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1-4「教師と生徒の複雑な事情」

第1章4話〜教師と生徒の複雑な事情〜


時がたつのは早いものだ。

リンがアルフィンに来てから、すでにふた月がたっていた。


「むー。さらいせんせー。きゅーけーはー?」


机に突っ伏したリンに、サライはにこりと告げる。


「早く着替えて下さいね。次は剣術の時間ですよ。

 庭でお待ちしていますからね。」


日本の大学生って楽だったんだなーと今更に思う。

好きな時間に講義を組んで、出席がない講義には行かない。

もともと自由人なリンは、興味のある講義以外にはほとんど出席していなかった。

それが今や、専属家庭教師付きの生活である。

しかも笑顔を絶やさないくせに、ものすごーく厳しかったりする。


そのおかげか、リンの魔術・剣術・その他教養はぐんと成長していた。

小さい頃に習っていた剣道、よく読んでいたファンタジー小説、そんなもの達がここにきて役に立つなんて因果なものである。

まぁもともと暗記が苦手なリン。歴史や細々とした礼儀作法の授業などはいまだに進歩無し、なわけだが。

サライの指導の下、リンは乾いた土壌のように、様々な技術・知識を吸収していった。


サライとしては複雑なところである。

教師としてはリンは最高の生徒だった。

興味のあることに対しては、彼女は貪欲ともいえるくらいに追及した。

1を教えて10を学ぶ生徒といったところか。

暗記が苦手であることと、焦って小さなミスを犯しがちなところはあったが、それを引いても優秀といえる人材だった。

しかし、優秀な彼女のこと、宮仕えに出したらそのまま帰ってこないのではないか?

そんな不安も頭をよぎる。

向上心のある彼女のことだ。

士官の仕事を辞退することは、きっと無いだろう。

それに女の士官となれば、数も少ない。

華に群がる蝶(いや、虫だな)のように、男達が寄ってくるだろう。

やはり何か手を考えねば・・・



「サライ?準備できたよ」


庭で思案にふけっていたサライにリンが声をかける。

気づかないうちに顔が固まっていたようだ。

眉間にしわを寄せ、口をへの字にしたリンが、にししっと笑う。


「こーんな顔になってたよ?」


ああ。なんでこの子はこんなにも私を温かい気持ちにさせるのだろうか。

リンといると不思議なくらいに、心が穏やかで暖かなものになる。

と同時に、誰にも渡したくない、と自分らしからぬ熱い感情も沸き起こってしまう。


「さて、剣術の稽古と参りましょうか」


さっきの顔についてはノーコメント?!と騒ぐリンをわざと無視して笑う。

やはり自分はこの子をまだ手放せないな、と心で苦笑した。


***********


稽古と講義に明け暮れる二人の毎日だったが、夜のお茶会だけは日々の恒例行事となっていた。

お茶会、というよりピクニックとでも言うべきか?

リンが倒れていたシャン湖のほとりで月を見ながらお茶を飲む。

アルフィンの人にとって、月光に当たることは、月の加護を受けるという意味でも大事なものである。

サライがリンを見つけたのも、日課の月光浴の途中だったのだそうだ。

リンが来てから、夜の月光浴はお茶会へと姿を変え、二人の会話の場となった。


宮仕えに向けて組まれた過密スケジュールをこなしていると、感じる暇さえない郷愁。

元の世界と変わらずに輝く月を見ていると、封印したはずの感情たちが溢れ出てくる。


そろそろ大学の友達はテスト勉強かな?とか

お父さん、またゴルフでムリしてぎっくり腰になってたりしないかな?とか


温かいカップを両手で包み小さく呟くリンをサライは穏やかに見守る。

慰めるわけでも頑張れと鼓舞するわけでもないサライにリンは救われていた。


ただただその深く蒼い双眸で見つめられていると、大丈夫だよと言われているような気がした。


サライは夜の海のようだ、とリンは思う。


去年、サークルの夏合宿で行った千葉。

夜の海に行って、黒い波を眺めていたことを思い出す。

生き物のようにうごめく漆黒の水面。

人のいない海岸では、自分の吐息と波音以外に音は存在しない。

ぽつんと砂浜に座り込めば、だんだんと海に自分自身が融けていくかのようだった。

この黒く広大な海ならば、全てを、ちっぽけで卑しい自分すらも受け止めてくれる、そんな気がしたっけ。


この世界に来て、初めて会った人がサライではなかったら?

そう考えると、いつも寒気が走る。

もともと適応力が高いとはいえ、リンは家を失い、家族や友人を失ったのだ。

一時的なものではなく、永遠に。

今までの人生を一瞬で白紙にしたようなこの不可抗力な旅はまだ始まったばかりなのである。


どうして私だったの?

なんのために連れて来たの?

旅立つ直前に出会った黒い狼。

リンをここに連れて来たのは彼だと、リンもサライも考えていた。

彼に会ったら聞きたいことばかりだ。そして、ちょっぴりの恨み言も。


なにはともあれ。

リンは生きている。

今までにないほどに、生の実感に溢れ、今という時を謳歌している。

まぁ、恨み言ついでにお礼も言ってあげようかな。

なんて月を見ながら、リンは微笑む。

だから、早く私を見つけてね?

黒い狼さん。


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