花吐き姫と百合の騎士
これは某漫画の花吐き病をもとに書いています。原作や他の作品と比較して違うと感じるかもしれませんがまあそこは温かい目で見てやってください。共通点は花を吐くとこだけです。
アイリーン視点
「けほっ、けほっ・・・はぁ」
咳をする度に吐き出される無数の花の結晶が手のひらからこぼれ落ちる。
嘔吐中枢花被性疾患。通称、花吐き病。片想いを患わせた結果抑えきれない想いが花となって吐き出される奇病。治すには想い人と両想いになるしかないが、発病した人の一体何人が完治出来たのだろうか・・・
「今日は赤い薔薇、か・・・」
赤い薔薇の花言葉は、『情熱、あなたを愛する』
私、アイリーン・オルコットには好きな人がいる。彼の名前はジョシュア・ラインツ、王家直属の聖騎士だ。歳も若く、異例のスピードで聖騎士の座に上り詰めた彼は容姿も頗る良く、貴族の娘や侍女にも大変人気が高かった。将来有望な彼を放っておく訳もなく、彼のもとには日々縁談話が持ちあがっていた。
「私はまだまだ未熟者ですし、今はアイリーン姫をお守りすることが私の優先順位第一位です」
そう告げる彼を他人は仕事熱心だと言うだろう。でもそれはただ王家に対する忠誠の現れであって、私という一人の人間に対して言ったものではないのだ。それが私にはとても辛かった。どんなに想っても、この想いが報われることがないと分かりきっているのだから・・・
彼を好きになればなるほど、私の花は数を増していった。初めはたったの一摘まみだったそれは、今では片手で納まらないほどに増えてしまった。それほどまでに長く、私は彼を想っていたのだろう。
「姫、王妃様がお呼びです」
「今参ります・・・」
彼を見ると、また胸に込み上げてくる。私はぐっと力んで花を吐き出さないように必死に我慢した。こんなとき、無駄に広く長い廊下が嫌になる。なんとか吐き出す前に母の寝室に辿り着くことができた。
「私は暫くお母様とお話しますから、貴方は下がっていてください」
「しかし・・・」
「いいから、行って下さい」
でないと、みっともなく吐いてしまう。貴方に告げられぬ想いを・・・
「分かりました。お戻りになる際には、必ずお呼びください」
そう言うと、彼は私に一礼して去っていった。私は彼の遠退いていく背中を目に焼き付けてから、母の待つ部屋のドアをノックした。
「アイリーン、よく来てくれたわね」
「ごめんなさいお母様、少し、お待ちくだっかはっ」
「アイリーン!!!」
母の顔を見て安心してしまったのか、気持ちが弛んだ瞬間一気に吐き気が込み上げその場に踞り花の結晶を吐き出してしまった。そんな私を母は黙って背中を擦ってくれる。そうすると込み上げていたものもだんだん落ち着きを取り戻し、漸く治まった。
「ごめんなさいお母様・・・」
「いいのですよ。貴女の花はとても綺麗だもの」
そう言ってキラキラ輝く結晶を摘まむ。この病は感染するらしいが、すでに最愛の伴侶を得ている母には感染しないようだった。
「アイリーン、貴女はこのままでいいの?お父様なら、貴女が幸せであるなら誰とだって結ばれることを赦してくれるはずよ?」
「お母様・・・この病は相手にも気持ちを返してもらわないと治らないのですよ。そこに気持ちがなければ、意味がないのです」
私は彼の体が欲しいんじゃない、心が欲しいのだ。想われずただの義務でいられるより、一生をかけて彼を想い続けていた方がずっといい。
「お母様、本当はもう1つ・・・治す方法があるんですよ?」
「それは一体・・・」
「簡単ですよ。恋する心を・・・捨ててしまえばいいのです」
そう、始めからなかったことにすればこの病は終わる。彼を好きでいることを諦めてしまえば、いつかは想いもなくなるはず。
「だけど人の想いは簡単には消えないでしょう?それに分かっていたのなら貴女は実行していたはずね。でも出来なかった・・・」
「ふふ・・・そうですね。簡単に忘れられたら、どんなに楽だったのでしょうか」
ただの騎士として彼を見られたら・・・どんなに・・・
「だけどそろそろ時間切れではありませんか?予想では私の縁談の話が上がる頃でしょう?」
「そうね・・・確かに諸外国から是非にと申し出が着てるわね」
