ヴァイオリンのはなし
童話風の書き方をしたくて書きました。
むかしむかし、あるところに、旅をする小さな楽団がありました。
街を訪れては演奏をする集まりです。
その楽団の中に、ヴァイオリンを弾く男と、歌を歌う女がいました。
あまりにも昔の話なので、二人の名前は分かりません。
男は女に、
「歌を歌っているときの目が好きだ」
と言いました。
女は男に、
「ヴァイオリンを弾いているときの手が好き」
と言いました。
二人は楽団一の恋人になりました。
けれどある日、女は病にかかりました。
それは薬のない不治の病で、数年後、女は息を引き取りました。
男は悲しみのあまり、楽団を去り、ヴァイオリンを捨ててしまいました。
「まったく瘉える気配のないこの悲しみのままでは、演奏なんて出来やしない。きっとこの世に神なんていないのだろう。私から彼女と演奏させる心を奪うなんて、悪魔以外に考えられない」
男はひとりで家に引きこもり、誰とも会わないようつとめました。
そんな男を心配した楽団の友人が、生まれたばかりの仔馬を連れて、男のもとを訪ねました。
「家にずっとひとりでは息が詰まる。この仔馬をあげよう」
男は仔馬を見て、ハッとしました。
仔馬の瞳の色が、恋人に、どことなく似ていたのです。
男は仔馬を引き取り、手塩にかけて育てました。
馬は健康に育ち、運び仕事もよくこなしてくれるので、男は不自由のない生活を送っていました。
ですが、それも長くは続きませんでした。
馬はやがて寿命を迎え、安らかに眠りました。
再び男が悲しみに暮れていると、馬をやった友人が、楽器職人を連れてきました。
友人は、職人に馬の尾で弦を作らせました。
かつてヴァイオリン弾きだった男のために、死んだ馬をヴァイオリンという形で、再び男に与えました。
男はしばらく悩みました。
もしかすると友人は、最初からヴァイオリンを弾かせるために仔馬を与えたのではないだろうか。
だとしたらなんと姑息で、そしてなんと酷なのだろう。
楽器ひとつ演奏させるために、友人は大切に育てた馬に死なれるという悲しみを同時に味わわせたのです。
それに、長いこと弾かなかったヴァイオリンを、今更弾けるものかと思いました。
しかし、楽器は音を奏でなければ、ただの置物でしかありません。
また、酷なこととはいえ、友人がわざわざ職人を連れて来てまで、時間をかけて作って与えたヴァイオリンを、一度も弾かないというのも申し訳ない。
少しだけ、とヴァイオリンを手に取りました。
するとどうでしょう。
今まで男が奏でてきたどんなヴァイオリンよりも美しく、凛とした音色が現れました。
まるで、かつての彼女の歌声のようでした。
ヴァイオリンの音色を聞いた男は、彼女の歌声と、最初に仔馬に会った時の瞳を思い出しました。
次第に、この馬は彼女の生まれ変わりではと考えた男は、今までの時間を巻き戻すかのようにヴァイオリンを奏で続けました。
やがて楽団に戻り、男のヴァイオリンは一躍有名になり、楽団のシンボルとして、語り継がれていきました。