそっと、ミーアノーアを背におぶる。
「ミーアノーア様。パリークまであとちょっとです。もう少し辛抱して下さい」
「ありがとう、スゥイ」
何だか、目の前が暗くなってきた。
戦士達が、周りのガードを引き受ける。
無事にパリークに到着。
すぐさまミーアノーアは医務室に運ばれた。
通路で、心配して見守る人々。
医務室の扉は閉じられたまま。
ミーアノーアはまだ治療中だ。
ガラガラッ。
扉が開き、医者と女官が出てきた。
スゥイが医者に駆け寄る。
「ミーアノーア様は、無事なんですか!?」
スゥイは医務室の前でずっと祈っていた。
ミーアノーア様が、無事でいますように。
医者はニッコリ笑顔で言った。
「ええ。少し疲れはあるようですが、何も心配ありません。それと、一つ気付いたのですが」
「何か?」
「ミーアノーア様は、ご懐妊されています」
「えっ?」
「あなたの子ですよ。スゥイ殿」
人々の間から歓声が漏れた。
ドラミールが、スゥイに近づく。
「おめでとうスゥイ。親友としてお祝いさせてもらうよ」
ドラミールは自分のことのように喜び、スゥイと握手を交わした。
もうスゥイに嫉妬する気持ちはない。ミーアノーアとスゥイが幸せならそれでいい。
「ありがとうドラミール」
「ほら、早く彼女の元に行ってやれよ。一人にしちゃだめだ」
「ああ、そうだな」
スゥイは部屋の中に入る。
外では興奮した人々の声がまだ聞こえていた。
「スゥイ……」
「ミーアノーア……」
ベッドの端にスゥイは腰かけ、ミーアノーアと手をつなぐ。
「子どもが、できたんだって?」
「ええ」
「俺達の、子どもが……」
ミーアノーアに言われた通り、スゥイは二人きりの時には敬語を止めていた。その方が彼女とより親密になれるから。
「スゥイ……」
「えっ?」
ミーアノーアは泣きそうな顔をした。
「ごめんなさい。こんな時に妊娠して……。その、救世主なのに……」
彼女は救世主としての立場として、責任を感じているようだ。
「いや」
スゥイは首を振り、優しく慰める。
「お前のせいじゃない。俺の責任でもあるんだ」
「スゥイ……」
「自分を責めないでくれ。子どもに罪はない。それに、俺はお前に、子どもを産んでもらいたい」
「本当? スゥイ」
「ああ。お前は今まで、ずっと頑張ってきた。少しぐらい休んでもいいはずだ。ドラミールも、自分のことのように喜んでくれた。他のみんなも。だからお願いだ。子どもを産んでくれ」
「スゥイ。分かったわ。わたし、あなたの子どもを産む。いいえ、産みたいの」
「ミーアノーア……」
ミーアノーアはクスッと笑う。
美しい。
スゥイはその唇に、触れてみたくなった。
「ミーアノーア。愛してるよ」
「わたしもよ」
目を閉じ、優しいキスをする。
一秒でも長く、この幸せが続きますように。
ミーアノーアはそう願った。