「仕方ありませんよね。それが王族の役目ですもの」
「アイリーン・・・」
王位は兄が継ぐ以上、私はどこかに嫁がなければならないのは分かりきったこと。そんな日がやって来ることは最初から分かっていたことだ。ただ、その相手が彼であればと思っただけ・・・
「大丈夫ですよお母様、私はこれでも王女ですから・・・自分の役目は果たしましょう。ですが・・・想いだけは、彼に捧げます」
誰と結婚したとしても、私が生涯愛するのはジョシュア・ラインツ唯一人。
「姫、どうされたのですか?こんな夜深くに外に出るなど危ないです」
「大丈夫よ、貴方がいるもの」
深夜とも言える時間、私は彼だけを連れて王族しか入れない花園を訪れた。私の、想いに決着をつけるために・・・
「貴方、想いを寄せる人はいる?」
「は・・・?いえ、私はまだ未熟者ですので、自分のことで手一杯です」
「そう・・・」
彼に背を向けている為、一体どんな表情をしているかは分からないけど、きっと困惑しているだろうと思う。
「あの、姫?」
「私ね、近いうちにどこかの国に嫁ぐことになると思うわ」
「・・・そう、ですね。その時は私もお供致します」
なんて残酷な言葉だろう。彼は私に愛のない人生を送らせ、さらに彼が誰かと幸せになる様をみせようとしているのだ。そうなれば、私はきっと狂ってしまう。
「いいえ、貴方とはお別れよジョシュア・ラインツ。もう、貴方に護られる必要はなくなったのよ」
「ひ、め?な、にを・・・」
そこで私は初めて彼の顔を見た。困惑と驚愕、絶望が入り交じった表情をしてもやはり彼は魅力的だった。
「この時より貴方には私付きから外れてもらいます。替わりは副体長のゲインツ・オルマンに・・・」
「な、ぜですか?私がなにか、姫のお気に障ることをしてしまったのでしょうか。ならば謝ります、だから・・・」
何故そうも私付きでいることに拘るのかは分からないけど、これ以上彼の傍にはいられない。いたくない。
「貴方は聖騎士隊長です。本来ならば私に付くべき人ではないのです。それをもとに戻すだけです。貴方が本来あるべき場所に・・・」
私の手の、想いの届かない場所に・・・
私の宣言通り、彼は私付きから外れ今は父の護衛をしている。たまにその姿を見ることはあるけれど、もう視線を合わせることはしなかった。
「けほっ・・・それでも花吐きは止まらない。私の心は彼に囚われたままなのだわ」
手のひらを転がり落ちる花達を、私はただ笑って見つめた。
「アイリーン」
「はい、お父様」
ある日父の執務室に呼ばれた。内容はきっと私の結婚のことだろう。
「お前ももう年頃だ。女としての幸せを手にしてもいい頃だろう」
「・・・そうですね。私を妻にと望む方がいらっしゃるのでしたら、私はその方に嫁ぎたいと思います」
痛いほどの視線が私に突き刺さる。その持ち主はつい先日まで私の護衛をしていた彼だ。
「そうか・・・ならば幾人か顔合わせをしてみるか?その中からお前が共に生きてもよいと思える者を伴侶とすればよい」
「ありがとうございます。日程が決まりましたらまた知らせてくださいませ」
こうやって、私は彼から離れていくんだ。それでいい。
数日後、父からの通達で国内、国外の有力貴族の子息達との茶会が開かれた。権力から私を求める者も多い中、私という個人に惹かれていると言う者も少なからずいた。その者らの誰かに嫁げば、恐らく満たされた暮らしができるだろう。もしかしたら、この病そのものの原因である彼を、思い出として語れる日がくるかもしれない。私は少しだけ前向きになれるような気がした。
「姫・・・」
「・・・・どうかしたのですかジョシュア・ラインツ」
唯一私が心から安らげる一人の時間。そこに現れた彼はそれを知っていてわざと訪れたのだろう。
「姫は、彼等の中から夫となる者をお選びになるのですか?」
「だとしても、貴方には関係ないでしょう?何故そんなことを聞くのですか?」
「申し訳ありません・・・ですが、あの方達と一緒にいる貴女はとてもそれを望んでいるようには見えませんでした」
どうしてそんなことを言うの?私は必死で王女の役目を果たそうとしているのに。どうしてそんな目で私を見るの?
