1-5「準備万端?!」
月は万物を慈しみ大いなる愛情を注ぐ。
しかし、自分にとってこの愛情こそ、忌むべきものだった。
世界を呪い、自分自身を呪い、月を呪った。
そう、彼女に会うまでは。
人に言わせれば、それは一瞬の逢瀬。泡沫の夢。
自分にとっては、それは世界の全てを変えた永久の記憶。
お願いだから。
愛しい君よ、早くこの腕の中へ。
第1章5話〜準備万端?!〜
剣術、魔法、史学、教養、文字、馬術・・・・
日々の目も眩みそうな怒涛の講義も最終段階を迎えていた。
自分の研究なんてどこ吹く風といわんばかりに手取り足とりで教えてくれるサライ大先生。
「自分の研究は大丈夫なのー?」
と、心配半分・講義減への期待半分で聞くリンに大先生はさらっと微笑む。
「私は仕事より家庭を優先する男ですよ」
リンちゃんったら赤面。
「う、うん。だって私、サライの養女、だもんね」
あははと乾いた笑いをおまけにつけとく。
サライはというと、やはり楽しそうに笑っている。
リンが来てからというもの、サライの笑いはバリエーションが大幅に増えた。
サライスマイル改とでもいったところか?
穏やかな笑みがもともと好評だったサライだが、彼の様々な種類の笑みを網羅しているのはリンだけであろう。
しかし、そんな二人の日常もあと一週間で、一端の区切りを迎えることになる。
宮仕え、もうそんな時期になってしまったのだ。
講義の総まとめに加え、荷造りの準備や書類の申請が慌しく行われた。
そういえば、今日は新しい衣装が届くんだっけ?
元の世界とは全然違うメルヘンチックな衣装達が我が家に届くわけだ。
選びたい!と言った時には、サライがもう注文し終えた後だったので、ちょっと残念だったわけだけど・・・。
まぁこうやってプレゼントを待つ子どものようにドキドキするのも悪くないかなって思う。
「さぁ。お待ちかねの荷物が届きましたよ」
わお!
どんぴしゃのタイミング!
衣装缶ごと頼んだのだろうか。
精巧な彫刻が施された美しい木箱が目の前に置かれる。
開けていい?!っとはやる気持ちを抑え、サライに問いかける。
子どもを慈しむかのような目でリンを見ていたサライは促すように頷く。
やっぱ、ドレスみたいなの入ってるのかなぁ?
いやいや、宮仕えってお仕事だしメイドっぽいのとか?
フリルとかレースとかいっぱいついてるのかな?
わくわく・・・
ん?
いちまーい、にまーい、さんまーい、といった具合で引っ張り出していく。
が、想像していたものとはかけ離れたものばかりが出てくる。
そう大きくない衣装缶にこれでもかという程入っている衣類だが、お目当てのものは最後まで出てこなかった。
「・・・サ、サライ?」
「ふふ・・・お気に召しましたか?」
えーっと。
教養のお勉強で習ったマナーとかでは、ドレスを想定したものもあった、よね?
んでもって、教科書の女の人たちは、みんなメルヘーンなドレスを着ていた、よね?
サライ君?
強烈な視線攻撃で答えを促す。
「実は〜・・・リンのことは養女ではなく養子ってことにしちゃいました」
テへっ☆という効果音さえついてきそうなサライの表情。
「養子ってことは息子ってことよね・・・って、はぁーーーーーーーーーーーーっ?!意っ味っ不っ明っ!」
森から鳥がはば立つ音が聞こえてきそうだ。
んーと。頭を整理してみよう。
まず始まりは異世界にトリップ。
んで今度は、性別詐称?
どんだけですか?(汗
ぽかーんと口を開けたままのリンにサライは意気揚々と説明する。
「大丈夫です!
私の魔法で体の作りは一時的に変えられますし、ばれることはまずないです
アルフィンの都も最近は治安が悪いですしねぇ・・・
男の方が宮仕えに出しても安全かと思い、独断と偏見により、息子に決定させていただきました
ダメ、でしたか?」
最後の一言のみ、ちょっと悲しげな顔を作ってみたり。
本音を言えば、悪い虫を追っ払うのではなく、そもそもの芳しい花を隠す方が効率的と判断したまでのことである。
だが、ここは心配顔をしてリンの同意を得ねば・・・!
そんなサライの心中も知らず、まんまと心配顔にひっかかるリン。ああ!哀れ!
「あっ・・・
そんな心配してくれてたのに、ごめんねっ」
サライの優しい配慮を踏みにじってしまった・・・
そんな反省でいっぱいのリン。
「これっ着たらけっこう可愛いかも!
ちょっと試着してくるね!」
健気だ・・・健気過ぎる。
騙してごめんね、と心の中で謝りつつも悪気無し反省する気無しのサライを置いて、リンはどたばたと自室に戻る。
数分後――
(可愛いッ可愛すぎるッ)
男装の麗人というよりは、女顔の美少年・・・
男物の服に袖を通し、帽子に髪を入れ込んだリンは、正直、めちゃくちゃ可愛かった。
(ああ・・・ここにリンの言うシャシンとやらがあれば、どんなにいいことか!)
男装がちょっと恥ずかしいのか、もじもじ気味のリンの様子が可愛さに拍車をかけている。
この場で襲ってしまいたい!なんて、不埒な誘惑を懸命に抑え、「似合ってますよ」と微笑む。
「あ、ありがと」と照れたりされると、余計、こっちは辛いのだが。
これはまずいと「んー。顔とかもちょっと魔法でいじりますか?」と問うサライを必死にリンが止め、なんとかお披露目会は終わった。