ミーアノーアの気持ち
ミーアノーアはいつの間にか、スゥイのベッドに倒れ込むように眠ってしまっていた。体に薄い毛布が掛けられている。気が付くと、ドラミールの姿がない。
「ドラミール?」
慌てて体を起こす。が、ハッとしてスゥイの方を見る。安らかな寝息だ。大きな声を出したことを後悔しながら、部屋の外にドラミールの姿を探す。
ドラミールは窓の側で風に当たっていた。
ミーアノーアが近づくと、爽やかな笑顔で挨拶をする。
「おはようミーアノーア。風が気持ちいいよ」
「ドラミール。おはよう。もう体の調子はいいの?」
「うん。だいぶよくなったよ。それより、君はスゥイの側にいなくていいの?」
「えっ?」
「いや、スゥイに寄り掛かって、気持ちよさそうに眠っていたから」
ミーアノーアは一気に頬が赤くなる。
何だか、恥ずかしい。
「もしかして、わたしに毛布を掛けてくれたのは?」
「うん。だって、あのままじゃ風邪引いちゃうでしょ」
「あ、ありがとう。って、ドラミールの方が具合悪かったのに……」
「おや。僕を心配してくれるんだ。これは光栄だね」
無邪気にはしゃいで見せる。
「何か、ふざけてる?」
ミーアノーアが一瞬不機嫌になった。
「あ、ごめんごめん」
その顔を見たドラミールは謝り、真面目な顔をする。
「ふざけていた訳じゃないんだ。ただ、あんな風に心配されるスゥイが羨ましくて」
「羨ましい?」
「うん。こんな時に悪いけど、これだけは言っておきたい。ミーアノーア。僕は、君が好きだ」
「えっ、ええええっ」
突然の告白に、ミーアノーアは動揺した。
最初は冗談かと思った。
だが、真剣な眼差しのドラミールを見て、本気だということが伝わってきた。
頬が熱い。
うまく話せない。
「ド、ドラミール、わたし……」
「焦らなくてもいいよ。急がないから。それに、君の心には……」
間近で顔を見られる。
ミーアノーアはますます動揺し、
「わ、わたし、スゥイの様子を見てくる!」
と、部屋に入ってしまった。
残されたドラミールは、
「ちょっと、やり過ぎたかな」
苦笑して、その場を後にした。
はあはあ。
まだ興奮している。
赤くなった頬を触って、ミーアノーアは何とか気持ちを落ち着かせようとした。
あんな風に、正面から男性に告白されたことは初めてだ。だから、戸惑ってしまい、ドラミールに嫌な態度をとってしまった。
(後で、謝りに行こう)
そうミーアノーアは思った。
その時、
「ミーアノーア、様……?」
ベッドの上で、スゥイが目を覚ましていた。
彼は驚いたような表情で、こちらを見ている。
「ミーアノーア様、どうかされましたか? 何か様子がおかしいのですが」
「な、何でもないの。それより、気がついたのね。スゥイ!」
ミーアノーアは慌ててごまかし、スゥイに駆け寄る。
「良かった。あなたがここへ運ばれた時、どうなるかと思ったけど、本当に良かった…!」
「すみません。ご迷惑をおかけして」
スゥイは精一杯の笑顔を見せる。
ミーアノーアは涙目になっていた。
「ううん。あなたが捕まった時、何もできなかったわたし達も悪いの。気がつかなくて、ごめんなさい」
「ミーアノーア様……」
「スゥイ……」
しばしじっと見つめ合う。
ふと、スゥイが気付いたように言った。
「そう言えば、ドラミールは、俺を助けに来てくれた戦士達は無事ですか?」
ドラミールの名を聞いたミーアノーアは、戸惑いながらも答える。
「ええ。戦士達は無事よ。ドラミールも、ね」
スゥイは何かを感じた。
「ドラミールと、何かあったのですか?」
「えっ?」
「この部屋に入って来た時、あなたは様子がおかしかった。もしや、ドラミールと、一緒だったのでは?」
ミーアノーアは黙り込み、スゥイを見つめる。
そして、フッと笑った。
「やっぱり、勘がいいのね。そう、ドラミールといたの。いきなり告白されてびっくりしちゃった」
「えっ!?」
ミーアノーアはその時のことを詳しく話す。
スゥイの顔色が変わった。
穏やかな表情とは一変、怒りがにじみ出ている。
「スゥイ、どうしたの?」
「ミーアノーア様。すみません。俺、ドラミールに会って来ます」
拳を握る。
「ちょっと待って! 会いに行くって、まるで殴りに行くみたいじゃない!」
「ええ。そういう気分です。今は」
いつもの冷静なスゥイじゃない。ミーアノーアは必死に止めた。
「スゥイ待って! どうして……」
「一つドラミールに感謝するなら、俺の感情を呼び起こしてくれたことです。まさか、こんな気持ちになるなんて……」
「スゥイ……?」
スゥイはミーアノーアをギュッと抱きしめる。