「私が望まなくても、この国の王女としていずれは誰かに嫁がなければならないのです。私のこの身一つで国が平穏であるならば、私の意思など必要ないのです」
この言葉に偽りはない。彼と結ばれることはないと諦めたその時から、こうすることは決めていたのだから。
「もう、私のことは放っておいて・・・貴方も・・・いずれ私の気持ちが分かる日が来るわ。若き聖騎士隊長ならば、きっと貴族のご令嬢達が黙って見ていないでしょうからね」
「姫・・・私は「お願い、もう・・・一人にしてちょうだい」
彼はなにか言いたげにしていたが、黙り一礼して退席した。けほっと一咳するとぽろっと吐き出される黄色のチューリップ。
花言葉は、『望みのない恋』
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ジョシュア視点
私はジョシュア・ラインツ、この国の聖騎士隊長を任されている。私が聖騎士になった理由は、遥か昔、私がまだ10歳にも満たない頃、父に連れられ訪れた王城で彼女に・・・王女アイリーン様にお会いしたからだ。私よりも小さく、天使のような笑顔を向けられて、幼いながら彼女の笑顔を守りたいと、そう思った。それを父に言えば、「ならば聖騎士になればよい」と簡単に言ってくれた。子供の自分でも聖騎士への道程は険しいことは知っていた。何年も鍛えた者でもそう簡単には下っぱにすらなれやしない。聖騎士は王族を守る剣であり盾である。剣の腕は勿論、その場その場で柔軟に対応できる頭も持ち合わせていなければならない。要は頭も良くなければいけないのだ。剣は既に師について鍛えているし、貴族の一員であるから教育も十分に受けることもできる。それでもきっと俺は落とされてしまうだろう。なぜならその程度ならゴロゴロ転がっているほど溢れているからだ。
現に私の前の聖騎士隊長は生ける戦神と言われるほど戦闘において右に出るものはいないし、一度戦略を立てさせれば最小の被害で最大の成果をあげることから、最早国の英雄のような扱いだった。その隊長の下に就く聖騎士達も隊長には劣るもののやはり常人とはかけ離れた存在だ。そんな化け物のような人達に子供の俺は勝てるわけもなく・・・その日から死と隣り合わせの訓練が始まった。師はすべて元聖騎士隊長か次いで強い副隊長クラス。彼等には決して容赦はしやいようにと言っておいた。手加減されて強くなれるなんて思わないから。私の本気が伝わったのか、彼等は本当に手加減をしなかった。お陰で何度か死に目にあったわけだが・・・だけどそのお陰で私は限りなく現役隊長に近しいくらい強くなった。元隊長クラスになら2対1でも余裕で相手を出来るくらいには。
アイリーン様の騎士になると決めてから早5年・・・私は初めて聖騎士入団試験を受けた。漸く受験資格である年齢になったからだ。その年の入団希望者は200人程だと思う。例年それくらいだし、受験資格がなくなったもののぶんだけ人数は減っていくから。周りを見渡せばいかにも力を誇示する輩やそんな細腕で王族の方々を守れるのかと不安になる者もいた。だが今は他人の心配をしている訳にはいかない。私は私の目的の為に、此処にいるのだから・・・
難関な壁を乗り越えて、私は見事聖騎士団の仲間入りを果たした。最年少での入団は私が初めてだったらしく周りからの期待も高かった。でも私はプレッシャーに感じることもなく、ただ一つの目標の為に日々剣を振るい、知識を吸収した。そして3年後、私は当時の隊長を打ち負かし、今の聖騎士隊長の地位を手に入れた。そこで再びあのお方と合間見えることが叶う。王の少し後ろで控えめに凛と立つアイリーン様。緩やかに流れる金の髪とトルマリンの如く透き通る淡いブルーの瞳。国の宝と言われる王の愛娘。
私は貴女をお側でお守りするために此処にいるのです。なのに・・・どうして私から離れてしまうのですか?
