小さな嫉妬
「スゥイ、僕に遠慮してない? 何だか、嫌われているようで不安なんだ」
ドラミールはストレートに聞いてきた。
スゥイは何でもないという顔で否定してみる。
「そんなことありませんよ。あなたは仲間ですから」
「そうかなぁ? 他の人達は僕に対してくだけた物の言い方をする時があるけど、君はずっと敬語だし」
「……っ」
ドラミールは時々、人の心を見透かしたような言い方をする。実際、そういうのに鋭いのかもしれないが、ここまで読まれるとは。
「ねえスゥイ。君とは年も近いし、同じ剣の使い手でもある。友達になりたいな、と思っているんだ」
子供っぽい笑顔を見せる。
この素直さが、ドラミールの魅力だ。
優しいし、誰とでも打ち解ける。話上手で、相手の気持ちにも寄り添える。逆にスゥイは、騎士という立場から、自分の気持ちを抑えてしまう部分があった。
だから内心、ドラミールを羨ましいと思っていた。
「スゥイ?」
「えっ? ……あっ、はい」
ボーッとしているスゥイの顔を、ドラミールが覗き込む。
全てを見透かしているような瞳。
「大丈夫?」
「はい。すみません。あなたは俺より年上ですから、敬語を使うのは、当たり前です」
「でも、君とは一才しか違わないよ」
スゥイとミーアノーアは同い年の二十一才。ドラミールは二十二才だ。
ドラミールは年の差など関係なく、誰とでも対等に付き合いたいと思っていた。
「ドラミール殿……」
「ほら、その殿っていうのもやめて。僕はただ、聖なる龍に育てられたというだけで、何も変わらない、君達と同じ人間だよ。偉くもないさ。それでもまだ、僕に遠慮することがあるのかい?」
「それは……」
ドラミールが確信をついてきた。
その時ーー、
「二人とも、どうしたの?」
ミーアノーアが通路の向こうから歩いてきた。
「ミーアノーア」
「ミーアノーア様」
スゥイ達は話を止めて彼女を見る。
「ごめんなさいね。もしかして、お話の邪魔をしちゃったかしら?」
「いいえ。そんなことはございません。ミーアノーア様こそ、如何なさいました?」
男二人で通路にいる事を不思議に感じたミーアノーアに、スゥイは会釈をかわす。
「実は、ドラミールを呼びに来たの。剣の稽古をして欲しくて」
ミーアノーアは、時々、ドラミールに剣を習っていた。元々、魔法は得意だった彼女だが、剣は本格的に習った事がない。ドラミールが仲間入りした事で、剣の先生ができて嬉しかった。スゥイは、戦士達のまとめ役なので、彼らの訓練で忙しい。戦士達は、平均年齢十七才の若者達だ。まだ未熟なところもある。スゥイがいなければまとまらない。それに、闇との戦いもある。ミーアノーアは、そんなスゥイの体を心配して、ドラミールに修行を頼んだのだ。
「分かりました。ミーアノーア様。俺は、外の様子を見て来ます。ドラミール殿、後はお願いします」
「スゥイ……」
スゥイは早々にその場を離れた。
本当は、仲のいい二人を、これ以上見ていたくない。
ミーアノーアは、ドラミールといる時、本当楽しそうだ。
頬が赤くなっている。
「ミーアノーア様、あなたは……」
心を落ち着かせるため、塔入り口のドアに手をかける。
「ふう」
深いため息をついた。
「スゥイ、どうしちゃったの?」
ポツンとその場に置き去りにされたようで、ミーアノーアは戸惑う。
「スゥイ……」
ドラミールは理解した。
スゥイが、自分を避けていると感じた訳を。
スゥイは、ミーアノーアの事が好きなんだ。
そして、ミーアノーアが自分と仲がいいのに嫉妬しているのだと。
「ドラミール?」
今度はドラミールが、ミーアノーアに呼ばれた。
顔をじっと見られる。
確かに、上品で美しい顔をしている。
気品も感じる。
スゥイでなくても、惚れてしまいそうだ。
「どうしたの?」
「何でもないよミーアノーア。さぁ、訓練場に行こう」
「ええ」
ミーアノーアの手を引きながらドラミールは思った。
スゥイ、自分で言わなきゃ、通じないよ。
雨は、いつの間にか晴れていた。
風が髪を揺らす。
さっきまで雨に濡れていた木々の葉に、雫がたまっていた。
雲に隠れて、まだ太陽は見えない。
(何でこんなに、心が痛むんだ)
スゥイは常に冷静であろうとした。
騎士として、戦士達のまとめ役として、落ち着いた態度を心がけた。
けど、
(まだ、俺も未熟だな)
ドラミールのことは、嫌いではない。
むしろ、仲良くなりたいと思っている。
それなのに、小さな嫉妬が、邪魔をしている。
自分でも分かっていた。
ミーアノーアに、好きだと言えたら楽なのに。
ただ、彼女は救世主で、自分は側にいて、彼女を守ると決めた身。
その一言が、その時のスゥイには重かった。
雨が晴れたのを見て、女官が野菜を取りに外に出てくる。料理に使うのだろう。スゥイの側を通り、挨拶をかわす。
その時、畑に隠れていた魔兵士が女官に槍を向けた。女官は声が出ない。スゥイが駆けつける。
「!!」
畑の回りを囲まれた。
スゥイは女官を逃がし、単身魔兵士に挑む。
ガッキーン。
金属のぶつかる音。
スゥイの技で、魔兵士は少しずつ減ってきた。
出入り口でその様子を眺めていた女官は、スゥイの後ろから近づく影に気がつく。
「スゥイ殿、後ろです!」
スゥイが振り向く。
「だ、だめぇぇぇぇぇっ!」
女官の悲鳴が響いた。