「ミーアノーア様。俺は今、ドラミールに嫉妬しています。あなたを取られそうで怖い。俺は……。俺もあなたのことを……」
ミーアノーアは黙ったままスゥイを抱き返す。
ここ最近の女官達の噂から、スゥイが気になっているのは自分じゃないかということに、ようやく気付いた。ただ、彼女はまだ自分自身の気持ちが分からない。誰が好きかということも。でも、今目の前にいるスゥイは放って置けない。
「スゥイ、落ち着いて聞いて。わたしはまだ、ドラミールに返事をしていないの。それに、わたし自身、自分の気持ちが分からなくて。だから、少し時間をくれないかな?」
「ミーアノーア様……」
「お願いスゥイ。その怒りの拳を収めて。ドラミールを殴りに行くなんて言わないで」
ミーアノーアに抱きしめられたことで、スゥイの気持ちは落ち着いてきた。
「分かりましたミーアノーア様。拳を収めます」
「スゥイ、ありがとう」
二人はお互いを抱きしめていた手を下ろした。
「それじゃ、スゥイも元気になったことだし、わたしは自分の部屋に行くね。あなたはどうする?」
ミーアノーアの笑顔につられて、スゥイも笑った。
「俺も戻ります。ミーアノーア様。本当にありがとうございました」
「じゃ、また後で」
「はい」
ミーアノーアが出て行った後、スゥイも歩き出した。
訓練場で、スゥイとドラミールが顔を合わせたのは、それから二時間過ぎた後だった。他には戦士達がいて、スゥイの無事を喜びあい、それから、スゥイの頼みで戦士達はいなくなり、ドラミールと二人きりになった。
スゥイはドラミールに、ミーアノーアとのことを問いただす。彼はミーアノーアを思っていることは本当だが、スゥイにも友情を感じていると言った。スゥイは、医務室でミーアノーアに、自分も告白めいたことを言ったと伝える。ドラミールはそれを喜び、彼女がどちらを選んでも、仲良くしていこうと告げる。スゥイは、彼の懐の大きさに感激し、ずっと友でいたいと思った。
そして次の日の夕方。
急に外で大きな音がしたと思ったら、ダークキングの太い声が聞こえてきた。
「ミーアノーア。今日は、確かめたいことがあって来た!」
ミーアノーアとスゥイ、ドラミールが外に出る。
「ダークキング、何しに来たの?」
「ほう」
ダークキングはスゥイとドラミールの姿を確かめる。
「スゥイと竜王子ではないか。やはり、生きていたのだな。地下空洞は崩れ落ち、人の気配も無かった。だが、何か大きな気を感じたのでな。よもやと思ったのだ」
「それで、俺達を倒しに来たのか?」
スゥイがダークキングに突っかかる。
「そうだな。まあ、今日は確かめに来ただけだ。わし達の戦力も減っているのでな。だが、次はその女を殺してやろう」
「ミーアノーア様は、俺達が守る!」
「命に代えても、か。それもいいだろう。一度は死にかけたお前達だ。死は恐れてないようだ」
(スゥイが、死ぬ……?)
ダークキングの言葉に、ミーアノーアは、不安に襲われた。
胸の奥が、苦しい。
何だろうこの気持ち。
今まで感じたこともない程に、ざわついている。
(わたしは……)
小さい頃からずっと見て来たスゥイの笑顔が、頭の中に浮かぶ。
自分の心に問いかけて見る。
わたしが好きなのは、スゥイなの? ドラミールなの?
(そうだ、わたしは……)
スゥイに、死んで欲しくない。側にいて欲しい。
ようやく分かった。
ダークキングは本当に偵察に来ただけのようで、すぐに消えた。
「ミーアノーア様、ダークキングは去りましたよ」
彼女はボーッとしていたが、スゥイの声にハッとする。
「ええ、ごめんなさい。そうね」
スゥイは、ミーアノーアが疲れていると思い、部屋に運んだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。あなたが、ダークキングに殺されるんじゃないかって思って……」
ミーアノーアは心情を吐露する。
スゥイに、死んで欲しくないのだと。
「ミーアノーア様……」
「やっと分かったの。わたし、あなたが好きだって。側にいて欲しいって。だから昔のように、二人きりの時は敬語を止めて欲しい。その方があなたともっと近づける」
涙目で見つめる。
スゥイは感激して涙を浮かべていた。
「ミーアノーア……っ!」
スゥイは、彼女を抱き上げ、ベッドに運ぶ。
口づけを交わした。
下で見つめる瞳が、艶っぽい。
ドキン。
「う……」
その体に、触れてみたい。
ミーアノーアが囁く。
「スゥイ……」
「あ……」
「いいよ。わたし、あなたとなら」
我慢できそうにない。
スゥイはそっと、ミーアノーアの首筋にキスをする。
そして、二人は、結ばれた。