「いいえ、貴方とはお別れよジョシュア・ラインツ。もう、貴方に護られる必要はなくなったのよ」
彼女の言っている言葉を、上手く理解できなかった。
「この時より貴方には私付きから外れてもらいます。替わりは副体長のゲインツ・オルマンに・・・」
「な、ぜですか?私がなにか、姫のお気に障ることをしてしまったのでしょうか。ならば謝ります、だから・・・」
貴女を守るのは私の・・・私だけの誇りなのに。何故他のやつにそれを譲らねばならないのですか?至らないところはすぐに直します。だから・・・
「貴方は聖騎士隊長です。本来ならば私に付くべき人ではないのです。それをもとに戻すだけです。貴方が本来あるべき場所に・・・」
私から離れていかないでください・・・
あの夜を境に、私の生活はガラリと変わった。毎日姫の側で彼女をお守りしていた幸福な時間は消え失せ、国王の命をお守りする為に心を無にして彼に付き従う日々・・・姫の言う通り、本来の私の立場ならばこれが正しい在り方なのだろう。だけど私がこの場所にいるのは全て彼女の傍に在りたいからなのに・・・
「浮かぬ顔をしているなジョシュアよ」
「申し訳ありません陛下・・・」
僅かな機微にも気付かれてはいけないのに王に気付かれてしまった。
「そなたの思っていることは分かるぞ。私ではなくアイリーンの傍にいたいのだろう?」
「な、ぜ、そのようなことを・・・」
王の口から姫のことが出てきて動揺を隠せない。
「そなたは知らぬうちに眼でアイリーンを追っているからなぁ。当の本人は気づきもしておらんようだがな」
無意識・・・まさにその言葉がしっくりくる。そうだ、私は無意識に姫の姿を探していた。一目でもその姿を見たいと、本来の役目を蔑ろにしながらも止められなかった。
「アイリーンも素直になればいいものを・・・どうみても・・・」
「陛下?」
うんうん唸る王が心配になり様子を伺うと、なんでもないと体勢を直した。
「私はあの子が幸せであるならば誰と結婚しても良いと思っている。まあ、できれば国外には出したくはないがな。そうだなぁ・・・身分が良く城の近くか中で働いていてあの子を守ってくれる男がいたらいいのだかなぁ・・・」
ちらっと私を見ながらそう仰る王に首を傾げると、思いっきりため息を吐かれた。
「鈍い鈍いとは思っておったがここまでとは・・・普通気づくであろう?」
ブツブツと聞こえないくらい小さな声で呟く王がいよいよ心配になる。
「ジョシュアよ。そなたはアイリーンが他の男と結婚してもよいと思うか?他の男にあの愛らしい笑顔を振り撒いて愛を告げる様を見たいと思うか?」
そう言われて考える。私の姫が見知らぬ男の腕の中で愛を囁き、あまつさえその体を開いたら・・・考えただけでその男を殺してしまいたくなる。触れるな!!これは私の女だと・・・ん?今、私はなにを・・・?
困惑している私を見て王が盛大に笑い声をあげる。
「そなた、今の顔を鏡で見るとよいぞ?嫉妬に狂った男の顔をしておる」
「嫉妬・・・」
あの醜い感情は嫉妬だと言うのか?でも何故嫉妬なんて・・・頭を働かせる私に、王は止めを刺した。
「そなたはアイリーンを女として愛しておるのだよ」
「あ、い・・・」
彼女を守りたいと思ったのも、傍にいたいと思ったのも、嫉妬に狂ったのも全て、私が姫を愛しているから?
繋がらなかった糸が一つになったとき、漸く胸を占めていたこのモヤモヤがなんだったのかを理解できた。そうだ、私は姫に恋い焦がれていたんだ。初めて彼女を見たあの瞬間から、私はずっと・・・気づかぬうちに恋をしていた。
「漸く気付いたか。まったく世話の焼ける・・・想いを告げるなら今のうちだぞ?あの子は国のためにと、自らの幸せを捨てようとしているからな」
「私が、伝えても良いのでしょうか・・・」
姫は私の事など、一介の騎士にしか思っていないのではないだろうか。迷惑ではないだろうか。
「嫌なら断るだろう。そなたも、告げないで別れるより気持ちにケリをつけたほうがよいだろう」
「そう、ですね・・・では今夜にでも想いを告白したいと思います」
「うむ、ならば箱庭にアイリーンが行くように仕向けるから後は頑張れ」
私は王に感謝しながら、最後に見た彼女の哀しみに満ちた表情を思い出した。
姫、どうか笑ってください・・・貴女には笑顔が似合うのですから。
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アイリーン視点
月も満ちた夜更けに一人、私は花園に佇んでいる。父からの言伝てで何故か此処に来るように言われた私は、不審に思いながらも言われた通りにやって来たのだ。月明かりに染まる王家の花達は、荒ぶる私の心を慰めてくれるように仄かな香りを放っていた。
このまま時が止まってしまえば・・・誰にも嫁がず、彼を想い花を吐き出し続けられるのに。けほっとまた一つ花を吐く。月夜に照らされたそれはキラキラと私の想いを表すように煌めいていた。
「姫・・・」
突然現れたその人に驚き、私は手のひらにあった花を彼の目の前で落としてしまった。コロコロと転がったそれは彼の前で止まり、ゆっくりと彼の手中に納まった。
「姫・・・これは貴女のものですよね?貴女には、好いたお方がいらっしゃるのですか・・・」
彼は拳を握り、苦渋に満ちた表情をしていた。
「花吐き病・・・想いが結晶となって体外に排出される奇病、ですか・・・しかもこれほどの高純度・・・それほどまで貴女を苦しめる者がいるなんて、悔しいですね」
「・・・好きでも、伝えていいわけではないわ・・・この想いは決して報われないのだから」
目の前の貴方に伝えられたら、どんなにいいでしょうか・・・でもきっと困らせてしまう。彼は優しいから、私が好きだと言えば使えるべき王族として守り慈しんでくれるだろう。そこに愛はなくても・・・
「姫ほど美しい方を袖に振るものなどおりません。貴女の想いはきっと叶いますよ」
「・・・ならば言ってしまおうかしら」
これは貴方に対する少しの意地悪。私が居なくなった後に少しでも困ってしまえばいいという少しの我儘。
「私はずっと貴方を・・・ジョシュア・ラインツを愛していました」
驚愕に染まる彼の顔を見て、少しは意地悪できたと感じた。拒絶の言葉を聞きたくなくて、走り去るようにその場から逃げ出した。
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ジョシュア視点
「姫が、私を好き?これは、夢、なのだろうか・・・」
つい先程告げられた言葉が衝撃的で、一瞬体が硬直してしまった。その隙を突いて姫には逃げられたが、これが夢ではないことを握り締めた花の結晶が表している。
「この花は、私を想って・・・?」
だとすればなんて幸福なのだろう。病を拗らせるほどに私を好いてくれているなんて・・・
彼女が吐き出した花も愛しくてそっとそれに唇を寄せた。出来れば本人の艶やかな唇を貪りたいが、それをするのはこの想いをちゃんと告げた後だ。
私は逃げていった彼女を追うべく庭園を後にした。
「姫、私です。入室の許可を・・・」
愛しい彼女の部屋の前にいる騎士達を下がらせ彼女に嘆願する。暫くの沈黙の後、小さな音を立てて堅固な扉が開いた。
「何用ですか・・・」
まるで2人の間に薄い膜でもあるように、私と姫の温度は真逆だった。あの一時が夢幻であったように、姫は私を心の中から追い出してしまう。ですが姫・・・
「先程の、姫の想いへのお返事をさせていただけませんか?」
「・・・あれは私の独り言です。返事は必要ありません」
私は貴女を逃がして差し上げられません。やっと気付いた貴女への想いを諦められません。
「いえ、聞いてください。私は「分かっています!!貴方にとって私は単なる護衛対象でそれ以上の感情は持ち合わせてなどいないことは!!」
トルマリンの瞳を潤ませて今にも泣きそうな姫は、やはり勘違いをしているようだった。
「だから・・・言わなくても分かっていますと言ったでしょう。安心してください。貴方を煩わせるつもりは毛頭ありません。私は隣国に嫁ぎ2度と・・・貴方の目の前には現れませんから」
「許しませんよそんなこと」
私の言葉に驚きの表情をする姫。そのあどけない表情も可愛らしいですね。こんなに愛しい貴女を誰にも渡すわけないじゃないですか。
「貴女が私を想い花を吐いたのを知ってとても嬉しく思いました。病を拗らせる程に私を愛してくださっていると・・・この小さな想いの欠片さえ貴女の一部だ。とても愛しいです」
私は再び結晶に口付ける。すると姫の顏はみるみる紅潮してまるで果実のようです。ああ、食べてしまいたい。
「私が騎士になった理由を聞いてくださいますか?私は幼い頃、一度見た貴女を守りたいと思い剣を握りました。ただただ貴女をお守りしたい気持ちだけでこの地位まで上り詰めたのです。私利私欲甚だしいですね。ですが誰よりも近い場所で貴女をお守りできて、私はこの上ないくらい幸せでした。これはただの忠誠心だと、つい先刻までそう思っておりました。しかし陛下に言われて気づきました。もし貴女が知らない男に愛を囁いたらどうすると言われ想像したら・・・相手の男を殺してしまいたくなりました。それを嫉妬だと言われやっと分かったのです」
姫の瞳からぽろぽろと涙が溢れ落ちる。私はそれを指で拭い姫の顔を上げさせました。
「私は、ジョシュア・ラインツはアイリーン・オルコットを愛しています。どうか、貴女の心を私に与えてください」
「あ・・・っ」
姫の涙は止まることを知らず次から次に溢れている。これが嬉しくて泣いてくださっているのなら、私は幸せなのですが・・・
「どうか姫・・・お返事を戴けませんか?私の心の臓がこんなに高鳴っているのです」
姫の華奢な手をとって自らの胸に重ねる。姫の手の上からでも分かるくらい、私の心の臓の鼓動は早く大きかった。
「本当に、私を・・・?」
「こんなことで嘘や冗談を言いませんよ。姫、もう一度・・・貴女の想いを私にください」
姫は少しだけ迷った後、ゆっくりとその麗しい唇を開いた。
「私は・・・アイリーン・オルコットは、ジョシュア・ラインツを愛しています。私だけの騎士になってくださいますか?」
「はい、私は貴女だけの騎士です。これまでも、これからも、変わることなく貴女を騎士として、貴女を愛する男として守ります」
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アイリーン視点
私は夢を見ているのかしら・・・絶対に叶うことはないと絶望していた想いが花開いた。これが夢だとしても、私はとても幸せです。
「姫?これは現実ですよ。ほら、夢では暖かみなんて感じないでしょう?」
そう言って彼は私をその逞しい腕の中に抱き留めた。ふわりと彼の香りが鼻を擽り、途端に恥ずかしくなる。少しだけもがいたものの私の力では抜け出すことも緩めることも出来なかった。
「姫はとても甘い香りがしますね。とても・・・いけない気持ちになってしまいます」
「あっ」
眼前にある獣の瞳に一瞬怯むも、それは私を求めているからだと思い直しそのまま腕に抱かれる。
「今は、まだ我慢します。ですが名実共に私だけの姫になったら・・・」
その続きを、彼は私の耳元でそっと囁いた。私はその言葉に赤くなりながらも頷いた。私も同じ気持ちだから・・・
最後に吐き出した花は言い伝え通り、銀色の百合だった。銀色の百合なんてこの世に存在しないからその花言葉は分からない。けれど幸福の証であるそれは、きっととても素敵な意味を持っているのだろうと、彼の笑顔を見てそう思った。
1年後、婚約期間を終えた私たちは国中に祝われて結婚した。私達の話をどこからか聞いた噺家が『花吐き姫と百合の騎士』という物語を作って世に広めたらしい。その物語は瞬く間に広がり、数年後には戯曲も作られた。
それを聞いた私はとても恥ずかしかったが、彼は「私達がいかに愛し合っているか、皆に知ってもらえるんですよ。良いことです」と寧ろ喜んで広めようとしていた。
因みに、私が吐き出していた花は自分では捨てることができず隠していたのだが、それを彼に没収され今ではガラス瓶に納められ棚の飾りと化している。勿論、最後に私が出した銀色の百合も一緒に・・・
前はそれを見るととても苦しく悲しかった・・・けれど今は違う。彼がそれを見ると嬉しそうに笑うから・・・
「アイリーン、貴女が生み出したこの花達に負けないくらい、私は貴女を幸せにします」
「私も、貴方とともに幸せになるわ」
2人の未来を示すように、花の結晶達はキラキラと輝くのだった。
end